5.僕の思惑

クラウディアは自分で言った通り、背が低く、少しだけふくよかで、顔はまん丸だ。

彼女が言っていた「おかめ」という言葉が当てはまるのかはよく分からない。ただ、世間でいう一顧傾城、羞月閉花とは程遠いのは僕も認める。

ただ、それは一般的な評価であって、僕個人的な評価は純情可憐と言っても過言ではない。


初めて婚約者候補として顔合わせをした時、小さくてまん丸でどこか小動物を連想させた。チョコチョコ動く姿も見飽きない。そして、にっこり笑う顔は可愛らしくて目が離れなくなった。


父に意向を聞かれた時はすぐに承諾した。

まあ、候補と言っても、顔合わせした時点で決められていたわけだが。

本当ならば、反抗心を抱えていたのも確かだったので、良い返事などはせずに、悪足搔きしてやろうと目論んでいたのだが、クラウディアを見てそれは吹き飛んでしまった。


次期公爵家当主。

事業に成功した莫大な資産家の伯爵令嬢との婚約。

順風満帆な人生と誰もが思っただろう。僕自身だって思っていた。その時は。


しかし、ある事実を知った時、僕の順風満帆な人生に影が見えてきたのだ。


我がランドルフ公爵家は、このゴード王国、ジェイド王家に次ぐ家柄だ。

そして、その存在は誰もが一目を置く。


絢爛華麗で、且つ、荘厳たるランドルフ公爵家。


しかしそれは表向き。その内部は恐ろしく暗い。

我らは王家の『影』なのだ。


影はである我が家は、王家が表向きにできない裏の作業をすべて請け負う。

ジェイド王家は常に清廉潔白、穢れを知らない雲の上の存在だ

そんな美しい王家に反するものはこの世に存在しない。


存在したとしても、いつの間にか人知れず消えている・・・。

なぜなら存在してはならぬから。

そして、それを消すのは・・・。そう、我らランドルフだ。


他国と違い、内乱の無い平和な国に生まれ育って幸せだと安穏と過ごしていた時が懐かしい。

我が家の真の稼業を知った時、多少なりとも自分の運命を呪った。

だが、僕の長所は淡白で達観視できる事。そんな性格のお陰で深く思い悩むことはなかった。

早くも父の仕事の補佐に付き、王太子の「無二の親友」というお役目を頂戴する。


またこの「無二の親友」が、心底守って差し上げなければならないと思わせるほどの無垢でピュアな心の持ち主なのだ。

腹黒役が別途必要になるのは致し方が無い。

この王太子とこの国を守ると決めた時から、自分の清い人生は諦めた。


そして、この国を守ることは必然的に婚約者を守る事にもなる。

僕は直接的に彼女を守るのは諦め、間接的に彼女を守ることにしたのだ。


彼女が言っていた。

『外見もこんなにもおかめで小太りで背も低くて・・・、美しいカイル様にはまるで不釣り合いですもの』


違う。違うんだ。


美しいのが君で、汚れているのが僕。

僕が君に不釣り合いで、相応しくないんだ。


敵や賊の血にまみれ、国への恨みや妬みを全部背負って生きていく。

こんな裏家業に従事している公爵家は常に危険も伴う。

そんな忌まわしい場所に僕の大切な天使を招き入れるなんて・・・。

そんなこと絶対にできない。許されないのだ。





「今言ったことは他言無用だよ、ジョセフ。もし、誰かの耳に入れたら、お前の片耳が無くなるからね」


僕はカーテンを握りしめながら、にっこりと笑ってジョセフに振り向いた。

ジョセフは血の気の引いた顔をしている。もちろん、僕の脅しで青くなっているわけではない。


「そ、そんな・・・。クラウディア様と婚約を白紙にするって・・・、なぜ・・・?」


「すぐにではないよ。まだ先だ。僕の一存というわけにもいかないし。それに、伯爵家側に非がないように上手く解消しないといけない。用意周到に準備をするつもりだよ」


「私の質問の答えになっておりません!! なぜですか!」


「答えなければいけないのかな? その質問に」


僕の口調の変化を敏感に察知する優秀な従者は、慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げた。


「大変失礼致しました。少々取り乱してしまいました。お許しください」


「・・・いや、いいんだ」


僕はゆっくりと机に戻った。


「君は僕の側近だからこの秘密を伝えたんだ」


「はい。だというのに申し訳ございません。配慮が足りませんでした」


「内容が内容だものね。理由は知るべきだ。すまない」


僕は椅子に腰を降ろした。

ジョセフは真っ直ぐ立って僕を見つめている。


「クラウディアは綺麗だから・・・ランドルフここには相応しくない。それだけだよ」


「そう・・・ですか・・・。しかし、カイル様はそれでよろしいのですか? カイル様ご自身にはクラウディア様が必要なのでは?」


「うん、そうだね。僕個人だけの問題だったら間違っても手放さないかな・・・。でも、僕は彼女が真っ白い天使だから恋焦がれているのかもしれない。僕のものになって黒く汚れてしまったらその想いも薄らいでしまうかも・・・」


「それは無いでしょう」


うん、無いね、きっと。


ジョセフは長い溜息を付いた。

そして改めて僕に深々と頭を下げた。


「分かりました。私からはもう何も申し上げますまい。カイル様のおっしゃる通りに」


「うん。ありがとう、ジョセフ」

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