第15話 反種族共存主義

「誰かしら⋯⋯?」


「俺が対応する、君はここにまた座っていてくれ」


 カレーナに指示し、俺は入口へ向かう。

 ドアを開けると⋯⋯そこにいたのはべリスだった。

 息が荒い、急いでここまで来たのだろう。


「はぁ、はぁ、シモン! 良かった、ここにいて⋯⋯また出かけていたら、探すのに苦労したところだ」


「なんだ? 取り合えず中に入れ」


「いや、時間がない。付いてきてくれ、道中で話す」


 何やら相当焦っている様子だ。

 

「カレーナ、君はここにいてくれ。誰も入れないようにまた結界を施す」


 俺の言葉に、カレーナは胸に手を当てながら言った。


「私も行ってはダメですか?」


 俺はべリスに視線を送り、無言で『どうだ?』と聞く。

 べリスは横に首を振った。


「いえ、カレーナ様はここで。荒事になるかもしれません」


「しかし⋯⋯」


「申し訳ありませんが、人質になったりすればシモンの足を引っ張るだけです」


 べリスの強い拒絶を受け、カレーナは諦めたようだ。


「わかりました。私はここで待ちます⋯⋯シモン」


「なんだ?」


「気を付けて。それと、ちゃんと⋯⋯帰ってきてね?」


「ああ、安心してくれ」



 カレーナに見送られビルを出る。

 結界を施し、外部から遮断した。


 俺の結界を見て、べリスは呆れたように呟いた。


「『聖域』クラスか⋯⋯過保護じゃないか?」


「姫を守る砦は、難攻不落でなければな」


「こんなもん、この短時間で張るのはお前だけだよ──さっき言ったように道中で説明する。身体強化して走るぞ、風の精霊で俺と会話できるように繋げてくれ」


「ああ」


 お互いに身体強化の魔法を使い、駆け出す。

 まずは二つのビル、それぞれの壁を交互に使いながら駆け上がり、屋上に到達。


 そこから建物の屋上から、次の屋上へと飛び移り、街を進む。


『反種族共存主義者どもが動いている』


 風の精霊が運んできた、べリスの声が俺の耳に届いた。


『人類至上主義者の間違いじゃないか?』


『間違いだろうが、結局同じ意味だろ?』


 べリスの返事が届いたってことは、俺の声が相手にも伝わってるって事だ。

 反種族共存主義にしても、人類至上主義にしても、呼び名はどうあれ同じ思想だ。


 魔族を含め、他種族よりも人類が上位に立つべきだ、という思想の持ち主たちだ。


 彼らの言い分には色々ある。

 この大陸の実質的な支配者だった魔王を倒し、支配から解放したのは人類なのだから、次の支配者は人類であるべきだ⋯⋯などなど。


 実際のところ、人類は数が一番多く共和国の中心種族だ。


 だが、彼らはそこに満足していない。

 もっと優遇されてしかるべきだ、と考えている。


 まあ、ドワーフが大統領になる時代なのだ、彼等も焦っているのだろう。


 ベリスは走りながら、さらに説明を続けた。


『俺が調べた限りだが⋯⋯結構前からの計画みたいだ。ヴァイス様に接近し、彼に反種族共存主義を植え付け、皇帝になったら彼を担ぎ上げて政権を武力で奪取する、そんな夢物語を計画している奴がいるらしい』


『なるほどな。おそらく二人の婚約が決まってすぐの動きだろう。なら、今婚約破棄なんかされたら困るって訳だ』


『ああ。現皇帝陛下にしろ、カレーナ様にしろ、種族共存主義⋯⋯積極的に他種族や魔族への差別をやめるように発言されている方々だ。担ぎ上げるには都合が悪い』


『しかも、騎士団をある程度動かせる奴が関わっている、と』


 走りながら、先行しているベリスが頷く。

 おそらく、騎士団の上層部にも食い込んでいるのだろう。


 当たり前だが騎士団は表向き、種族差別をしない。

 採用時には、皇帝陛下の前で種族平等を誓うのが慣例となっている。


 実際団員も人間が多いが、魔法犯罪に対策する必要性から、一部魔族やエルフ、武器などの備品をメンテナスするために、ドワーフなども採用している。


『しかも悪いことに、ヴァイス様に最近になって近付いている女⋯⋯アンナとかいったかな? その女も反種族共存主義から送り込まれた人間だ』


『何?』


『つまりこういう事さ。【愛しのヴァイス様、皇帝になって他種族から権力を取り戻してください。その上で妾制度を復活させれば、私とアナタを邪魔する障害はなくなりますよ】ってな感じでな』


 なるほど。

 色恋沙汰で相手を誘導する、よくあるやり方ではある。


『お前、よくそこまで調べ上げたな⋯⋯だがそのせいで婚約破棄騒ぎが起きてるんだから、皮肉な話だ』


『全くだ、まあ、バカ女なんだろ』


『お前⋯⋯まあ、いい』


『ん? オレは種族差別も男女差別もしないぞ? バカはバカだろ?』


『差別しなくても、口に出したら無用な争いの発端になる言葉もある。騎士らしい言動を心掛けろ』


『けっ。元スリの元締めに品性まで求めるな。窮屈なのは、この制服だけで十分だよ』


『品性だってこれから身につければ、その制服と同じように似合うようになるさ⋯⋯で、結局俺たちはどこに向かっているんだ?』


 背景は見えてきたが、俺の役割がわからない。

 今回の件を知ったのも今日──というか、なんなら今だ。


『お前にカレーナ様を説得させたいみたいだ』


『俺に? なるほど、お前の言うようにバカの集まりだな』


 俺の身辺を少しでも調査すれば、反種族共存主義などに手を貸すはずが無いことくらい、わかりそうなもんだが。

 俺の言葉にベリスは振り返り、一瞬困ったような表情を浮かべたが、再度前を向きながら言った。


『ああ、バカ過ぎて困った事になった。カレーナ様に婚約破棄をされないように⋯⋯焦りすぎてる』


『何?』


『スラムの子が人質に取られている。お前を脅迫するつもりだ』


『それは⋯⋯考えうる中で、もっともバカな手段だ』


『⋯⋯だから、俺は案内しかできない』


『そうだな』


 ベリスは言葉を濁したが、彼の考えはわかる。

 もし、俺が騎士を皆殺しにするような事態になり──ベリスが現場を目撃した場合、流石に俺を逮捕するしかない。


『やり方は任せるが⋯⋯できるだけ表沙汰にならない形で頼む。あと、子供たちに危害が出ないように、な』


『任せろ』


 俺が請け負ったタイミングで、ベリスは足を止めた。

 目の前にあるのは、俺の事務所と同じくらい古そうな倉庫だ。


『ここだ。俺は外で待つ』


 ベリスへと頷きを返し、俺は倉庫のドアに手をかけた。



 


 

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