第8話 REACH OUT I’LL BE THERE……(僕 高校2年生)想いのままに・男子編

 幸(しあわ)せな気分の毎日でも、それがいつまで続くか分からない。

 いつか終わりが来て、幸せだと感じなくなる自分が不安だ!

 悲しみに浸(ひた)るのは、もっと嫌(いや)だが、そうなった時の自分の受け止め方や判断や対応などの心境の変化に興味が湧(わ)きながらも、ますます不安が強まって、時々ふと、ここで人生をすっきりと終わらせようかと思ってしまう。

 満ち足りた幸せな日々が続くほど、その粛清(しゅくせい)への憧(あこが)れは強まり、粛清するのは自分自身なのか、決別(けつべつ)すべきなのは相手なのかと、具体的な方法、場所、時刻などと真剣に悩(なや)んでいくが、……でも、それを実行してもスッキリした爽快(そうかい)な気分を満喫(まんきつ)できくなるだけで、最期まで息が詰まるような鬱積(うっせき)した思いのままなのは、晴(は)れ晴(ば)れしくならなくて全然詰(つ)まらないと思う。

 だから不安を煽(あお)るマイナス思考は払拭(ふっしょく)すべき僕の内なるダークサイドだと、分かり切っている事を再認識している。

 これまで朝のバスの中で誰かとメッセージの遣(や)り取りをする彼女を見た事が無く、着信のバイブ音を聞く事も、画面を開いて着信をチェックする操作(そうさ)も見ていない。

 どうも、学校の友達達や幼馴染(おさななじみ)らとはグループチャットを行っていないようだった。

 イヤホンで彼女が聴(き)いているミュージックはスマホとは別の小さなアイテムを使っていて、時々それをポケットから出して曲の選定をしながら窓へ凭(もた)れるようにシートに座り直(なお)すと、上目遣(うわめづか)いの眦(まなじり)で僕を一瞥(いちべつ)してから車窓に映(うつ)る僕の顔を睨(にら)んでいた。

 本当に睨まれていたのか、吊(つ)り革(かわ)に掴(つか)まる僕の目線位置から見る車窓に映った彼女の顔が、重(かさ)なるガラスのテカリで眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せているように見えているだけなのか、分からない。

 この恋焦(こいこ)がれる憧(あこが)れの彼女が真ん前にいるという、唯一無二(ゆいつむに)の至福(しふく)の時間と空間を誰にも邪魔(じゃま)されたくはなくて、朝のバスの中では敢(あ)えて彼女が降車するまで着信で震(ふる)えるスマホの画面を開かずに彼女だけに意識を集中している。

 僕は、もっと彼女を知りたいと思う。

 彼女が嫌がる事や物は、好意を寄せる事や物は?

 今は何処(どこ)で何をして過(す)ごしているのだろう?

 僕に険(けわ)しい眦を向ける彼女が、笑顔で顔を傾(かし)げて言葉をくれるようになるには、僕はどうすれば良いのだろう?

 僕に気付いた彼女が笑顔で寄って来て明るく話し掛けてくれるようにするには、どうすれば良いのだろう?

 捻(ひね)くれているかのように生意気(なまいき)に放つ、冷たく突き離すようなメールに、僕は何の罰(ばつ)なのかと感じて、悔(く)い改(あらた)めるにはどうすればと考えてしまう。

 告白をして来て拒絶した相手が僕だから、そんな気持ちを僕だけに込めて来るのだと思いたい。

 僕以外の誰に対しても、そんな言葉や態度ではない君だと信じている。

 だから、きっといつか、僕への笑顔と見せて、笑い声を聞かせて貰えるようになりたい。

 僕のスマホのグループチャットは弓道部の連絡用と中学校からダチ連中と家族のだけで、部員達と友人達の中に朝っぱらからチャットして来るような面倒(めんどう)な奴(やつ)はいなかった。 

