第9話 天敵あらわる
今日は久々の一日オフの日。肇は思い切りダラダラと過ごし昼前に起きて、ブランチを摂ってから出掛ける準備をする。
せっかくの休みなのだから、街に出てアニメショップにでも行こうと思ったのだ。
(欲しい漫画もあるし)
アニメグッズにはあまり興味は無いけれど、漫画の品揃えが良いのでたまに行く。コスプレ用の商品も置いてあるし、買わなくても見るだけでテンションが上がるのだ。
ウキウキ気分で電車に乗り、現地に着く。夏休みとあってかなり混んでいるけれど、イベントの混み具合に慣れている肇にはなんてことはない。
(とりあえず、漫画は後にしてコスプレグッズ見に行くか)
荷物が多くなるので、先に見るだけ見ておこうとコスプレグッズ売り場に行く。流行りのアニメが分かったりするのも、楽しみのひとつだ。
「あれ? ロンギヌスさん?」
そこへ、肇のコスネームを呼ぶ声がする。振り返ると、やはりみかんがいた。
「みかんさん、奇遇ですね」
肇は笑顔でみかんを迎える。彼女の手には青い袋がぶら下がっていた。
「何か買ったんですか?」
「画材を少々。あと、本を仕入れに」
なるほど、と肇は頷く。彼女はイラストも描けるので、服も作れて器用な人だな、と思う。
「お一人ですか? 良かったら一緒に回りません?」
そう言って、みかんは地面を指す。漫画売り場は下の階なので、それを意味しているようだ。
「良いですよ。オレも本、買うので」
肇も頷くと、二人で下の階に降りる。
漫画売り場は、他のコーナーと比べ物にならない程混雑していた。しかしその中で、一際目立つ人物を見つけ、肇は冷や汗をかく。
(何で多賀がここにいるんだよ!)
よく見ると、先日会った友達と来ているようだった。彼らは真っ直ぐこちらに向かって来ているので、どうにかして逃げなければ、と慌てる。
「みかんさん、天敵が現れました。協力してください」
オタバレしてないんです、と彼女に伝えると、何故か彼女は楽しそうに「アイアイサー」と敬礼した。
「天敵はどちらですか?」
みかんは小声で聞いてくる。肇は湊の方を指し、茶髪の背が高い奴と言うと、すぐに分かったらしい、二次元から出てきたようなイケメンさんですね、と親指を立てた。
それから二人は協力し合い、買いたい本を手に取りつつ、湊たちの死角に回り込み、何とか会わないように頑張る。しかし店は混雑していて、人混みに阻まれ動けなくなってしまった。
「ロンギヌスさんやばいです、彼、こっちに来ますよっ」
やばいやばいと肇は辺りを見渡す。しかし人の壁で移動できないし、こうなればそれとなく顔が見えないように、本棚を見るふりをするしかない。
「にしてもすごい人だねー。司、大丈夫?」
「限界だ。純一、早く終わらせてくれ」
「そう言われてもこの人混みじゃ、思うように進めないよ」
三人が会話しながら近付いてくる。みかんがスッと肇を死角に入るように立ってくれた。そして、人の流れに沿って、三人は肇の後ろを通り過ぎていく。
肇は息を詰めた。心臓が痛いほど早く脈打っている。
「どうやら山場は超えたようですよ」
みかんは湊たちが去っていった方を見て、親指を立てた。
「……良かった」
肇は力が抜けてへたり込みそうだった。どうやら見つからずに済んだようだ。
それから、湊たちが店の外へ出たのを確認して、残りの目当ての本を手に取り、会計を済ませる。
「ありがとう。お陰で難を逃れました」
「いえいえー」
二人で店を出たところで、ハイタッチをする。今日はとてもいい仕事をした。漫画も心置きなく読めそうだ、と思った時だった。
「小木曽、くん……?」
聞き覚えのありすぎる声に肇は固まる。
そこには湊たちがいた。
肇は心のシャッターを速攻で閉める。まさか敵が出口で待ち構えているなんて、思いもしなかった。
「驚いた。こんな所で会うなんて……その子は彼女?」
湊は何故か困ったような顔で聞いてくる。別にお前には関係ないだろ、と言うと、みかんは両手を挙げて降参ポーズをした。
「いえっ、私はただの友達です。ごめんなさい、何か面倒そうなので、私は去りますね。じゃっ!」
「え? ちょ……っ」
早口で言ったかと思うと、みかんはあっという間に見えなくなる。逃げたな、と内心イラついていると、湊は「本当に彼女ではないんだね?」と言っている。
「だから、そんなのお前には関係ないだろ。オレも帰る、じゃあな」
肇は踵を返した。しかし、その腕を湊に掴まれる。何をするんだ、と彼を睨むと、湊は思いのほか真剣な顔をしていた。それが何だか怖くて、本当に逃げ出したくなる。
「小木曽くん今日シフト入ってないでしょ? 時間あるよね?」
俺たちこれから喫茶店でも行こうかと話していたところなんだ、と湊は結構な力で肇を引っ張っていく。湊の強引な行動に、肇は慌てた。
「純一、司、小木曽くんもいい?」
「俺たちは良いけど……」
「勝手に決めんなコラ、離せよっ」
しかし肇の主張も虚しく、湊に引きずられるようにして連れていかれ、喫茶店に入ると湊の隣に座らされた。
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