第2話 頼むぜ相棒

 俺、八柱悟は大学生、兼某民間自警団組織の一員だ。


 民間自警団と聞くとどんな組織……って問われると思う。まぁ一言で言うと秘密組織的なアレだ。

 大学進学を機に上京し、バイトを探して見つけた先。人材派遣業と聞いて応募したらそれは仮の姿。警察も表立って対処できない案件を取り扱う、国公認のクソ危ない組織でした。


 でも、バイトの面接悉く落ちてた俺には他に選択肢なんてなかったんですよね。採用されたのが運の尽きで。

 で、そんな所で揉まれ一年弱。心身共に成長し、下から3番目くらいの序列だけど、順当に成り上がった。そしてその役職に就いて初めての仕事。それが、


「都郊外にてデスゲームを開催する悪虐非道な組織が存在するとの情報あり。調査のち摘発し、その行為を撲滅すること」


 らしい。俺はそこまで向かい、調査を行った。そして、その組織の実態を把握。ゲームの内容を把握するまでに迫った。

 

 そのゲームは毎回趣向が凝っていることで有名。

 特に、組織に仇なす人物を1人捕え、ゲームに参加させる「エキシビション」なるものが人気らしい。


 これだ。これに潜り込んで、内側から壊す。そう考えた俺は、その組織にあえて捕まり、参加を試みた。

 で、目を覚ました時に目の前にいたのがこの女性。名前知らんけど。最初は意気揚々と喋ってて、俺を尻目に部屋から出て行こうとした。


 でも、外側から鍵かけられてたんですね。ボタン押してもドアが開かない。それに気づいて彼女は半ば焦ったようにスマホを見る。


 そしたら顔が青ざめていくんだもの。

 そこで悟った。あ、これ切り捨てられたやつだって。


 何故わかったかって、そりゃこの組織にいりゃこんなの何度も出くわしますし。なんか察せるようになっちゃったんですよ。

 流石に敵とはいえ見てらんなくなって、声をかけて文句を言われ現在に至るわけだ。


 で、だ。

 暫くの間みっともなくぐずってた彼女だけど、一通り泣いて気持ちの整理がついたのか、


「ったくやってらんないっての!! 安月給でこき使われて挙げ句の果てに捨てられるって、ほんとアホみたい……!」


 愚痴り始めた。まぁ当然か。想像しかできないけど、この組織にゃそれなりに尽くしてきたんだろうし。こんな仕打ち喰らっちゃ文句も言いたく……いや八つ裂きにしてやりたくなるだろうな。


 あと、普通に口調も変わってますがな。なんかさっきまでハツラツとしたものだったのが、大分粗暴になってる。こっちが本性か。要はさっきまではキャラを作ってたと。

 

「ごめん。じゃあなんでやめなかったんだって突っ込みたい気分なんだけど。あと裏切られたとはいえこの場でそんな悪口言って大丈夫なの?」

「できる訳ないでしょバーカ。あたし身寄りないし、昔グレてた事もあってまともに就職もできなかったから。やめた所でどこも行くとこないのよ」


 彼女の言葉を聞いて、直感的に感じた疑問をぶつけてみる。それに対して返ってきた言葉は、割と重めのものだった。

 身寄りがない、と言われると少し同情もするけど、彼女と俺は敵同士。そこに踏み込むのは野暮だろう。

 

「同情はしねーぞ。身寄りがないのは辛かったろうけど、それとグレたのは関係ねーだろうし」

「必要ないよそんなん。あと、ここ監視カメラないし心配いらないわよ。絶対に逃げられないように設計されてるから付ける必要がないもの……。あんたタバコダメ?」

「別に大丈夫……って言ったからってノータイムで吸うのどうなのよ。俺まだ未成年なんだけど?」


 彼女は俺が言葉を終える前にタバコを取り出し、火をつけ吸う。外見は可憐なだけあって、その姿はどこか様になっている


「は? マジ? あんた今いくつ?」

「19。今年で20だけど」

「んじゃ私の二つ下か。残念だったね。酒も飲めないうちに死んじゃうなんてさ。それに、私だってこれが最後の一服なんだから大目に見て欲しいんですけど?」


 彼女は一通り吸いきると、ふっと煙を吐いて壁にタバコを擦り付ける。

 そっか。なんか彼女に違和感を感じると思ったら、そういうことか。


「随分と落ち着いてるね。これから自分に起こること、君が1番よくわかってるはずだけど」

「……本当は暴れてやりたいっての。でも奴らの思う壺みたいで癪。それに、ここにきて暫くする内に色々覚悟が決まっちゃってね。日頃から思ってたのよ。こうなっても仕方ないって」