 時々着信のバイブレーションを感じさせてくれるのは、家族のグループチャットのお袋と妹ばかりで『デパ地下で惣菜(そうざい)のアレを買って来て』や『私が奢(おご)るから、アソコのスィーツをね、御願い!』なんて入っている。

 それを口実(こうじつ)に彼女を夕方のデートに誘(さそ)えないかなと考えるけれど、その声掛けや御誘い文を送信する勇気(ゆうき)が無いまま、僕は繁華街(はんかがい)のアーケードの下を一人(ひとり)で歩いている。

 親父からは緊急(きんきゅう)な案件か、もしくは『顧客(こきゃく)の都合(つごう)でオマエが受け持つ仕事がキャンセルになってしまった、今日は来なくてもいいぞ』ってない限り、着信する事はなかった。

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 一昨日(おととい)も、昨日(きのう)も、そして今日も、今週の彼女は、バスのシートに座(すわ)る姿が少し丸(まる)まっているように見える。

 顔を車窓に向ける事はなく、映る横顔は僅(わず)かに俯(うつむ)き加減(かげん)の沈んだ無表情で、斜(なな)め下を見詰める視線は虚(うつ)ろ気(げ)な気がして、何か思い詰(つ)めているようだった。

(これはぁ、誰か魅力的(みりょくてき)な男子から告白されて、揺(ゆ)らぐ僕への気持ちに悩んでいるのかぁ……? なんて、迷惑系の僕への考慮は無いだろうと、憶測(おくそく)するが……)

 蒼褪(あおざ)めるような事態の予兆(よちょう)かもと唇(くちびる)を噛(か)む僕は、その疑(うたが)いを晴らす変化が現れないか、小さく肩が上下する呼吸の動きしか見せない彼女を見続けた。

(それとも出掛けに家族の誰かと喧嘩(けんか)でもしたのか? それとも嫌な事が有って学校へ行きたくないのか? それとも僕が近くに来るのが嫌なのか? それとも……。はっ! もしかして……)

 突然、暗(くら)く思い詰めている彼女のプレッシャーを頭の中に浮かんで、僕は察(さっ)した!

(これは啓示(けいじ)だ!)

 心の底から僕を嫌うのなら、次のバスに乗れば良い事で、僕は確実に遅刻(ちこく)してしまうが、まだ時間に余裕が有る彼女は遅刻しない。

(なのに彼女は敢えて? このバスに乗車して通学している!)

 今直(す)ぐ、此処(ここ)にしゃがんで、彼女から真意を聞き出すべきか僕は迷(まよ)う!

 バスが揺れて彼女が降りるバス停に停車した。

(気付くのが遅かった! 僕はバカだ! 全然、彼女を護(まも)れていないじゃないか!)

 バスが停車して降車しようと席を立つ彼女を、僕は少しズレて阻止(そし)しようとしても、顔を上げないまま彼女は僕の脇(わき)をすり抜(ぬ)けようとする。

 僕は彼女を通(とお)すまいと、更に横へズレて彼女と当たってしまう。

 僕の背後を降車する乗客達が急(いそ)ぎ通り過(す)ぎて行く。

 僕が意図的に塞(ふさ)いだ事に気付いた彼女は、さっと顔を上げて僕を睨み付けて来た。

 きつく『どいて!』って言われたら、『どかない!』って言い返すつもりだった。

 唇を結(むす)び涙目(なみだめ)になりそうな彼女の顔が『くっそぉー』と腹を立てている。

「ここで降(お)りまーす!」

「すみません、通してください!」

 大きな声で彼女に言い放たれてしまい、通さないわけにはいかなくなった。

 僕の脇を抜け、彼女は急いでバスから降りて行った。

 こうなる事は予想できていたのに慌(あわ)てた僕は、無意識に身体(からだ)が動いて、気が付くと彼女から2、3歩離(はな)れて降車していた。

 先に降りた彼女は小走(こばし)りに駆(か)けていて、信号が点滅(てんめつ)しだした横断歩道を渡(わた)って行く。

 丁度(ちょうど)その時に向かい側のバス停に彼女が乗り継(つ)ぐバスが来ていて、彼女は小走りのまま乗り込んで行った。

 彼女は僕も降車している事を知らないのだろうと思った。

 もし、振り返って僕に気付いてくれていたら、彼女を掴(つか)もうと手を伸(の)ばす僕を見ていたら、彼女は乗り継ぎのバスへ乗るのを止(や)めてくれたのだろうか?

