第二十五話 星は星を知らない

 さき。それは、町田百合の数少ない友人、遠野咲希のアイドル名である。

 名称のひらがな二文字で可愛さを全力アピールしているつもりの彼女は、2メートルにすら迫らん程の成長を見せる物理的大型新人。

 彼女はアイドルって何だっけ、という程凄まじい身体能力を見せる最強の四天王、二番の後継とすら噂された。

 そう、咲希はこれまで一人だけだった所謂クマを猫パンチで仕留める系アイドルとして、明後日の方向の期待を受け出したばかりである。

 事務所と本人は予想以上に人気が取れていることに、にんまりしていたがこれには、正統派アイドルとして彼女を育ててきた恩師与田瑠璃花は頭が痛いことだろう。

 とはいえ、彼女は並のでかぶつ達とはモノと鍛えっぷりが違った。


「かきーん」


 金属バットでとはいえ一振りでドーム看板直撃の一撃。

 最近のパワー系アイドルは飛距離が違うぞと、世の中に見せつけた咲希。

 彼女は最初にアイドル甲子園という野球バラエティ番組で沈黙の四番打者として唐突に紹介されてから、次はアイドルリーグにて黙殺のゴールキーパーとして活躍し喝采を受けた。


「……ボールって脆いね」


 そして、最終的に叩き割ってしまったサッカーボールにそんな感想を呈する。

 以降、様々な運動系やバラエティー番組からオファーが殺到したのは言うまでもない。


 もっともこれは二番が海外で活躍中なための彼女のバーターに近い扱いではある。だが、咲希はそれを良しとしていた。

 明らかなバラドル路線であろうが、そもそも最近百合の歌を聴いてからこれで真っ当に対抗するのは無理と気付いている咲希には、下手な方法でも人気を得て同じ期待の新人として番組にて百合と一緒することを目標として励む。


「らららー♪」


「ふむ……」


 そして、そのビックサイズの目立つ容貌に反して、実力が確かなところが知られるようになっては、音楽番組だって無視できない。

 勿論、全世界が期待している日田百合に比べれば陰る。だがそれでも、むしろ並べたらあの子小っちゃいし二人凸凹目立っていいのではと、新人同士を容れる番組が出た。

 まあ、それは彼女らが同じエムワイトレーニングセンターにて切磋琢磨していたライバルという情報もあったからだろう。

 これはバチバチな展開が広がるかもしれないと、あえて知らせずびっくり企画の一環として会わせてみた百合と咲希は。


「百合……!」

「咲希じゃねぇですかぁ。随分と久しぶりでぇ……ぷぇっ」

「ぎゅー……」

「咲希、抱きつくのを止めるですよぉ。百合のど、どす黒な中身が出ちゃうですぅ!」

「大丈夫。きっと百合の中身はクリーミー」

「いや、舌触りか何かの話されても困るというかぁ……こ、このまま強力に締めつけられ続けたら百合、チョココロネみたいに朝食口からリバースですぅ……うっぷ」

「わ、こんなところで催すなんて、百合ばっちい」


 むしろゲロゲロ一歩手前の抱きつき濃厚接触を果たしていた。

 食事どころか魂のようなものをすら吐き出しかねない強圧に音を上げる百合のギブアップに、何を思ったか咲希は眉根を寄せて彼女を開放する。

 味付け海苔と一杯のご飯という省エネ朝飯の成れの果てをカメラに披露することさえなかったが、それでも辱めにあったものと理解した百合は怒髪天。

 自分が言われたら嫌な言葉をすら用いて、でもなんだかんだいい子ちゃんな百合は軽めの罵倒をするのだった。


「ぐえー……ど、どっちがばっちいですかぁ! 好きでもない相手に抱きつくとか、咲希えっちですぅ!」

「ううん。私はえっちじゃなくて、むしろ百合が好き」

「なんですとぅ?!」

「ラブミー」

「無表情で愛を強請るもんじゃ……くっ、なんでかコイツ発情してやがるですぅ! カメラさん達ぃ、なんとか咲希抑えないと、あーるじゅうはちな感じになってこの番組放送出来なくなるですよぉっ!」