 落ち着きすぎてるんだ。置かれた状況にしては。

 でも、彼女の言葉を聞いて、なんか納得する。彼女もこの世界に身を置く者として、ある程度覚悟はしていたということか。


「逆にあたしはあんたに驚きよ。さっきから全く動揺してる素振りがないし。もしかして逆にチルっちゃったとか?」


 チルって、あぁ落ち着くとかそういうことか。聴き慣れないから一瞬混乱したわ。

 そりゃ、落ち着いてるのは当たり前でしょあえて捕まってんだから、とは思うけどそっか。当然ながらこの人はそのことなんて知る由もないのか。


「そりゃそうよ。俺はここに来るために捕まったんだからさ」

「……は? あんたいよいよ本格的におかしくなった? うちのデスゲームって言えばその筋の界隈じゃ泣く子も黙るレベルで無理ゲーって有名なはずだけど?」

「それも承知だよ。おかしくなんてなってない、真面目に言ってんの。俺は」

「……ぶっ。あっっははははは!!! バカだ、本物のバカがいるよっ。わざわざ死にに来るバカがこの世にいるなんてさぁ!!」


 彼女はさも可笑しそうに大声で笑う。もう腹立つレベルに。

 ムカつくから言い返してやろうか。確かに任務を完遂できる保証はない。だから、怖いのは事実。


 でもね。大丈夫って自信があるのさ。俺にはね。


「確かに死ぬかもね。でも、生き残る可能性の方が俺にとっては高いんだよ。だからこうして自信持ってんのさ。でもそんなの、君に言っても、まぁ仕方ないか」


 だから、煽った。皮肉をたっぷり込めた口調ではっきりと。

 彼女は……、あぁやっぱり怒ってる怒ってる。まぁわかりやすいことで。無言で俺に近づき、胸ぐらを掴み上げる。


「うっさいっ!! 諦めたいわけっ、ないでしょうが!! 散々尽くしてっ、それなのに惨めに切り捨てられて!! 悔しくない訳ないじゃないのっ!!」


 まぁそう思ってるのはわかってたけど。

 でも、ここまで激情的に言うのは初めてだよな。漸く本心を感情にして表してくれたか。


「ここでっ、こんな所で! 奴らの嗜虐心の肥やしになんてなりたくないっ!! でもっ……、でも!! どうすりゃいいのか、わかんないのよっ……!」


 彼女の表情は、悔しさ、怒り、悲しみ、様々な感情が渦巻いてそうだ。そして俯いて、顔を歪めた。

 それに対して俺は――――、うん。ちょっといいこと思いついちゃったから。


 少し笑って、俺に向かって伸ばされた彼女の手を掴む。


「なら結構。じゃあ生き残ろうよ一緒に。協力してさ。もし生き残れたら、そうだな。うちの組織に来ない? 行くとこないんでしょ、君」

「は? あんた何言って……」

「そのまんまの意味。俺と君はここから生き残ってデスゲームを潰すために協力する。そして俺は協力してくれたお礼に君に職を提供する。悪い話じゃないでしょ?」

「いや、その前にまず、ここからどうやって出るのよ。こんな状況でそんなこと言われても」

「あ、そういうことか。安心しなよ。ちょっと耳貸して」


 そう俺が言うと、彼女は怪訝な顔をしながら俺に顔を近づける。何を話したのかって、それは秘密だ。だって内容がみんな分かってちゃつまんないじゃんか。


 俺の話を一通り聞いて、彼女は少し驚愕したような表情を浮かべる。


「嘘。あんたまさか」

「うん、そのまさか。どう? 少しは希望持てた?」

「ええ、少しね。全くの考えなしって訳じゃないみたいだし。で、条件は?」

「条件と言いますと?」


 彼女は幾らかの希望が見出せたのか、落ち着きを取り戻したような態度になる。不敵に笑えてるあたり、精神面に関してはもう心配いらなさそうだな。


「さっきあんた言ってたじゃん。ここから出たらあたしを雇ってくれるって。その条件よ。それによっちゃあんたに協力してやってもいいわ」

「あーそれか。君、今手取りいくら?」

「15だけど?」

「正規でそれ少なくね……? ウチだと2倍は出るぞ。プライベートも優先できるし、傷病手当もつく。さぁ、どう?」


 余裕ができた途端、随分と態度がデカくなったな。とは思うけど元がこうなんだと思うことにする。

 そう思えば、さっきの態度をされるよりかはマシに思える。


「乗った。さて、とっととあのクソどもぶっ潰してやりましょ」

「交渉成立だな。んじゃ頼むぜ相棒」

「キモ。あって間もない人間にそんなこと言われんの嫌なんですけど?」

「酷くね? じゃあせめて名前教えてよ。どう呼びゃいいかわかんねぇし」


 こういうのは形から入るのが大事だと思うんだけど。キモい呼ばわりは流石に酷い気がする。

 彼女は俺の言葉を聞きながらタバコを取り出し、火をつける。いや最後の一服じゃなかったんかい。


 そして、吸って、吐く。そして軽く笑ってこう言った。


清水来夏しみずらいかよ。歳は21。あんたは?」

「八柱悟。歳は19。宜しく頼むよ」

「ええ、お互いにね」


 そう声を掛け合って、お互いに手を取り合った。

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