21.処分
「・・・」
「・・・」
「~~~~!!!」
ちょっとした沈黙の後、クラウディアは声にならない悲鳴を上げると、額を両手で押さえて飛び上がった。
「な、な、な、何を・・・!」
真っ赤な顔で僕を見る。
再び涙は吹き飛んだようだ。
「何って、キスだけど」
僕は悪びれなくにっこりと笑った。
「そ、そ、それくらい、わ、わかりますわ! けど、い、いきなり・・・!」
彼女の頭からシュンシュンと湯気が立っている。
「どうして? これぐらいいいでしょ? 僕たちは婚約者同士なんだから」
本当ならその可愛い唇にしたいところなんだけど。
それこそ、そろそろ16歳になろうという男がこれまでよく我慢していたと褒めてほしい。今までずーっと手の甲で我慢していたのは、いつか手放すことになる天使に手を出してはいけないとひたすら抑えていたからだ。
でも、もう手放さないと決めたのだから我慢しなくていいものね。
「で、で、で、でも! 不意打ちは!」
「不意打ちじゃなければいいの? じゃあ、『今からキスするね』って言えばいい?」
僕はゆっくり立ち上がると、額を押さえている彼女の横に座った。
「ディア、もう一度キスし・・・」
「ひゃあああ!!!」
彼女は飛び上がるように立ち上がると、ダダダッと僕から離れてしまった。
そして、真っ赤な顔してこちらに向かって手をクロスしている。
「ま、ま、待って! 待ってください! し、心臓が!」
照れてるのは分かるけど、あそこまで逃げられると軽くショックだよ、ディア。
丁度そこに馬車の到着が伝えられた。
「ディア。帰ろうか」
僕はソファから立ち上がると、遠くのディアに向かっておいでとばかりに手を伸ばした。
だが、彼女は顔を真っ赤にしたまま動かない。
「お、お、同じ馬車ですの・・・?」
「当然だよ、我が家の馬車だもの」
「・・・!」
あはは、警戒しちゃったかな。
僕はワザとらしくしょんぼりと肩を窄めて見せた。
「ディア、ごめん。もう、あんなことしないよ・・・」
「え・・・?」
「君が嫌がるなら、もうキスなんてしないから・・・」
「え? え? そ、そういうわけじゃ・・・!」
「二度とキスなんてしないよ・・・」
「違っ! あの、違いますわ・・・! その・・・」
「だから大丈夫だよ。おいで、ディア」
僕はもう一度、彼女に手を差し伸べた。
彼女は真っ赤だった顔が、逆に少し青くなりながら、オロオロと僕に近寄ってきた。
僕は彼女の腕をそっと取ると、
「さあ、帰ろう。大丈夫、二度とあんなことしない」
寂しそうな顔を彼女に向けた。すると、
「そ、それは、その・・・、そんなのはダメです・・・」
クラウディアはまた少し顔を赤くして俯いた。
「やっぱりダメなんだね、キスしたら・・・」
「ち、違いますわ! 逆です、逆! 逆ですってば! いいんです~~!」
よし、言質取った。
ごめんね、ディア。揶揄い過ぎちゃった。
でも、これでさっきの恐怖はすっかり消え去ったようだ。
★
翌日、僕のやる事は決まっていた。
クラウディアを犯人扱いした生徒二人の謝罪要求と処分。
バナナの皮をポイ捨てした生徒の厳重注意と被害者への謝罪と処分。
ヒロインのクラウディアに対しての暴言の謝罪。
教育指導担当の教員と生徒会長に昨日の事件についての報告書を提出し、相応の処分を仰いだ。
事実無根の罪を公衆の面前で叫び、一人の生徒の尊厳を傷つけた上に、周りの混乱を招いたこと罪は重いこと。
軽い気持ちのポイ捨てのせいで、一人の生徒が多大な被害―――下手をすれば大怪我につながる可能性がある―――を被ったことは見逃せないこと。
被害に遭った生徒も、無実な生徒を犯人扱いし名誉を傷つけ、周りを混乱させたことは、被害者と言え、反省と謝罪をするべきであること。
教員も生徒会長も僕からの報告を受けた段階では厳重注意で終わらせるつもりだったようだ。事なかれ主義の彼らは出来るだけ物事を大きくしたくないのだ。
そして僕は生徒会会員であっても所詮一年生。そんな僕の指図通りに動く必要などないと思ったのだろう。
もちろん、そんなことを僕が許すわけはない。
当然、裏から圧力を掛け、生徒たちの処分が決まった。
令嬢二人は三日間の謹慎処分。ポイ捨て男は二週間の中庭の清掃。
僕のこの学院での力は一部の人間しか知らないからね。
教員も生徒会長も上から下りてきた処分内容に驚いていた。
本当なら令嬢二人は退学にしてやりたかったが、それはやり過ぎだと上から却下された。
しかも一週間の謹慎予定が三日になってたし・・・。甘いよ、学院長。
それでも、この学院で不祥事による謹慎など不名誉極まりない。ましてや名門貴族の令嬢など。これから彼女たちはよっぽど頑張らないとこの不名誉は払拭できないね。将来の婚姻にも関わるから大変だ。
セシリアに関しては、一番の被害者という事でクラウディアへの謝罪だけになった。
噴水に落ちて相当混乱していたはずで、助けようとした人を犯人と思ってしまっても無理はないとされた。
確かに、わざと落ちたわけでは無さそうだった。
それに、セシリアが「物語のヒロインだから退学させたい」なんて言って、僕の正気を疑われたら、僕のすべての立場が危うくなるのでここは目を瞑ることにした。
本当なら、反省文くらい書かせてやりたかったんだが・・・。
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