 暗く思い詰める経緯(けいい)を彼女から聞いて気持ちを軽くさせる事が出来るのなら、僕の空回(からまわ)りでも二人(ふたり)揃(そろ)って学校をエスケープして、楽(たの)し気(げ)な気分にさせた彼女に顔を上げさせて胸を張らせる事ができれば、今日は非常に素晴(すば)らしいハレの日になるのかも知れない。

 兎(と)に角(かく)、バスから降りた時点で僕の遅刻は確定だったが、そんな事より、思い詰めた彼女が心配だから、彼女の登校を見届けないと気が済(す)まない!

 交差点まで行って、来た空車(くうしゃ)のタクシーを呼(よ)び止め、彼女より早く彼女の学校へ着くように急いで走って貰う。

 先回り後は、彼女が通う高校の校門へと続く坂道の袂(たもと)近くの段差に腰掛けて、彼女が来るのを待っていた。

 見咎(みとが)められたくは無かったが、声を掛けるつもりは無く、しっかりと見える位置で堂々と彼女を待っていた。

 腰掛けて10分程で彼女の姿が見え、その表情は血色(けっしょく)の良い明るさで、歩く姿勢は顔を上げて背筋(せすじ)が伸びている。

 クラスメートなのか、いっしょに歩く女子達と笑いながら話をしていて、僕は間違った自由を彼女が求(もと)めていなかった事に安堵(あんど)した。

 不意(ふい)に彼女が僕を見付けて、目を見開いた。

 唇は友人達との会話に動き、顔は話に合わせた笑顔の儘(まま)に、笑う目の瞳は僕を見据(みす)えた儘に、彼女は歩いて行き、坂を上がって行く彼女の姿は見えなくなった。

(良かった! 彼女は持ち直してくれたようだ。明るい笑顔だった。姿勢も戻(もど)っていた……。大丈夫(だいじょうぶ)そうに見えた……。それでも僕は、彼女を鬱(うつ)な悩みから、しっかりと解放されているのか確認したい!)

 まだ不安に苛(さいな)まれる僕は直ぐに遅刻坂の下まで行き、坂を上って行く彼女の後ろ姿が上の方の曲がりの向こうへ見えなくなるまで見続けていた。

 秋色に染(そ)まり出した黄色と茶色の葉叢(はむら)に衣替(ころもが)えを済ませた冬の制服の紺色(こんいろ)が引き立ち、色付いた桜の葉を戦(そよ)がせる秋風の空模様は、朝焼(あさや)けの眩(まぶ)しい輝(かがや)きが薄(うす)れて、天高く透明な青色の蒼空(そうくう)が西の海の方から押し寄せている寒い雲で濁(にご)り始めている。

(これはコンビニで傘(かさ)を買わないとな。きっと午後から時雨(しぐれ)模様(もよう)になる! この空模様は……心模様か!)

 僕は不安と予感を吐(は)き出す様に溜(た)め息(いき)を吐(つ)きながら、スマホを取り出してタッチパネルに触(ふ)れる。

【もし君が、望(のぞ)みを抱(いだ)けなくなっていて、もうこれ以上は進めないと感じているなら、そして、幸せが幻(まぼろし)に見えていて、この先の人生が無茶苦茶(むちゃくちゃ)になりそうで、君の世界が足許(あしもと)から崩(くず)れ落ちそうに思えるのなら、君は僕に向かって手を伸(の)ばすんだ!】

 読み返すと感情に任(まか)せた恥(は)ずかしい言葉の羅列(られつ)で、書き直そうかと悩んだ。

【いつもの朝のバスの中なら、右手を斜(なな)め上に出してくれるだけでいいんだ。そうしたら僕は君をしっかりと掴(つか)んで絶対に離しはしない! 離れていても、君の居場所の目印(めじるし)を知らせてくれるなら、直ぐに僕は其処を探(さが)し出して駆(か)けつけるよ】

 パネルに触れる指先は湧き上がる言葉のままに動き、僕は焦(あせ)っている!

