71.断罪

「カイル様!」


夜の19時を回った頃、ジョセフが書斎に慌てて入ってきた。


「なに? どうしたの? ジョセフ」


僕が顔上げると、今までに見たことがない慌てぶりだ。


「あの、カイル様、その、クラウディア様が!」


「クラウディアがどうしたって!?」


また、クラウディアに何かあったのか!?


僕は急いで立ち上がると、上着を取った。


「何があった!?」


「え、いえ、何があったわけでは。そ、そうではなくて・・・、その・・・」


「何なんだ! はっきりしろ!」


「今、お見えになったんです! 突然に! 何の連絡もなく! しかもお一人で!」


「え?」


僕は固まった。

こんな夜に? 一人で? なんで? 


「ど、どうしましょう? お通ししましょうか? って、しないとですよね? とりあえず客間に? それともこちらに・・・?」


「と、と、とりあえず客間?」


僕もジョセフの動揺がうつってしまった。

二人でオロオロしているところに声がした。


「お話がありますの。カイル様」


振り向くと、開け放たれた扉の前にクラウディアが立っていた。


「失礼を承知で先に上がらせて頂きました」


あ、なんかすごく怒ってる・・・。


「ど、どうぞ、どうぞ! クラウディア様! ささ、中へ! ワタクシメはお茶のご用意を! アハハ!」


「ちょ、ちょっとジョセフ!」


呼び止めたのにも関わらず、ジョセフはそそくさと部屋を出て行ってしまった。

僕は動揺を隠しきれないまま、クラウディアに振り返った。


「え、えっと、ディア。ど、どうしたのかな? こんな遅い時間に。しかも突然・・・」


「理由はお分かりではなくって?」


彼女は今までに聞いたことのないような低い声で僕の言葉を遮った。

そんな彼女の声にさらに心臓がドキドキと音を立てる。

そんな僕を余所に、彼女はズンズンと僕の方に向かってくると、右手に握っていた紙を僕の目の前に突き出した。


「どういうことですの? 婚約破棄って?」


「破棄? いや、破棄じゃない! 解消だよ、解消!」


「同じことでしょうっ!?」


クラウディアは声を荒げた

いやいやいや、違うから!


「破棄は一方的に取消すことだし、ロイス伯爵家に非が無いのにこちらから破棄なんてできない。解消はお互い合意の上で取消すことだよ。白紙に戻したいと申し入れたんだ」


「それのどこが違うんですか? やっぱり同じことですわ! 白紙に戻したいとそちらがに言ってきてるんですもの!」


「え? いや、その、まあ・・・確かに一方的か・・・。でも、破棄のように身勝手に取消すわけじゃないよ。相手の合意を求めていて・・・」


「合意?」


「そう、お互い合意の下で取消・・・ということ、かな?」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・ディア?」


無言になったクラウディアに不安を感じて声を掛けた。

すると、彼女はすーっと大きく息を吸った。そして・・・。


「合意するわけないでしょーーー!!!」


大声で叫んだ。


いや~、すごかった・・・。

屋敷中に響き渡るほどの大声だった。鼓膜が破れるかと思った。


廊下で、ガチャガチャと食器が崩れる音がする。

お茶を持ってきたジョセフが驚いてすべて倒したようだ。

走って戻って行く音が聞こえた。


クラウディアはゼーゼーと肩で息をしている。


「こんなの! こんな一方的に解消って・・・! 私にとっては死の宣告と同じですわ! カイル様は私に死ねとおっしゃるの?!」


え? なんで? 死んでほしくないから解消するんですが・・・。


「あ、あの、ディア、ちょっと落ち着いて・・・?」


「落ち着くなんて無理ですわ! 断罪を言い渡されているのに!」


断罪!? え? 違うからっ!


僕が困惑して何も言えないでいると、彼女は怒りの顔から一転、今度はポロポロと大粒の涙を流し始めた。


「・・・やっぱり、私は断罪されなければならないのですか・・・? やっぱり、私は悪役令嬢なの・・・?」


クラウディアは目を伏せた。

彼女の目から流れる涙が頬を伝って床を濡らす。


「結局、断罪されてしまうのね・・・。確かに、公衆の面前では止めて欲しいとお願いしましたわ。でも・・・、こんな・・・こんなのって、あんまりだわ・・・」


「ディ、ディア・・・、違・・・」


「私はそんなに悪者なのでしょうか・・・? 私は・・・、私には幸せになる資格なんて無いのでしょうか・・・?」


彼女は両手で顔を覆った。


違う。違うよ、ディア。

悪者は僕なんだ。そして幸せになる資格がないのも僕。

君こそ幸せになるべき人なんだ。

それには汚れた僕が付きまとっていては幸せになれない。


「カイル様・・・!」


クラウディアは顔を上げると、何と、僕の前に跪いた。


「ディアっ。何を・・・」


「カイル様。どうか、私を捨てないで・・・。お願いです、捨てないで下さい・・・。私、貴方がいないと生きていけない・・・」

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