第02話 討伐者ギルドのイキり芸人
研修では連絡員との接触方法、行動に関する法的制約などを中心として行われた。
戦闘訓練は既に充分という評価だが、森での禁忌に関しての講義が連日行われる。
討伐者にとって最大の敵は環境である。ギルドの憲章でも最初に述べられている。
具体的には感染症や毒性昆虫・植物に関しての予防と対処の知識である。
本当の新人では下働きから数年かけて追々学ぶところだが、短期間の座学と実習でみっちり仕込まれることになった。
いちいち負傷して後送されていたら捜査にならないので、死なない程度の知識でも必要だ。
特に蚊や蛭といった昆虫が媒介する熱病などの対策として、多種多様なワクチン接種も行われる。討伐者になればギルドから行われるため一見不要ではあるが、数多の討伐者に対しては罹患の可能性の低い疾病のワクチンはコストの問題によって打たれることがないが、潜入捜査官が万が一にも罹患していたら仕事に差し障るからである。
住血吸虫症といった抗寄生虫薬の携帯は新人としてはいささか不自然ではあるが事後の対策装備として支給されている。
カバーストーリーから物資的な準備は過重であっても問題ないとされている。実家が太い、という奴だ。
実家の設定は魔動具密売組織からの接触を期待してのものでもあり、積極的に他者に提供してもよい。むしろ金持ちのぼんぼんを演じる上での一環としての効果が期待されている。
次に装備の選定であり、予算内で使用者の欲しいものを要求できるとのこと。
まず防具。
概ね、軍で使用されている汎用品を染色した上で回してもらった。
これは交戦規定とかではなく国軍と誤認されるとまずい事があるからだ。
そりゃそうだ。偽警官ならぬ偽兵士になってしまう。
ということで、上下の戦闘服は防刃耐火に優れたクモ糸製。
色はオレンジで、レスキュー隊員みたいである。
バリアを突破した石片程度は完全に防ぎ、運動を阻害しない。
鉄のハサミで切ろうとすると刃こぼれする。切断武器においても同様。
ここに部分鎧としてのプロテクターを装着し、ある程度の衝撃は面で受ける。
手袋いや、ガントレットは真っ赤な塗装でうわぁと声がでた。
いや、血液が判別できないと怪我人の手当に支障が出るだろうと抗議したのだが、なにやら押し問答となり押し切られた。
靴は安全ブーツ抗菌仕様。合金入り複合材のおかげで素でも同面積に十トンの圧力を掛けても踏み潰されない。そこにバリアなどが加味される。
色は黒い。
討伐者は靴で分かるとも言われる、重要かつ
もはや前世で想像するような靴とは全く異なる。
見た目はパワードスーツの脚部かと見間違えるゴツさで、関節部を徹底的に保護して膝を包む位置まで装甲で覆われている。
外部からの力に対してはロックされて関節を守るようになっていて、捻挫などを防ぐ。もっとも、てこの原理で股関節が粉砕しかねないから、過信は禁物である。
可動域は大きいので動作に支障はないが、身体強化が無ければ重くて歩くことも困難だろう。
これなしで魔獣と揉み合い踏まれれば運が良くて戦闘不能、悪ければ再生医療の出番となる。そもそも交戦中に足が壊れた討伐者が生き残った例はほとんど聞かない。
砂どころか泳いでもゲル状のパッキングによって水すら入らない。
いや、重くて沈むだろこれ?沈まない?水に近い密度とな?
討伐区画への立ち入り免許では、これを付けなければ安全管理義務違反として保険適用外である。
新人はなにはともあれ靴を「作れ」と言われるが、前世で言うなら乗用車の価格に匹敵する装備は新人ではなかなかに手が届かない。
靴も持てない新人は養生区にも出してもらえず、キャンプの下働きでヒヨコとして愛されている。
なお、この世界でも未だに水虫と人類の戦いは続いている。徹底的に密閉した靴の中は考えたくない。内装をアタッチメントとして洗浄に出せるのが救いだ。
頭は軽量な複合材ヘルメットで、垂れ布で首にかけての部位を守る。
そして高機能マスクを装着する。防塵防毒、何より重要なのは身バレを防げる。
・・・トルーパーか眼鏡か何かか?こふーこふー。
学院の卒業生はどこで誰に見られているのか分からないため、できる限り顔は隠しておきたい。
マスクはやはり軍の汎用品でクッソ高い製品だという。すばらしき金満。
染色ついでにペイントされているソーン家の紋章が痛々しいぜ。殉職したら家名に傷がつかんか?