(彼女が僕を必要としなくても……、僕は……、この世界から彼女を失(うしな)いたくない!)

【授業中の教室の片隅(かたすみ)で蹲(うずくま)っていでも、目が眩(くら)む孤高(ここう)の断崖(だんがい)の先端でも、吹き荒れる強い風の中でも、真(ま)っ暗(くら)な闇(やみ)の中でも、大海原(おおうなばら)の泡立(あわだ)つ波間(なみま)でも、真(ま)っ白(しろ)な吹雪(ふぶき)の中でも、僕は必ず手を伸ばす君を見付け出して抱(だ)き締(し)めに行くんだ。君を守って、君を支(ささ)える為に、僕は君の目の前に立って、最後まで君の盾(たて)となって、君を助けるんだ!】

(もしも……、彼女が、そこまで思い詰めているのなら……、彼女を一人で縁(ふち)に立たせるものかぁ!)

【君が最善を尽(つ)くしても、尽くし足(た)りなくて途方(とほう)に暮(く)れる君が諦(あきら)めそうになった時、君の世界が冷たくなって行く感じがする時、君が独(ひと)りぼっちで彷徨(さまよ)っている時、君は僕へ手を伸ばすんだ】

(僕は……、必ず彼女が立っている縁まで行って、傾(かたむ)いて行く彼女を掴み止めてやる!)

【何かに怖(おそ)れて涙(なみだ)ぐむ瞳で見渡してみても、君は心の安(やす)らぎは見付けられない、そんな時は僕へ君の手を伸ばしてくれ! 君は僕に伸ばした手を、ただ振り返って見るだけでいいんだ。君の手を握(にぎ)る僕は君の心へ駆け付けているよ。何よりも君が大切だから、不安な心を慰(なぐさ)めて君の気持を楽にしてあげたい。うなだれている顔を上げて、君に全てを捧(ささ)げている僕を見て欲しい。いつでも僕は君の傍(そば)にいるから、いつだって僕を頼(たよ)ってくれればいいんだ。僕は、此処にいるよ】

(まだ、きっと、間に合うはずだ!)

 急いでスマホのパネルキーを叩(たた)いて綴(つづ)る感情あらわな激発メールを打ち終えると、サラリと激情は消え失(う)せてしまい、今し方の落ち着きを戻したように見えた彼女へ送って良いものかと考えて躊躇(ためら)った。

(……でも、今じゃないと、ダメだんだ! ……もしも、間に合わなかったら……。外見では明るい笑顔でいるように見えても、独(ひと)りっ切りになると、負(ふ)の意識がブリ返して来て、また飛ぼうとするかも知れない……)

 やはり、読み返して赤面(せきめん)してしまうような感情の儘の恥ずかしい文(ふみ)を、僕は彼女に送る事に決めた!

