最終話 何ものにもとらわれず
魔獣氾濫が治まり、出動してきた軍による追討やら市街地の清掃やらも目処の立ったある日、南三市のソーンズプライド宿舎に一人の客が訪れたのだった。
「やあ、初めましてだな、息子どの」
側近を下がらせた室内で、五十絡みの男が笑って挨拶する。
ブライアン・ソーン。魔族院議員でソーンズプライドの元締めである、例の若気の至りの彼だ。
「ええ、初めまして。お父さん」
折角なので軽口で返しておく。
フビキ王子と共通の、立場を面倒に思うタイプに見える。
韜晦かもしれないが、むしろ堅苦しく対応したら気を悪くしそうだ。
なにしろ、若気の至りで済ませてしまおうとか、かなり。
「ちょっと堅くなっているかな?」
「ええ、捜査状況が芳しく無いので、叱責でもされるのではないかと」
なんだかんだで魔動具に関しての捜査は、開始から二ヶ月半で一向に進展していない。目処すらたっていない。
英雄と持て囃されようが、仕事は仕事。達成できなければ意味はない。
むしろ潜入という面からは、やり過ぎもまた失敗の一つだ。
「息子殿は真面目だね」
一瞬目元が歪む。そして、笑いながら、済まなそうな、どこか可哀想な子を見るような目で見る。
俺、なんかやっちゃいました?いやほんと。
「まあ、フーガくんは推測しているだろうが、この捜査自体は実は事件でもなんでも無かった。そう・・・政治上のカモフラージュだったんだよ。そこまで思い詰めているとは思っていなかったんだ。済まなかったね」
先だってミーティングで出たあれか。
そんなことで、俺が気を悪くするとか思っているのだろうか?
いや、俺はまだ十六歳の子供だったな。若造もいいところだ。
とりあえず、捜査が進展しないで困るひとはいないようで安心した。
「いえ、仕事ですから。それを労いに来てくださったのですか?」
「ふふ、いや。そんな事ではないよ」
姿勢を正し、続ける。
「フェン・バルドくん。君を魔族院の一員として偕爵することが決定したことを伝えにだ」
「は?」
推挙とか抜きで、決定?
「もっとも、大型魔獣を単独討伐した強大な魔術師に国外亡命されないための、ご機嫌とりだね」
ウインクしてみせるソーン卿。
「自覚していないのかね?自身の偉業を。ギルドは君を国際派遣させるために所属を大陸ギルドに移管する処理に入っているほどだ。王国からの引き止めは当然だろう?」
「ただしだ、ここで問題が発生しているんだな、これが」
と、大げさに頭を振って困った様子を見せる。
このおっさん、いちいち芝居がかってるよな?
「本来ならば、ギルドの内偵組織としてソーンズプライドは数年の活動の後に別の者に引き継がせる予定だった」
お茶を一口。
「ところがだ、ソーンズプライドはブラッド・ソーンという英雄無しには語られない存在となってしまった」
ためいき。
「つまりだ・・・司法省警察局特命警部フェン・バルドの内偵任務は無期限とならざるを得なくなってしまったわけだな。魔族院メンバーとしての人事院発表はそれまではお預けだが、内部的にはかなり融通が効くようになるよ」
「特命警部?」
「ソーンズプライドは人員を増やし、対外特殊工作部隊として再編成する」
真面目な話である。再編成?
「君の役割としては、それをカバーするために討伐者として目立ってもらうことになるだろう」
「潜入というよりも目眩ましですね」
「そういうことだ。君という光に紛れて、暗躍する部隊となる。よって、この件の実働員として君だけではなく現ソーンズプライドのメンバーは動いてはならない。目立つからね。悪いけど防衛省外事局で利用させてもらうよ。トップはソーンが受け持つ」
そして、書類をカバンから取り出してテーブル越しに渡してくる。
「その増員体勢の中で、もはや一級刑事程度の職権では他の要員に対する抑えにはならない。というのが司法省からの判断だ」
司法省の銘が記されている書類は、自身の一級刑事への昇進辞令であり、引き続き特命警部としての任務続行を命じていた。
何も成果を上げていないのに昇進とは・・・
「可愛いじゃないか。これはフェン・バルドは司法省の人間だという、司法省からの内務省に対する抗議だよ」
にこにこと嬉しそうだ。
一省庁からの抗議を、可愛いで済ませてしまうあたり、目の前の男の怪物さに目眩を感じる。
「したがって、君は司法省と内務省の二足のわらじとなる。なに、私も通った道だ」
ああ、この人は防衛省の重鎮だったなぁ。
考えの読めないソーン卿をぼんやりと見る。
こんな大人になっていくのだろうか俺も。
「司法省には外事局のような組織が無いため、防衛省に移籍という線もあったが、君は嫌だよね?それ」
優しげな面持ちで、しかし真摯な口調で続ける。
「君はなにものにもとらわれず、君の信じる道をいけばいい」
席を立つと、握手して
そして、次の予定に歩き出す。
「父としてはそれを望むよ」
────────
その人は魔族の偉い人だと聞く。
リリアさんに勧められる研究員留学に、今ひとつ実感が湧かずにいると聞いて、訪れたのだという。
「はじめまして、僕はブライアン・ソーン。君の父親だよ」
にやりと悪戯っぽく笑いかけるその人は、兄の上司であり、捜査上での都合で父親ということになった人である。
「はじめまして、ソーン卿」
偉い人との会談に緊張している私は、失礼のないように答えたが、ソーン卿はあれ?という顔で苦笑した。
「おやおや、ブラッドは気楽にお父さんと呼んでくれたのに、娘はちょっと他人行儀だね」
「・・・済みません。性分なので」
兄は楽天家で人好きのする性格である。
そんな兄はあたしの誇りでもあり、また時々疎ましくも思う。
ソーン卿はにんまりと笑って、あたしの減らず口を受け流す。
「チャンスだと思うけどね、僕は」
ソーン卿は切り出す。
「だから、君から思っていることを教えて欲しいんだ。
こんな不肖の父だが、少しは親らしいことをしてみたいという我儘だから、嫌ならばいいんだけれど」
なんか、お兄ちゃんが歳を重ねたら、この人みたいになるんじゃないかと、ふと思った。
そう思うと、なにかソーン卿から感じていた圧迫感が減ったような気もする。
そんな彼に、あたしはぽつりぽつりと話し出していた。
魔道具で身を立てたい。自分にはその能力がある。
しかし、いまここでフリディアに行くのは、何か逃げているのではないか?