そして武器は。
「鉄棒ですか?」
装備部との打ち合わせで担当の課長さんが首をかしげたのがこちら。
長さ90cmと180cmの特殊合金製の棒を要求してみた。いわゆる警杖だ。
突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀。と汎用性は前世でのお墨付きである。
特殊なのは重さと靭性だ。完成品では短い方で6kg、長いやつで12kgもの重さがある。ちなみにただのむくの鉄棒だったら比重から5kgである。
比較対象として70cmの日本刀が700gと言えば重そうに感じるだろう。が、身体強化された運動能力からするとこれでも軽い。体感、モップを振り回しているような気にすらなる。慣性力でコツはいるのだが。
折れず曲がらず、継戦能力に優れている。とにかく頑丈一択の作りだ。
学生時代の討伐実習では鍛錬も兼ねてただの鉄棒を振り回していたのだが、これが意外に曲がる折れる。鋼鉄パイプに鉛など重金属を詰めただけでは靭性は確保できずに弾けて砕ける。
無垢の鉄棒ならこうグイっと直せたが、今回のものは曲がらない。鉄道で使われている部材によって靭性を確保してもらったのだが、そのため重量が犠牲となった。軽いと苦情をつけたら装備部からは、今後の課題とさせてほしいと泣きつかれてしまった。
劣化ウランを使いたいところだが重金属。削れて吸ったら中毒が心配である。
あ、濃縮施設すら無いわここ。魔宝石燃料強力すぎ。
棍棒や刀剣は魔獣などにも効果的で、対して弓矢や投石など投射武器はバリアに防がれるために効果が薄い。とは前回説明した。
なぜ白兵武器ならば効くのだろうか?
その解釈では、まずバリアや身体強化では衣服も対象に含まれることがヒントとなっている。
そもそも腕などどこまでが身体であるのか?体毛は身体に含まれますか?
衣服を考えてみる。動くたびに破れてしまうのなら、防寒を抜きにすればの話だが、着ないほうが経済的だ。衣類の習慣があるということは、服は問題ない証だ。
衣服など装備品には何故だかバリアや強化が及ぶのだ。
次に、異なる領域同士が交差した場合にはどうなるのか?
互いの阻害効果は強度によってその分相殺されることになる。
足を踏み潰される心配、というのはここから来る。
銃器や爆薬を接触状態で使用したらどうか、という考えが浮かぶかもしれないが、それには使い捨てであるのがネックとなる。持ち運ぶコストに見合わないのだ。
高価で誤爆リスクも大きいため主力にするにはかなり辛い。
まとめると、戦闘は殴り合いヒャッホー。
金棒はみすぼらしいという理由から、なんと蛍光グリーンに塗られている。
なんというか・・・なんというか、オレンジ系の戦闘服に真っ赤なガントレット、そして蛍光グリーンの武器って悪趣味。よく見ると塗りじゃなく細かい縞?どこからこんな予算が。
殴ってればハゲるだろうからいいか。え、特殊な塗料なのでハゲない?そうなの?
総括して言えば。色のセンスがなさすぎるだろ装備部。
────────
と、まあ研修は恙無く終了し、討伐者ギルドへの登録の日がきた。
いや、登録は
「ミヒャエル、本当にやらないとダメなのか?」
チームの魔術担当であるミヒャエルは元討伐者で、ギルドでの立ち回りのアドバイザーであった。
「坊。討伐者の輪に入るなら、まずはマウンティングっす」
チャラい。
「上位討伐者にイチャモンつけてイキったうえでトップから一目置かれる?なんだよそれは」
よもやのチンピラムーブである。ヤンキー漫画かな?