 そして、送信キーに触れて仕舞(しま)う。

 彼女が立ち直って明るくなるのなら、僕はどう思われようが良くて、『キモイ!』、『ウザい!』、『ストーカーだ!』の辛辣(しんらつ)な返信が来るのも覚悟(かくご)している。

 これで彼女は持ち直すと思うが、僕はまだ登校途中だった。

(完璧(かんぺき)に遅刻だから、ちょっとブラついて、授業は3限目からだなぁ。優(やさ)しい? お袋に学校へ遅刻の電話をしてくれるように頼(たの)まないとなぁ……まずいなぁ……まっ、言い訳が面倒だけど、仕方が無いかぁ)

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 義務教育や高校で未登校でも進級や卒業できる学力が有れば良いのなら、クラスの半分以上が未登校になっても構(かま)わないだろう。

 未登校になって心配するのは成績で、影響(えいきょう)が有るのは素行(そこう)や性格などの個人評価を記した内申書(ないしんしょ)だから、担任(たんにん)先生が記入する評価文など全く影響しない高校や大学を探して受験すれば良いだけの事だ。

 既存(きそん)の型や枠に入れるのが常識ならば、常識から逸脱した場所も必ず有る筈で、実際に在ると聞いている。

 其処を受験して合格すれば良いだろう。

(未登校になっている事自体、先生も、親も、糞(くそ)くらえだ! そんな気概がなくちゃ、この先に救いはないぞ。後の茫漠(ぼうばく)たる長い人生は、何処かで自分自身の生活費を稼ぐようにしないと、親に面倒を見て貰うだけの引き籠(こ)もりになるだけだ。親が亡(な)くなれば衣食住も無くなって、人生も、生きるも、ジ・エンドだわ)

 大体、先生達は未登校をしている以外の個人の素行や性格を、評価できるほど観察して知っているのか疑問(ぎもん)だ。

 学校側に相談したり、言い包(くる)められたりしない親なら、得られる不登校生徒の情報は殆ど無いから、担任先生が記する評価なんてマニュアル通りの適当さで、甚(はなは)だ疑わしい内容になっている事だろうから、逆に評価の資料に値(あたい)しない。

 担任先生は不登校(原因らしい不愉快(ふゆかい)さなど無いのだけど)に真剣に話を聞いて理解をしたかのような態度になるが、それは教師の立場の保身(ほしん)からの装(よそお)う事で有って、心底からの同情ではない。

(でも、それでいい)

 感情移入されて付き纏われても、互(たが)いの人生を無駄(むだ)にして行くだけだろう。

 そもそも校則の意義は行いや身嗜(みだしな)みを正して整える為の規則であって、そうでなかった場合に罰を与える事ではない筈だ。

 守らない言い訳をされたり、守るべき理由を問われたりしたら、それを真摯に答えて屁理屈(へりくつ)を論破(ろんぱ)して納得させなければならない。

 それが出来ないというのならば、その校則に謝(あやま)りが有るか、社会の現状にそぐわない無意味な内容であり、速(すみ)やかに訂正するか、削除すべきだろう。

 未登校生徒は3年間が過ぎればいなくなるが、未登校生徒は毎年発生して担任先生が定年で退職するまで心と身体の苦労は続いて行く。

 担任先生は未登校の生徒が発生する源(みなもと)を探(さぐ)ろうとして、クラス委員に原因調査を推(お)し付けたり、クラス全員から曖昧(あいまい)な目的のアンケートを取ったりするだろうが、そんな事をしても明確にはならず、想像の域(いき)を出ない。

 担任先生は学年主任先生や教頭先生から出席率を上げろと責(せ)めらるし、校長先生からも学力を向上しろと迫(せま)られる。

 それは毎日の如(ごと)く、口汚(くちぎたな)く罵(ののし)られながら体罰を加えられるようなプレッシャーなのかも知れない。

 校長先生や教頭先生などは教育委員会から金銭的減額のような体罰じゃない理不尽(りふじん)な暴力(ぼうりょく)を振るわれるのだろうか?

 教育委員会も文部省から酷(ひど)い仕打ちを受けるのだろうか?

(このような大人都合の構図から、不登校の生徒の発生と増加は、結局、文部省に源が有るのだろうなあ)

 こんな事を考えながら、翌朝のバス停で僕はブレーキを掛けて停車しようとするバスのフロントガラス越しに見える彼女を見続けていた。

 突然、ズボンのポケットの中のスマホが震(ふる)えてメールの着信を知らせた。

 このタイミングで妹か、お袋からの急用かもと、急いでスマホを取り出して画面に表示されている送信相手を見て、たった今、眼の前に停車したバスを見上げて、車窓越しに彼女を見た。

 着信は彼女からだった。

(これはきっと……、昨日送ったメールへの返信だ!)

