第3章 第10話

「『くっ……! ここまで、か……』


もう満身創痍で立っているのもやっとの状態だ。

ここから戦うなんて……さらに勝つなんて天地がひっくり返っても無理だ。


『やれやれこの程度ですか? 猛将とうたわれているからどれほどの猛者かと思えば……正直なところ期待外れもいいとこです』


それに対して今目の前に立っているコイツは傷一つ負っていない。


(……それに恐らく、コイツはまだ本気を出していない……!)


圧倒的な実力差を見せつけられる。

しかしそれでも挫けるわけにはいかない。

故郷の家族の為にも、共に戦って散っていった仲間たちの為にも……!


(……そして、アイツの為にも……!)


何とか気力を振り絞ろうとするが、体が追い付いてくれない。

立ち上がろうとするが足に力が入らず、前のめりに倒れてしまう。


『……ふん、どうやら本当におしまいのようですね。せめてもの情けです。苦しまずにお仲間の元に送って差し上げますよ』


そう言って目の前の奴は手をくちばしのような形にして、一直線に突いてきた。

あれだ。あの貫手に仲間たちは体を貫かれてしまった。

受ければ自分も体を貫かれる。しかし回避は間に合わない……!


(…………無念!)


目を閉じ、覚悟を決める。


(…………?)


しかし、いつまで経っても体を貫かれる感覚も痛みもやってこない。

恐る恐る目を開く。

その視界に、正に今自分の顔面を貫こうとしている奴の手が映った。

しかしその手首を掴んで止めている別の手も視界に入ってきた。


『おいおい面白そうなことやってんじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ』


そう言って奴の手首を掴んでいるのは……!


『き、きのこ……!』

『よーぅたけのこ。お前ともあろう奴がこんな奴にてこずってんのか? 訓練サボってなまってんじゃねぇか?』

『な、なぜ……助けて……』

『おっと勘違いすんなよ? 助けたわけじゃねぇ。お前を倒すのはこの俺だ。他の奴なんかにやらせるかよ』

『きのこ……』

『何をゴチャゴチャと言っているんです? お仲間が1人増えたくらいで……』

『仲間じゃねぇよ……仲間なんて安い言葉で片付けられるような間柄じゃないんでね』

『ふっ……面白い。そこの瀕死のボロぞうきんを始末してからあなたも後を追わせてあげましょう!』

『そうはいかねぇ。アイツを倒したいなら俺を倒してからにしな』

『そんなに死にたいのですか? ならばお望みどおりに!!』


そう言って手首を掴んでいる手を振りほどき再び貫手を放とうとするが……


『悪いがそれのタネは割れてんだ。指先に全ての力を集中して放つ貫手。それゆえ先端の破壊力と貫通力は凄まじいが……』


そう言って手刀で叩き落とし、軌道を逸らす。


『この通り、先端以外はスッカスカだ』

『なっ!?』

『ほらいつまで寝てんだたけのこ、さっさと起きろ。そしてこんな奴とっとと片付けるぞ』

『…………は、はは……まさか、お前と肩を並べて戦う日が来るとはな……!』


体は満身創痍。もう立っているのもやっとの状態。

そのはずなのに……何故だろう、この声を聞くだけで体の奥底から力が湧いてくる……!


『……行けるな、相棒』

『……ああ、いつでも!』

『くっ……! 良いでしょう、2人纏めてあの世に送って差し上げます!』


普段はいがみ合う2人。しかし今、共通の敵を前に最強のタッグを組むのであった! ……ここまでが今の時点で書けているお話ですわ」

「素晴らしい! 素晴らしいですぞ白峰殿! 自分、さっきから鳥肌がおさまりませんぞぉ!!」


原稿用紙を纏める白峰さんに拍手と共に惜しみない賛辞を贈る黒沢さん。


「……俺は朝から一体何を聞かされてんだろうな……」


その様子を修也は自分の席から呆れた表情で眺めるのであった。


「いやー堪能させていただきましたぞ。ライバル同士が共通の敵を前に力を合わせて戦う……少年漫画の王道ではありますが、王道ゆえに至高! いつ見ても堪りませんなぁ!!」

「うふふふ、黒沢さんの小説に創作意欲を掻き立てられてつい書き綴ってしまいましたわ」


朝からきゃいきゃいとはしゃぐ2人。

いつものことなので周りの生徒も気にする様子を見せない。


「……ホントあの2人はいつでも楽しそうだよなぁ。ある意味羨ましい」


結局まだ華穂の身を守ることについて具体的な方針が決められていない修也はため息を吐く。


「それにしてもいつになっても良いものというものは色褪せませんなぁ。『お前を倒すのはこの俺だ』とか『あいつを倒したいなら俺を倒してからにしろ』とかは名言オブ名言ですぞ」

「流石黒沢さん、分かってらっしゃる。そこは何としてでも盛り込みたかった要素ですのよ」


そんな修也の心情など露知らず、白峰さんと黒沢さんは先程の小説の内容で盛り上がる。


(…………ん?)