そんな気分は、単に国外という新しい環境への気後れに過ぎないのか?
そう迷い続けていた心の内を。
・・・・・
とりとめもない話を最後まで、卿は嬉しそうに聞いてくれた。
そして、ひとしきりの話を聞いた卿は、答える。
「迷うことは悪いことじゃない。でも、君にとって重要なのは、君の将来だ。
君が望むのは、魔道具製作に挑戦したいという想いなんじゃないだろうか?
逃げるというのは、それは今の君を縛る
身を乗り出して続ける。
「この
君の長い人生における、ただの通過点にしか過ぎない」
逃げるのではなく、通り過ぎるだけだと。
「だから、心配することは何もない。
君は、君を閉じ込める殻を破って飛び立つときが来ただけなのだ」
この国は、あたしの殻、なのか。
「フェン君にも言ったが、きみにもこの言葉を伝えたい。
不徳な父としての願いだ」
真剣な眼が、あたしに注がれる。
「君はなにものにもとらわれず、君の信じる道をいけばいい」
こうして、少女は
────────
王都に戻った僕は、内務省の一室で開かれた会議に出席している。
魔族院運営会議。それは
その会議の議題は、国家の枠を超えた計画の進捗に係わる諸問題の連絡である。
「では
「はい。
「産業省にはそのまま仕事を続けてもらうとして。君の娘はお眼鏡に叶ったのかな?チコニン学長からの定期報告は読んでいるが」
「それについては、私どもにこそ関係しますね」
魔族院魔術研究室室長のポドマンが発言する。
フェン・バルドに注目し、ソーンズプライド作戦にねじ込んだ男である。
結果として彼らの期待に
「例の文書にあるマナ仮説の検証試案ですが、あれには補正予算を適用することを提議します」
魔術の進歩。それはこの会合の根底において重要な議題であった。
しかし、来年次予算にではなく補正予算とは。
「そこまで入れ込むのかね?フェン・バルドの新規魔術の調査を差し置いてまで?」
すでに稟議書まで作って来ているようだった。
「フェン・バルドの環状発動魔術構成は魅力的ではありますが、優先度としては桁が何桁か違うと考えています」
思い出し興奮だろうか、紅潮気味の表情で主張する。
さすがは王国の魔術オタクを集めて煮込んだ闇鍋である。
魔術研究のためならば、年中無休も厭わない精鋭たちが、フーリエのアイデアに熱中している。
研究室作成の稟議書がメンバーに回る。
「補正予算に関して異議のあるものは?」
長距離踏破偵察任務を十回は発注できる金額ではあったが、とくに誰も発言しない。その程度は国事においては些事であるからだ。
「よろしい、プロジェクトは今週中に
「
大陸ギルドも仕事が速い。もっとも、巨大な魔獣すらも単身撃破できる戦力である。
ギルドにとっては垂涎の的だろう。
「中央魔術研究所とはかねてからの交流がありますので、むしろ協働することで調査が捗るかと考えています。我々は技術の独占には興味はありませんし」
扱いに困る事件がある度に、駆り出されることになるのか。
抱え込んで調べるよりも、好き勝手に動いてくれたほうが多彩なデータを得られると、今回の件で味をしめたな。
「新生のソーンズプライドにはぜひ我々の席もお願いします」
手を合わせて拝まんばかりのポドマン。
僕は真面目すぎる
まあ、脳筋である彼ならば、なんとか折り合いをつけてどうにかするだろう。
────────
作戦は不首尾に終わりはした。
しかし、工作部隊隊長のゴリントは喜々として
懐に忍ばせた一個のちいさな魔動具。作戦のただひとつの成果。
しかし、これは故国の望んでいた転換点となりうる技術であった。
混乱に乗じてゴリントを救い出して同行するライシは、失態を思い出して苦笑する。
仕掛けた欺瞞を乗り越えて自分を打倒した甲冑。多分女だと思う。
── 私も、まだまだ精進しなければ。
そろそろ後進に道を譲るか、とも考えていた自分はもう居ない。
負けたとはいえ、自分の未来には心躍る相手がまだまだ待っている実感を感じた。
────────
── ?
「回収された異常結晶は・・・予言された四倍体重晶であることが確認された」
テーブルを囲むメンバーは、一様に沈痛な面持ちを崩そうとはしない。
「かの日を以って予言表の基準日とし、我らは反攻を開始する」
全員は立ち上がり、祈る。
「彼らに祝福のあらんことを」
────────
これで第一章は完結です。
主人公は事件を解決したものの、裏で何が起こっていたのか全く理解できていません。ハブられ系主人公。新しい。
追っていた被疑者が実の妹だったことすらも藪の中です。襲撃についてすらも、全く聞かされていません。大丈夫なのか兄妹関係。
物事をあまり気にしないタイプの彼は、どう取り繕っても脳筋なのです。お父さんが痛ましい顔つきになるのも当然。
次章ではリリアさんの故国でありフーリエの留学先となる、
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