23.手作りお菓子

「カイル様!」


廊下を歩いている僕の後ろから、ちょっと高めの鼻に掛かった甘い声が聞こえた。

若干イラっとしながらも、振り向いた。


「カイル様、ごきげんよう!」


ピンクブロンドの髪の生徒がパタパタと走り寄ってきた。


「やあ、セシリア嬢」


さして知り合いでもないのに、下位の身分の人間が堂々と上位の身分に声を掛けるは貴族社会ではマナー違反なのだが、ここは通常な社交場なく学院だ。礼節ももちろんなのだが、学問を最優先にした学びの場であり、縦社会から少し離れ、真の友情と信頼を得て育む。そんな人間関係を自ら構築する場なのだ。


僕は今持っている以上の友情も信頼も構築する予定はないのだが、ランドルフ公爵家の嫡男は品行方正でなければならないので、仕方がなく足を止める。


「良かった、セシリア嬢。とても元気そうだね。走ってはいけない廊下を走れるほどに。怪我も無く、風邪を召した様子もないようだ。安心したよ」


僕はにっこりと笑った。


「はい!! お陰様で元気ですわ!」


あんまり嫌味は通じないね。


「カイル様。あの時は助けて頂いて、ありがとうございました!」


彼女はちょこんと頭を下げた。


「・・・。僕は特に何もしていないよ?」


「いいえ! 噴水に落ちてしまった私を引き上げてくれたではないですか! カイル様までずぶ濡れになってしまって! 私の為に!」


ああ、確かにね。

噴水の中に飛び込んでまで、彼女を助け起こそうとする紳士があの場にどれだけいたかは疑問だね。

でも、これも僕が表向きに正義感の強い男でなくてはいけないが故の行動だ。


「制服が汚れてしまって・・・、私の為に・・・!」


さっきから、何を強調してんだろうね。

僕の保身の為だし。何よりも、クラウディアの為だ。

なんか猛烈にイラっとくるんだけど。


「なので、お礼と思いまして。はい! こちらをどうぞ! クッキーです。私の手作りの!」


可愛らしくリボンで飾りつけした小さな袋を僕に差し出した。


「どうぞ貰ってください! 私、お菓子作り得意なんです!! 心を込めて作りました!」


可愛らしくコテッと首を傾げると、満面の笑みで僕に微笑みかけた。


ああ、やっぱり図書塔での僕らの会話を聞いてたんだね。

手作りお菓子は貰うと嬉しいって。


でもね、それはくれる人によるっての。誰も彼もくれれば良いって訳じゃないのにね。


「ありがとう。でも、気持ちだけで十分だよ」


僕はこれでもかと言うくらいの微笑みを彼女に見せた。


「え?」


断られるとは思ってもいなかったようだ。目を丸めて驚いている。

何て自信家なんだろう。


「そ、そんな! 心を込めて作ったんです!」


執拗に僕にクッキーを差し出す。


「ごめんね。僕は婚約者のある身だから、他のご令嬢からこうした好意を貰うわけにはいかないんだ。心が込められた物は特にね」


「そ、そんな・・・」


彼女はシュンと肩を落とした。


「では、今、カイル様がお持ちの包みは・・・? それは贈り物のお菓子ですよね? 婚約者のクラウディア様からですか?」


そう、僕は既に焼き菓子が入った包みを持っていた。それは品のある包装紙に包まれ、美しくラッピングされている。


「ああ、これは・・・」


「クラウディア様からなら受け取られるのですか・・・?」


だからそう言ってるだろう。当たり前だっての。ふざけてんの?


「あの・・・、では、ただのお礼として受け取ってもらえませんか? 本当に美味しく出来たので、食べて頂きたいんです・・・」


切なげに目をウルウルさせて僕を見つめる

あー、この目にほだされる男、多そう。


「だって私、元プロだし・・・。あ・・・、って言うか、えっと、本当に腕に自信があるんです! 素人が作った物なんかより、数倍美味しいに決まってるから、その・・・」


その時だ。

何かが廊下に落ちる音がした。本だろうか?

その方向を見ると、クラウディアが僕らを見て立ち尽くしていた。

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