 そして、再会はしっちゃかめっちゃかな企画倒れと共に終わるのだった。

 百合の操がやばいですぅ、と顔を赤くした咲希から逃げる百合の放送事故寸前のギリギリ姿は、流石にお茶の間に届ける訳にも行かず、どっきりの全てがお蔵入り。

 ただ、何だかんだ二人の仲は悪くないというのはこれで解り、翌日からの歌唱収録等は滞りなく終わった。



「うぅ……ありがとう……」


 いやむしろ、上手に行き過ぎたのだろう。

 最後にスタジオの観客達の前で歌った咲希は百合と一緒にアイドルをやれている現実に瞳を湿潤させる。

 それは誰に向けての感謝か。そして、ぽたりと落ちた涙は見上げる少女の頬を湿らせるのだった。

 でも冷たいそんなの認めず、笑顔を持って終わらせようと百合は咲希へ注意を送る。カーテンコールの前に、彼女らのやり取りはユーモアを帯びて、視聴者にまで届けられた。


「こら、みさきぃ。いけないですよぅ! アイドルはお客さんに涙じゃなくてもっと愛想を振りまくもんですぅ!」

「ん……百合もあんまり愛想ないよ? あと身長も」

「百合はデレねぇのがウリだからいいのですぅ! それに身長に関しては、あんたが有りすぎなのですよぉ」

「……それどころか体重もない。これじゃあそこらの赤ちゃんと変わらないかも」

「わ、脇に手を入れて持ち上げるなですぅ! そりゃみさきのパワーなら私も赤子同然なのでしょーけどぉ……って、このたっぱからの高い高いはヤバいですぅ!」

「ぽーん」

「あいきゃんとふらいですぅー!」


 高い高い。そして、百合は空を往った。

 音がよく響く造りの高い天井のスタジオであったために、頭を天井に埋めることさえなかったのだがその滞空時間は事故を思わすに十分なくらい。

 難なく受け止めた咲希の物理的剛腕と、くたくたになった百合の次の一言さえなければ、きっとお茶の間は凍ってしまっただろう。


「酷い目にあったですぅ……」


 後にドロワーズ履いてなければアイドルとして即死だったですぅ、と述べた彼女だったが、実際一連の愉快な様はこれまで知らずに積んできていた小悪魔系アイドルとしてのイメージを殺すには十分なもの。

 百合が、あ、この子ヘタレだわ、だのツッコミの癖して突っ込みどころだらけのポンコツだの、この耐久力、実はギャグ漫画出身だったのか、とか言われ始めたのはこの放送が流れた頃からである。



 だが放送の少し前。収録後の百合は何時か視聴者等に、ポンコツンデレとその精神をまるっと知られることも知らず、咲希と二人して事故無く全てを終えたことで良しとした。


「はぁ……咲希。そろそろ百合抱えてないで降ろすですぅ。もう怒ってねぇですからぁ」

「うん」


 ぷんぷんは直ぐ終い。そしてカメラから離れた後に高みから降ろされ、無事地面に足付いたことにほっとする百合の真上に、弱々しく声が響く。

 素直に、咲希は震えながら呟いていた。


「緊張した……」

「むぅ……百合は慣れてるからへーきですがぁ……何でも緊張のせいにしたらだめですよぉ」

「ごめん」

「分かったなら許すですがぁ……まったく、地獄力貯まるですぅ……」


 百合は、どうにも以前の悪口ばかり投げつけて来ていた咲希の、好意をぶつけてくるその正反対な有り様に今更ながら少し居心地悪そうにする。

 素直であるのが不気味で、でも自分なんかを好きになってくれるのは嬉しくはあった。

 だから大柄な小心者に、小さな末期の海は微笑んでこう伝える。


「でも百合は、またこうして咲希と一緒出来てよかったですぅ」

「うん……」


 今更、ひねくれ者の友達が自分を曲げてまで愛そうとしてくれることに、不信はない。

 いや、元々百合という少女には自分なんかが傷つけられてもそれで良いとする心根がベースにあった。


「キャラ変わろうと、咲希はつえー咲希のままでしたしぃっ」

「……そう」


 平等に向ける笑顔。それが泣けない彼女の精一杯の心情表現。

 それが地獄のように無様と、彼女は暗に思っていた。


 誰がどうあろうとも認める。認められないのは地獄を秘めた己一つ。

 むしろ地獄すら愛とともに見つめ続ける彼女は、アイアムアイを愛せない。

 故にこそ、アイドルを目指して変わろうと、どこまで美化しようとも良化しようとも進化を急ぎ続けているのかもしれないが、それはつまり。


「――星は星を知らない」

「んぅ? どういうことですぅ?」

「そういうとこ」

「むぅ……よく分かんねぇですぅ……」


 白痴ぶる、本当は賢しい町田百合。

 だから彼女は、きっと自らに理解らないように鏡にそっぽを向いていた。

 白雪姫などそこにはないと、瞳にヴェール。そんな有り様、あまりに他所向けの彼女の今の姿ぴったりで、アイドル的。


「ま。でも、頑張るですよぉ!」


 えいえいおーは、小さくでも精一杯に。

 その昏い炎にとって、全ては薪。己の価値すら地獄にて燃さなければきっと少女は。




「ああ――――そうじゃないと燃え尽きちゃうんだ」


 言い、いつの間にか二人出ていた通路にて、横から現れたのは見知らぬ大人の姿。

 そう、鈴すら敵わぬ高音を響かる自作のあまりにダサいシャツを着込んだ長髪艶やかな彼女こそ。


「貴女は、確かに彼女とは違うね」


 ココロミチル、試み散る。そんな意味を芸の際の名前に隠した彼女は、アイドル四天王。

 思わぬ大物の登場に、二人は目を丸くした。


「貴女は……」

「わわっ、ホンモノのココロミチルですぅ!」


 敵愾心の横でサイン欲しーですぅ、と目を輝かせるミーハーさん。

 大小揃って大違いな彼女らの前でココロミチルは苦笑い。これは予想外だなと思いながら、負けを認めている心強かった女性は。


「負けないでね」


 自分を負かした、でも永遠に夢に勝てないのかもしれない少女に対して、そう心よりのエールを送るのだった。

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