と、その時修也の脳裏にアイデアが浮かんだ。


(……あっ! そうか、その手があった!!)


パズルのピースがバッチリはまった感覚。

修也は思わず手を叩き叫びそうになった。


(よし、方針は決まった! ありがとう2人とも!)


頭の中がすっきりした修也は声にこそ出さないが2人に礼を言う。


「そして共通の敵を協力して倒すことで2人は無意識のうちに心の底に仕舞っていた、友情を超えた愛情に気づくのですわ!」

「そこから濃密なきのことたけのこの絡みシーンが続くのですな!」

「ええ! 400字詰めの原稿用紙5枚分ほどに渡って!!」

「ドゥフ……ドゥフフフフフ……!」

「うふふ……うふふふふ……!」


その2人は何やら妄想の世界に浸って気味の悪い笑い声をあげていた。

やっぱりいつものことなので周りの生徒は全く気にする様子を見せない。


「あの2人も相変わらずだねぇ」

「うん、今日もいつも通り平和だ」


と言うか、どこからかそんな声すらあがる始末だ。


(…………俺の感謝返してくれないかなぁ……)


そう言えばこの2人はこういうキャラだった。

そのことを思い出した修也は呆れかえるのであった。



(……さて、これで午前の授業は終わりだね)


4限の授業終了のチャイムが教室に鳴り響く。

教師が教室を後にしたのを見て、華穂は教科書と筆記用具を机の中にしまった。


「姫本さーん、一緒にお昼食べない?」


華穂にも一緒に昼食を食べるような友達は何人かいる。

華穂の立場を考えると敬遠されそうなものではあるが、気にせず付き合ってくれる人がいるというのは華穂の人柄がなせる業だろうか。


「あ、うん。ちょっと待ってね」


机の上を片付けて持参の弁当を取り出す華穂。


「邪魔だ、どけ下級庶民」

「きゃっ!?」


と、そこに割り込む人影が現れた。

華穂を昼食に誘った女子生徒は突き飛ばされてよろめく。


「ちょっと! 何するのよ!」


突き飛ばされた女子生徒は抗議するが……


「お前が僕の進路にいるのが悪いんだろう? 突き飛ばされるのが嫌なら僕の前に立つな」

「なっ……!」


自分勝手な言い分を押し通され絶句する。


「……何言ってるんですか。今のはどう考えてもあなたが悪いです。彼女に謝ってください、猪瀬さん」


華穂は無機質な表情と冷たい口調で割り込んできた人影、猪瀬に告げる。


「謝る? 何故僕が? 謝るとしたら僕の進路に立っていたそこの下級庶民でしょう?」


本気で分からないという表情でそう言う猪瀬。


「……本気で言ってるんですか? だとしたら私はあなたを心底軽蔑します」


華穂は不快感を隠そうともせず呟く。


「……やれやれ、華穂さんもまだまだこの世の道理という物を理解していないようですね。籍を入れた暁にはまずそのあたりの教育が必要なようですね」

「ご心配なく。そのような日は絶対に来ませんので」


絶対零度とも言えそうな華穂の視線を受けても猪瀬は全く動じない。


「……まぁ良いでしょう、その話はまたいずれ。今日は別の用事があって来たのです」

「私はあなたに用事なんてありませんが」

「最高級のランチを用意しています。華穂さん、あなたをそこにご招待いたします」


華穂の言葉を聞いていないのか、聞いててスルーしているのか、自分の用件だけを一方的に告げる猪瀬。


「お断りします。あなたと食事の席につくつもりはありません」

「華穂さん、あなたは付き合う人間や口にする物も上級でなければならない。それが上級国民としての責務です」

「そんなもの自分で決めます。あなたと付き合う位なら、あなたの言う下級庶民でも私は全く困りません」

「あなたの意思は関係無い。僕が困るんです。あなたに上級国民の意識を持っていただかなければ後々恥をかくのは僕なんですから」


これだけ冷たく突き放しても猪瀬は聞く耳を持たない。

どうしたらこの場から逃げ出すことができるか華穂が頭を悩ませ始めた時、華穂のスマホが通知を知らせた。


「!」


その通知の画面を見た瞬間、華穂の表情が明るく輝いた。


「華穂さん、僕が話しているのにスマホを見るのは感心しな…」

「すみません猪瀬さん、先約が入りましたので失礼します」


そう言って華穂は猪瀬の言葉を遮り勢いよく席を立つ。


「ゴメンね、一緒にご飯食べるのはまた明日以降で良いかな?」


そして華穂は先程猪瀬に突き飛ばされた女子生徒に申し訳なさそうな顔をして尋ねる。


「良いよ良いよ、こっちのことは気にせず行ってきなー」

「ありがと!」


女子生徒は別に気分を害した様子も見せず、快く華穂を送り出す。

女子生徒にお礼を言い、華穂は教室を出ようとする。


「待ちなさい華穂さん! そんなどうでも良い用事なんて切り捨てれば良いでしょう! あなたも上級国民なら……」