「だって、登録しました討伐に出ました。じゃ他の討伐者さんとお近づきになれないでしょ。インパクトが第一です、坊」
すでにギルドの前である。この期に及んで渋りだした俺にミヒャエルは小声で説得に入る。
「ここはイキり倒して変なやつとか思われるほうが手っ取り早いすよ」
「変人って属性は必要なの?普通に入ったら難癖つけられたりしてくれないかな?」
「そんな変な奴が居たら困ります」
「おい、お前が言い出したんだぞ。真顔になるな」
「討伐者なんて変なやつだろうと腕っぷしが強けりゃ気にされませんってw」
でも討伐者デビューでガツンと目立てばコネが作りやすいのも想像できる・・・やるしかないのか?イキリ芸人デビュー!!
「で、誰に難癖つけたらいいんだ?」
「仕入れた情報じゃ、今日はこの地区の最上位のチームは休養で不在らしいんで、とりあえず目についた相手をノシてくれればいいです」
高さ六十メートル、十五階建ての全面がガラス張りの近代的なビル。それが南三ギルドの事務所である。
意を決してギルドの扉を開く。
なお、討伐者ギルドについても軽く説明する。
討伐者ギルドの歴史は二千五百年を数える。大陸東端に発足し、古道と呼ばれる街道の整備事業を開始した。千年をかけて古道は大陸西端まで打通され、人類はようやく連携が可能となった。
つまりギルドは国家の枠組みを越えた組織であり、王国にあるのはただの支部であり、さらに言うならこの建物はこの地区だけの派出所にすぎない。
問題の密造魔動具はこの
一階ロビーはカフェと見間違うようなソファー席の列が並んだ銀行窓口、といった感じである。ソファー席は簡易的な応接となっていて、観葉植物で中は伺いづらくなっている。
「たのもう!」
いやもう、ヤケクソになって声を張り上げる。
一瞬の静寂。
続くのは割れんばかりの大爆笑。
振り返るとあろうことか、ミヒャエルまでが腹を抱えて転がってる。
寄ってきて、しかし遠巻きの討伐者を見回す。
ふーん、スーツ、スーツ、Tシャツ、ジーンズ・・・
自分を見下ろす。
オレンジの戦闘服、赤いガントレット、特注の黒いブーツ。手には蛍光グリーンの棒。
ザッツ、完・全・装・備!!!
うん、笑うね俺でも。
ため息をつくと、とりあえずミヒャエルは全力で蹴り飛ばしておく。
しばらくしても一向に笑いが収まる気配はない・・・
俺はとりあえず最も大笑いしている、見たところかなりの実力の討伐者に近づいて声をかけた。
「すまないが、このやり場のない思いをぶつけさせてくれないか?」
────────
・・・・・・
ギルド近くにある
ギルドにいた討伐者が連絡したのか、観客は数倍まで膨れ上がっていた。
今なお走ってくるやつもいて、まだまだ増加する見込みだ。
金とるぞ!見世物だ!!(ヤケ)
「武器は木製、防具は討伐時に使用するものなら何でも許可する。でよいのか?」
この空気の中、もう防具を脱ぐだけのメンタルは持ち合わせていない。
先程の実力者はわざわざ宿舎まで装備を取りにいってくれた。いい人やん。
「かまわん」
もはや一周回って楽しくなりつつある偉そう口調で答える。
対する相手は、年の頃なら27、8。身長は190といった偉丈夫でいかにも前衛といった風体だ。栗色の髪は今はヘルメットの中で見えない。
準備運動で見た感じ、びくともしない体幹とキレの良い動き、武器の大剣を木製とは言え片手で振り回しピタリと止める。
「フビキ。チーム群青の海原のリーダーをやっている。一手ご所望する」
「ブラッド・ソーン。ソーンズプライドのリーダーである。一手ご所望する」
模擬戦の倣いに従って口上を述べる。
遠くでミヒャエルがしゃっくりしたような顔をしたが何だろう?
フビキは透明な盾を左に装備した片手剣スタイル。
模擬戦なので武器はこちらも同じく木製の大剣を選択。ただし二刀流。
開始位置に立つ。
「はじめ!」
こちらが挑戦者であるのだ、とりあえず先手を取るのが筋だろう。
すり足で接近すると、右手の大剣をフビキの盾に叩きつけた。
フビキは受け止め流しつつ大剣を袈裟懸けに振り下ろしてくる。いや、これは・・・シールドアタックで押し込まれそうになるが、半歩引いてベクトルをずらし、受け流す。
右の振り下ろしは腰の入っていない見せかけなので左の大剣で受け止めた。
膠着しかけたところで下がって仕切り直し。
これで挨拶は終わったかな?
