第7話・手がかり2

 再び雫師の店を訪れた満島は、鼻息を荒くし身を乗り出していた。


「さらわれたんです、私。突然腕を掴まれたと思ったら、目の前が真っ暗になっちゃったんです!」


 事件当時のことを思いだしたという彼女を連れて、陽太も鏡夜とミサのもとを訪れていた。彼女の隣で話を聞きながら、ミサの淹れたコーヒーに手をつける。直立不動のミサの横に座る鏡夜が、満島の話に興味深そうにうなずいた。


「さらわれた、ですか……怖いですね。真っ暗になった、というのは、目を塞がれたんでしょうか。それとも、意識を奪われた?」

「うーん、意識はうっすらありました。だから、目を塞がれたのかな? と思います。なんというか、すっごく眠いときの、夢と現実を行ったり来たりしてるような、曖昧な感じがありました」


 鏡夜の質問に答える満島の態度はしっかりしている。先日のおどおどした様子は微塵もない。陽太のよく知る満島はこういう女性だった。記憶を取り戻したおかげだろうか。鏡夜の雫の魔法というのはきちんと効いたようだ。


「そのあと何がありました?」

「特に、何も。殴られるとか、物を盗まれるとか、そういうのはなかったです。ただ、誰かが話している声が小さく聞こえてました。なんて言っていたかまでは、わからなかったんですけど……たぶん、どっちも男の人の声でした」


 なるほど、と鏡夜が言う。だいぶ印象の変わった満島に驚くこともなく、彼は淡々と話を聞いていた。伏せられた目に睫毛が長い影をつくる。


「思いだしたのはこれくらいです。意識がはっきりしたと思ったら、私は表通りのお店の前に立っていて。ぽかんとしてたら警察の人が来て、慌てて私に声をかけてきて――あとは、ニュースであったとおりです」


 お代、本当にこれでいいんですか? と、満島が小首を傾けた。鏡夜が人を安心させるような柔らかい微笑でこたえる。


「もちろん。そういう約束でしたから。ご協力ありがとうございました、満島さん。怖い思いをしたのに、話してくださって感謝します」

「いえいえ! 元々私から言いだしたんですし。こちらこそありがとうございます。事件がまだ解決してないのは不安ですけど、結局何もされてなかったってわかったし。おかげで胸のもやもやがちょっとスッキリしました!」


 満島が晴れやかな表情で言う。本当に少し前とは別人だ。陽太の口元が満島の笑顔につられて緩む。軽く雑談したあと、彼女は笑顔で手を振って店をあとにした。


「……それで。今の話で、何かつかめたのか?」


 満島を見送ったあと、陽太はコーヒーを飲む鏡夜に目を向ける。午後の柔らかな日差しを浴びてソファに腰掛ける姿をみて、絵になる男だ、と思うと同時に少し苛ついた。

 鏡夜が優雅に口を開く。


「そうだね。大きな収穫としては、犯人は複数いるってことだ」

「確かに。誰かが話をしていたと言っていたな」

「うん。それと、どちらも男だった」


 そう返す鏡夜に、陽太は腕を組んで唸る。


「だが、逆に言えばそれだけだ。犯人は男で、複数人。これだけでは情報が足りなすぎる」

「それだけじゃないでしょう」


 鏡夜がカップを置いて話す。空になったコーヒーカップを人数分、ミサが静かに回収した。


「犯人は彼女に暴力をふるうことも、物を盗ることもしなかった。それ以外に彼女をさらう目的があったってことだ」

「暴行や窃盗以外の目的? なんだ、それは」

「例えば――誰かを探している、とか」

「探す?」


 聞き返す陽太に、鏡夜がゆっくりとうなずく。彼は顎に手をやり、考え込むような仕草をみせた。


「推測でしかないけどね。体や金銭が目当てでないのなら、そういうこともあるかもしれない。男たちは満島さんをさらって、確かめたんじゃないのかな。自分たちが探している人物かどうか。そして、違うとわかって記憶を奪い、逃がした」

「……男たちは、満島に似た女性を探していた?」


 と、突然陽太のポケットから着信音が響いた。

 電話だ。明星から。鏡夜を見ると、出ろ、と目で告げられる。鏡夜たちに背を向けて、陽太は応答のマークをタップした。


「もしもし」

『あ、陽太くん? オレだけど。今大丈夫?』

「問題ない。どうかしたのか」


 明星の声の後ろで、がやがやと人が話す声がする。車が通る音なども聞こえるから、外からかけているらしい。


『個人的に気になってさ。例の元同級生に教えてもらって、被害者の女の人たち見て回ってたんだよ。さすがに話までは聞けなかったんだけど』


 そこまで気にかけてくれていたのか。陽太は頭が下がる思いで通話を続ける。


「助かる。それで、何かわかったのか?」

『うん。被害者の女性だけど――髪の長さも、身長も体格も、顔の感じも、全員似たような人たちなんだよ。背格好がまるで同じって、これ結構重要な手がかりじゃない?』


 陽太はハッとした。驚いた気持ちのまま鏡夜を振り返る。


 例えば――誰かを探している、とか


 鏡夜の推測が現実味を帯びてきたことに、心臓の鼓動が速くなった。


     *


「これで人探し説が濃厚になったね」


 電話の内容を告げると、鏡夜はそう言って足を組んだ。その横でミサが同意するようにこくりとうなずく。陽太は向かいの席に座り直すと、スマートフォンをしまって返事をした。


「犯人の目的は未だ謎だが、とりあえずはな」

「じゅうぶんだよ。君のお友だちにはお礼を言わないと」


 そうだな、と言いながら心の中で再び感謝の言葉を述べる。何かと気遣ってくれる友人のありがたみをかみしめつつ、陽太は次の話題へ移った。


「俺はまず、明星が教えてくれた現場を調査してみようと思う」

「現場を? 警察が調べつくしたあとだろうと思うけど」

「何か見落としがあるかもしれない。あんたの言う魔法の痕跡とやらが残っている可能性もある」

「それは君じゃわからないでしょう」


 図星を突かれて言葉に詰まる。鏡夜は控えめに笑ってみせながらミサのほうを向いた。


「ミサ。君が一緒に行ってあげなさい」

「了解しました」

「……は?」


 陽太が驚いてミサを見る。彼女はいつもと変わらず無表情のまま、視線を陽太のほうへ向けた。ひんやりとした黒い目に陽太が映る。


「彼女を? 危険じゃないのか」

「逆だよ。君を危険から守るためについていってもらうんだ。それに、彼女なら君に見えない魔法の痕跡もわかるからね」


 鏡夜は組んでいた足を戻すと、そのまま立ち上がって奥の部屋へ行く。


「僕は他に仕事があるから一緒に行けない。二人で現場を見て、何かあったら報告して」


 鏡夜が奥に引っ込むと、あとには戸惑う陽太と変わらぬ表情のミサが残された。

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