その華穂を引き留めようとして背中に向けて強く声をかける猪瀬。


「ええ、だからどうでも良い用事を切り捨てるんですよ。私にとってあなたとの食事以上にどうでも良い用事なんて無いので」


それを無機質な表情でバッサリと斬り捨てる華穂。


「なっ……! 先程も言ったでしょう、最高級のランチを用意していると……!」

「私にとって、食事は如何に高級かよりもどれだけ楽しく食べられるかの方が大事なんです」

「僕との食事は楽しくないと!?」

「さっきからそう言っているではないですか。それでは失礼します」


そう言って今度こそ華穂は教室を後にした。

教室に残ったのは猪瀬と様子を見ていた他の生徒たちだけだ。

呆然とした表情で取り残された猪瀬の周りからクスクスと笑い声がしだした。


「うーわ、バッサリ振られてやんの」

「というかあれだけ冷たくあしらわれて自分が嫌われてるって気付かないの?」

「ほらアレだろ、上級国民(笑)はそんなの気にならないんだよ」

「にしても『先約が入った』って……先約は入るものじゃなくて元からあるものだろうに、どれだけ嫌だったんだろうね姫本さん」

「でも気持ち分かるわー。もし私が誘われたら飼ってたペットの十三回忌だからって断るかも。ペット飼ってたこと無いけど」

「俺は見たいテレビ番組があるからって断るかなぁ。そういうのは録画してるけど」

「くっ……! 黙れ、下級庶民がっ!」

「うわぁ、まだ言うんだ。下級とか上級とか、くっだらないのにねー」

「ねー」


ヒソヒソと囁かれる揶揄にブルブルと握りしめた拳を震わせ顔を真っ赤にして怒る猪瀬。

しかし喚く以外どうすることもできず、しかもそれで周りの揶揄が収まることもない。

結局その場の空気に耐えられず、猪瀬は顔を真っ赤にさせたまま肩をいからせて教室を後にするのであった。



「……あっ、いたいた! ありがとう土神くん、お昼に誘ってくれて!」


屋上にやってきて修也の姿を見つけると同時に笑顔で礼を言う華穂。


「悪いな急に。他に約束とか入ってなかったか?」

「ううん、大丈夫。むしろ助かっちゃったよ」

「助かった?」

「うん。猪瀬さんにお昼に無理やり連れ出されそうになってね……」

「あー……」


事情を察した修也は納得顔で相槌を打つ。


「最高級のランチを用意したとか言ってたけど、学食や購買で最高級とか何言ってんのって感じなんだよね」

「別で用意してたとかかねぇ? 教室にシェフ呼んで机に白いシート敷いて……」

「うわぁ凄いテンプレ的お坊ちゃんって感じだねぇ」

「俺ならそんな金があるならその金で安くても良いから量を食いてぇ」

「ふふっ、男の子だねぇ」

「男子高校生の食欲舐めんな。……まぁあいつには劣るけど」


以前戒が3種の大盛り丼に加えて特盛の白米を食べていたことを思い出し、遠い目をする修也。


「あいつ?」

「俺のクラスにいるんだよ、アホみたいに食う奴が」

「……何度も言うようだけど、ホンットに土神くんのクラスって個性的だよね」

「そう言うと聞こえは良いな……実際の所は変人の集団な気がしてきたけど」

「没個性よりは良いと思うよ?」

「そうは言うがな、今日だって……」

「あ、ちょっと待って!!」


修也が話そうとしたところで華穂が待ったをかける。

そして顔を揉み解し、何度も深呼吸をする。


「……何やってんの先輩?」

「ちょっと顔の準備体操と心の準備を」

「何故に……」

「だって土神くんのクラスって面白すぎるんだもん。笑いすぎて顔の筋肉がつらないようにしないと」

「そこまで?」

「……よしっ準備万端! いつでも良いよ。さあ来い、土神くん!!」


準備を終え、気合たっぷりで待ち構える華穂。


「んじゃまぁ、今朝のことだけど……」


そう前置きして白峰さんと黒沢さんのやり取りを話す修也。

その結果……


「………………っ!! ………………っ!!」


華穂が声にならない笑い声をあげてうずくまってしまった。

しっかり身構えていたがあまり意味は無かったようだ。


「あのー……先輩?」

「だ、ダメ……面白すぎる……! 何できのことたけのこでそこまで話が大きくなるの? 何でそんな胸熱な展開になるの? その発想力はどこから来るの!?」

「発想と言うか、ただの妄想だろ」

「一度で良いから土神くんのクラスの授業を受けてみたくなっちゃったよ。生でそんなやり取り見てみたいなぁ」

「やめといた方が良いと思うぞ? 朝のホームルームで腹筋崩壊しかねない」

「あぁー……それもそうだね、残念。腹筋を鍛えるところから始めないと」

「いや、そうじゃない。そうじゃないって、先輩」


案外華穂も馴染めるんじゃないか?

そんな思いが修也の脳裏をよぎるのであった。

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