力具合は分かったので取っておきでカタをつけるとするか。
今度は左からの切り上げで入る。
当然にフビキは盾で受けるが、その盾が狙いだ。
剣は投げ捨てて、右手で盾の縁を掴んで引き寄せる。
いや、カタパルトとして加速に使い、フビキの左につんのめるように入る。
転んだようにも見える低い姿勢。だがこれが取っておき。
ストライドは小さく、目にも留まらぬピッチでのすり足によって、一瞬でフビキの視界から消えた。このキモい歩法は学院時代からの得意技である。キモいと言った悪友は殴っておいた。
振り向こうとするフビキがスローモーションのように見える中、俺はその腰に手を伸ばし・・・
残っている回転モーメントを強引に縦変換して、フビキを持ち上げ後方に叩き下ろす。
ジャーマン・スープレックスの完成でっす!!
頭部を打ち付けて完璧に失神しているフビキは横に放り出し、俺は両手を挙げて勝どきをあげる。
「勝ったどーーっ!!」
あれ?声援は?
「剣の勝負をしていると思っていたらいつの間にか気絶させられていた・・・」
「いや、周りで見てた俺らもわけが分からんかったし」
「瞬間移動」
試合の後にくり出した酒場ではフビキを始めとした討伐者の集団らと飲み会に突入していた。
殴り合いで一目置かれればコネができると言ったミヒャエルは正しい。
もう親友みたいに扱われている。
「走るのって遅いだろ?」
「なにを言っているのかわからない」
「走るとき、大股で踏み出している間は加速できないじゃないか」
この世界の身体能力では常にムーンウォークしているようなものだ。
ジャンプは速そうに見えるが加速には貢献しない。
「ふむ」
「分からなくもない」
「だから半歩ずつ高速にすり足するのが一番速い」
「よく足を引っ掛けないな」
「キモいシャカシャカ」
殴る
「これでも王国ギルドのトップを張ってるつもりだったんだが」
聞き捨てならないことを聞いたような気がした。
王国トップ?頂点?序列一位?地域じゃなくて?
「フビキが?」
「うん」
ミヒャエルを見やると、トホホ顔である。
あ、こりゃボク何かやっちゃいました?
「ミヒャエルとは二度目だったっけ?」
「いつぞやはお世話に」
フビキとミヒャエルは顔なじみらしかった。
「いやね、今は坊の家にご厄介しています」
「ソーンとか言ってたっけ?」
「ええ、魔族のご長男ですよ坊は」
「魔術師なのか?」
「なんであんなに強いんだよ!?」
「坊は・・・学院で芽が出ずに」
「まて、一応魔術師だぞ俺は!!」
一応抗弁しておく。
「ほう、近接も行ける魔術師とは珍しい」
「何か見せてよ」
「うっ!」
引くに引けず、覚悟を決めた。
俺は手を伸ばすと、テーブルに一掴みの砂を零す。
さらさらさら~
・・・・・
爆笑
「そうか・・・大変なんだなお前も」
フビキが痛ましそうに慰めてくる。
やめて、地味に効く。笑えよ。頼むから。
「フビキさーん、凄かったんだって?」
「お話聞きたくて来ちゃいました」
女の子たちが酒場になだれ込んできた。
ギルドの受付嬢のようだ。
「おまえら、俺の赤っ恥を見に来やがったな!そうよ、このルーキーに伸されちまったぜ全く」
「キャー」
「お兄?」
そんな中、なにやら聞き覚えのある声が・・・
しーん
「なに?フーリエのお兄さんなの?」
ええ、うちの次女のフーリエ・バルドその人です。
俺の一個下の妹ですねぇ。可愛い。
「な、なんでここに!?」
しまった、突然の登場に素がでてしまった誤魔化せない。
「ここのギルドに就職したの」
なにそれきいてない。
「ちょっ、ちょっと一緒に来てくれ。ミヒャエル、外すからよろしく」
いきなり頓挫しそうな潜入捜査に、俺は頭を抱えるのであった。
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