 バスに乗車して彼女の真横に立った僕の足裏(あしうら)とスマホを持つ手から感覚が無くなり、吊り革に掴まる手に力が入っているかも分からなくなった。

(予想した通りの辛辣な言葉を連ねた永遠(とわ)にサヨナラだったら……、もう彼女の横にはいられない!)

 僕は次のバス停での降車を覚悟して、感覚の無い指先でスマホを開いて彼女からのメールを読んだ。

【REACH OUT I,LL BE THERE……『手を伸ばせ、僕は其処(そこ)にいる』……いいね! 偶然(ぐうぜん)でしょうが、1960年代にヒットしたオールディの曲の歌詞に似(に)てるわね。ノリの良いテンポの速い歌で、私は好きよ。歌詞の意味はね、愛する彼女へ『困(こま)ったら絶対に助けるから頼ってくれ!』っていうの。……ありがとう。私は大丈夫だから】

(私は大丈夫……)

 僕は読み終えると目の焦点(しょうてん)を伸ばして、たった今、このメールを送って来た眼前に座る女の子の頭髪を見て、更に車窓のガラスに映る彼女の顔を見た。

 彼女は微笑(ほほえ)んでいた!

 映る彼女の目が僕の目と合うと、軽く顎(あご)を引いて瞬(まばた)きをしながら顔を正面に向けた。

 もう彼女の背は丸まっていなくて、顔も俯いてはいない。

(どうして彼女を好きなのだろう?)

 24時間前、僕は彼女の俯き気味に丸めた背中を見ながら、これまでに何度も自問自答(じもんじとう)している彼女への心配とは別の自分の想いを考えていた。

 告白して断られても引き下がらずに彼女の近くにいたいと思って付き纏い、今も彼女の真横に立っている。

 目の前の彼女じゃなくて、僕へ想いを寄せてくれた女子を受け入れて御付(おつ)き合いをしていれば、思入れの多い楽しい毎日を過ごせているのではないのだろうか?

 でも、しかし、可愛いや美しいと同じで、好きだと感じるのに理由がいるのだろうか?

 『好き』は、それだけで好きの理由に十分過ぎるだろう。

 他の誰でも無い、ぼくは、この彼女だから好きなんだ!

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 高校生活の半分を終えた今日この頃(ごろ)は弓道部の部長として、公言通りに弓道の礼儀作法や射法(しゃほう)八節(はっせつ)を厳守(げんしゅ)しながら他の伝統からは逸脱(いつだつ)して、命中率向上第一の新たな鍛錬(たんれん)方法を提案して実践(じっせん)している。

 親父の仕事は複雑な形状が増(ふ)えているけれど順調で、部活後に3D図面データを加工プログラムに変換して入力したマシニングセンターや放電加工機を稼働(かどう)させて、親父といっしょに帰宅する僕のアルバイトも大忙(おおいそが)しだ。

 鍛錬で充実(じゅうじつ)した弓道八節、作図も担当し始めて研鑽(けんさん)を積(つ)む金型部品を製作するアルバイト、趣味(しゅみ)の模型作りも創造の深みに嵌(はま)っていて、僕は毎日を楽しんでいる。

 だが、凭れ掛けられたり、凭れ掛かったり、抱き留(と)められたり、抱き締めたり、腕枕(うでまくら)をしたり、膝枕(ひざまくら)をされたり、そんな安らぎを僕は欲しがっていた。

