67.決定打

一週間後、クラウディアの肩の痛みも大分落ち着いたようなので、僕らは王都に帰ることに決めた。


「大丈夫? ディア。馬車の揺れが肩に響かない?」


馬車が大きく揺れる度、僕は心配になって彼女に尋ねた。


「もうっ、カイル様ったら、心配し過ぎですわ! ぜーんぜん大丈夫です!」


「でも・・・」


「痛みだってもうほとんどありませんの。これも処置が早かったお陰ですのよ。カイル様にも他の皆様にも感謝ですわ」


三角巾も取れて自由になった左腕を軽く摩って、彼女はにっこりと微笑んだ。


「ふふ。とても素敵なところでしたわね、ランドルフ領地は。お祖父様もお祖母様も大好きになりましたわ。また連れて来てくださいね! カイル様」


僕は一瞬返事に詰まった。


「カイル様?」


「・・・うん、そうだね・・・」


「約束ですわよ!」


「・・・うん、約束だ」


僕は彼女に小さく頷いて見せた。

途端に彼女は弾けるような笑顔を見せた。


その笑顔が眩しくて、僕はそっと目を伏せた。


あんなに酷い目に遭っていながらも笑顔で笑ってくれる彼女に、感謝の気持ちが込み上げる一方で、申し訳なさと切なさが溢れてくる。

本当に僕の宝物はどこまでも天使なんだな・・・。


「さあ、カイル様。早速トランプしましょっ!」


彼女は箱からカードを取り出すと、楽しそうにシャッフルし始めた。

その様子を僕はじっと眺めていた。


この約束は守られることは無いと思いながら。





早くクラウディアを解放しなければと頭の中では分かっていても、未練がましい僕はなかなか行動に移せなかった。


学院生活に戻ってから暫く経つのに、相変わらずクラウディアと一緒にいる。

去年までは生徒会の仕事もあり、登校は一緒でも下校は別々が多かった。だが、今は彼女も生徒会のサブメンバーの一人であるため、生徒会でも一緒だ。よって下校も一緒が多い。

離れるどころか、一緒にいることの方が多くなる始末だ。


益々仲睦まじくなっていく様子を、ビンセントカップルもアンドレカップルも微笑ましく見守ってくれている。

彼らのそんな視線を感じる度に焦りにも似た衝動に駆られるのだが、クラウディアの僕に向けられる笑顔を見ると、どうしても彼女を手放せなかった。


しかし、とうとう決定打となる事件が起きてしまった。


ある日、生徒会室にいると、サブメンバーの男子生徒の一人が入ってきた。

彼は僕の顔を見るなり真っ青になった。


「なぜ、カイル様がこちらに・・・?」


彼は僕の影だ。

彼の青い顔にただならぬ気配を感じ、僕は立ち上がった。


「どういう意味だ?」


部屋にいたビンセントもリーリエ嬢も何かを察知したらしい。急に厳しい顔になり僕らを見つめた。


「クラウディア様が・・・」


「クラウディアがどうしたって?!」


「先ほど廊下ですれ違って・・・。今日はカイル様と一緒にもう帰るのだとおっしゃって」


「はあ?!」


「校門でカイル様が待っているからとお帰りに」


僕は生徒会室を飛び出した。

影も一緒に付いて来る。


「カイル様! 本当についさっきです。急げば間に合います!」


隣で影が走りながら報告する。


「お前は来なくていい! お前はもともとビンセントの護衛だ!」


「王太子殿下にはもう一人影がいるでしょう!!」


二人で校門まで急ぐ。

やっと辿り着いた時、クラウディアが見覚えのない馬車の前に立っていた。

ランドルフ家の馬車ではないことに気が付いたようだ。首を傾げている。


「クラウディア!!」


僕が叫んだ時、馬車の扉が開いた。

僕の声に気が付いた彼女が振り向いた時、馬車から出来てきた人物に中に引きずり込まれた。


「ディア!」


扉は勢いよく閉められ、同時に馬車は走り出した。


「くそっ!」


「カイル様! こちらです!」


叫ぶ影の方へ振り向くと、彼は近くに待機していた他所の家の馬車の御者を引きずり降ろし、自分が手綱を握っていた。

地面に尻もちを付いている御者はカタカタと震えている。


僕は御者に手を差し出し、無理やり立たせると、


「この紋章はバーンズ子爵家のものだね? 悪いが馬車をお借りする。貴方とバーンズ子爵令息は我がランドルフ家の馬車でお送りするから」


早口で捲し立てた。


「ラ、ラ、ランドルフ家・・・!」


公爵家の名前に恐れおののいている御者をその場に残し、僕は馬車に飛び乗った。

ドアを閉める前に、馬車は猛スピードで走り出した。

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