 無行動、無進展のアンニュイさでマンネリとしている彼女との関係を打破(だは)すべく、僕は変化の有るメールを送った。

【ベーコンを生(なま)で食べますか?】

 以前から猫が虫やヤモリを甚振(いたぶ)るような野生さを、彼女が時折(ときお)り現すように思えて、それを唐突(とうとつ)に訊(き)いてみる。

 返信は直ぐに来た。

【食べるよ。『加熱処理 生食可』や『加熱食肉製品』と表示されているのならね。で、これ何か意味が有んの?】

 意味といったら、いっしょに肉料理が食べられるって事で、食生活に違いが無いっていうのは、とても大事な事だと思う。

【豚肉の加工品なら『生ハム』や『そのまま食べられるウインナーソーセージ』も同じでしょう。】

(これで決まりだ! 彼女は肉が好きで、いっしょにアウトドアでのバーベキューは楽しいだろうなぁ)

 また一つ、外見からでは分からない彼女を知って嬉(うれ)しい思ったら、焼いたベーコンが食べたくなって来た。

 中学3年生の時の秋の夕暮れで、川面(かわも)を渡る風に靡(なび)く葦原(あしはら)の小径(しょうけい)を一人歩いていたのを思い出していた。

 風は懐(なつ)かしさを嗅(かぐ)ぐわす好きな匂(にお)いで、高いところに幾(いく)つも巻(ま)いた白い筋雲(すじぐも)が、赤みを帯(お)びる青い空に映えて美しく、僕は薄暗くなるまで見上げていた。

 あの時もベーコンを食べたくなって急いで帰っていたが、赤く染(そ)まって行く世界と細い白筋がベーコンを連想させていたのだろうか?。

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 小学6年生の春に声を掛けて彼女を見知ってはいたが、中学2年生で同じクラスになって強く意識するまで僕は彼女を見失っていた。

 再び意識して恋心を抱いてからは彼女を騙(だま)したり、彼女に告白して袖(そで)にされたり、有り得ない出逢(であ)いに随分(ずいぶん)と大胆(だいたん)な行動をしたりして彼女を感動させてはいたが、親密にはなれていなくて、そのジレンマから騙し討(う)ちのキスをしていた。

 唇へのキスを寝(ね)ていた彼女が気付いて怒(いか)り心頭(しんとう)になっていたのか定(さだ)かではないが、未(いま)だに好意的な態度を見せたり、擽(くすぐ)ったくなるような言葉を言ってくれたり、読ませてくれたりしていないのは、名無しの告白メールとされたと察した不意打(ふいう)ちのキスの所為(せい)なのだろうか?

 しかし、シャイな彼女は内に秘(ひ)めた僕への愛に戸惑(とまど)っているだけかも知れず、ほんの少し僕が恋人的な大胆さでスキンシップを迫れば、一気に彼女の心は開かれて自然体で手を繋(つな)いで歩くみたいな嬉しい進展になるかも知れない……。

 だが、既に親密に付き合っているような態度を僕がとれば、きっと彼女は僕の期待する対応を見せずに、冷(さ)めた声で『なに触ってんのよ! 触らないでよ!』と、僕の手を掃(はら)いながら鼓膜(こまく)を貫(つらぬ)いて来るだろう。

 更に『なんで、あんたなんかと!』と突き放すように低い声で言い、『キモイ! 馴(な)れ馴れしくしないで!』の僕を蒼褪(あおざ)めさせる言葉が続き、『あんたなんか、私、好きになれないから!』、絶望(ぜつぼう)で冷汗(ひやあせ)が噴(ふ)き出す僕を突き飛ばす言葉を放ち、『好きじゃないし!』、『私に付き纏わないでよ! もう私の近くに来ないでよ!』って、耳打ちするように響(ひび)かせて来るだろう。

 そんな辛辣な言葉を聞かす彼女の冷めた表情を思い描(えが)くだけで、僕は寒気(さむけ)がする気持ち悪さに身震(みぶる)いしてしまう。


 つづく

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桜の匂い 第2章 想いのままに 男子編(高校1年生~高校3年生) 遥乃陽 はるかのあきら @shannon-wakky

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