偶然の活用

「すぅぅ……はぁぁ…………ああ、空気が美味い……っ」


 四日ぶりに見た空は、抜けるような快晴……ではなく、生憎の曇天。おまけに正面にはでかい城があるし、見回した周囲には高い壁がある。お世辞にも開放的と言えるような場所ではないが、それでも地下の牢獄と比べれば雲泥の差だ。


 故に俺は、大きく息を吸ったり吐いたりして新鮮な空気を堪能する。が、勿論今するべき最優先はそれじゃない。


(さて、何とか外には出られたわけだが……)


 俺が大げさな態度をしてまで一人になろうとしたのは、昨夜のロッテさんからの通信で、クリスエイドの方針が変わったらしいと聞かされたからだ。


 それによると、今までは「可能な限り穏便に帝位を引き継ぎ、正当な手段で扉を開ける」という方針だったらしいのだが、昨日突然それが「多少強引な手段を使っても扉を開けることを優先する」に変わったという。


 となると、俺が「歯車の鍵」を使って扉を開けるのはもはや既定路線。それがどうしても避けられないため、ならば扉を開けた後に時間が稼げるような魔導具を、どうにかして俺に渡すことを計画しているという話だったのだ。


 勿論、本来なら運ばれてくる食事に混ぜ込むとか、交換した用足し用の壺に忍ばせるとか、そういう気づかれない手段でこっそり俺に渡してくれるつもりだったのだろう。


 だが今日……というかさっき、クリスエイドは俺のところにやってきた。用もないのに俺の顔を見に来るわけがねーし、そもそも「仕事を頼む」と言っていたのだから、早速俺に扉を開けさせたいのだろう。


 となれば、その魔導具を受け取るタイミングは今しかない。なので割と強引な手段を使ってこうして一人になってるわけだが……


(さあ、どうだ? 来るのか?)


 元々あの通信は俺が聞くだけの一方通行だったし、そもそもこんな突然の行動を、ロッテさんが事前に予見するのは不可能。なら俺が今ここにいることは知られていないのが当然。


 だがそれでも、万が一俺の行動を監視していて、このタイミングを拾ってくれるなら……そんな淡い期待を込めて、俺は何度も大きく体を動かし、深呼吸を繰り返す。


「……………………」


「い、いや、もうちょっと! もうちょっとだけ頼みますよ! あと五回……いや、三回だけでも!」


 そんな俺を、緑色の騎士がジッと見つめてくる。数回ならまだしも、何十回も深呼吸をするのは流石に不自然が過ぎるのだろう。


(やっぱ駄目なのか? まあそんなに上手くは…………っ!?)


 俺が内心で諦めかけたその時、少し離れたところにあった植え込みがわずかに揺れ、カサリと小さな音がした。すると騎士は腰に佩いた剣を引き抜き、即座に植え込みに向かって振り下ろした。


「うおっ!?」


 誰何すらないいきなりの行動に、俺は思わず声をあげてしまう。だがそっちの驚きは半分。もう半分は、それと同時に俺の手の中に小さく硬い感触が生まれたことだ。


 こんな見通しのいい場所で、いつどうやって俺の背後に近づいたのか? 握らされたのは何で、どう使えばいいのか? 何一つわからないことばかりだが、それでも俺は手の中のものを素早くズボンのポケットに突っ込む。


(よし、成功……だよな? ならさっさと立ち去った方がいいだろ)


「いやー、騎士さんがいきなり剣を抜いたりしたから、びっくりしちゃいましたよ! もう十分に新鮮な空気は堪能しましたから、そろそろ戻りましょうか」


「……………………」


「あ、あれ? 騎士さん?」


 ヘラヘラと媚びへつらうような笑みを浮かべて言う俺に、緑の騎士がズンズンと近づいてくる。そのまま俺の手を掴み、来た時と同じように引っ張って行くのかと思ったのだが……


「イッテテテテテテテ!? ちょっ、何するんですか!?」


(まさかバレた!?)


 思い切り腕を捻り上げられ、俺は苦痛と抗議の声をあげる。だが俺の内心の焦りとは裏腹に、騎士は俺のポケットを探ることはなく……だというのに腕は捻り上げたままの状態で、そのまま建物の中へと戻っていく。


「痛い! 痛いですって! 普通に歩きますから、腕を! 腕を離して!?」


「……………………」


「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺の言葉が届くことはなく、俺は腕と肩に激痛を味わいながら、それでも必死に騎士の後をついていく。額に脂汗を浮かべながら歩いていくと、やがて牢獄とは違う場所に到着し……そこで待っていたクリスエイドが、俺達の姿を見て険しい表情を作った。


「騒がしい! それにこの私をこれほど待たせるとは……うん? 何故拘束されている? まさか逃げようとしたのか?」


「違いますよ! この騎士さんが突然何もないところに斬りかかったと思ったら、戻ってくるなり腕を捻り上げられて引っ張られてるんですよ! 逃げるどころか一歩も動いてすらいないのに、何故急にこんなことに!?」


「ふむ? それが本当なら、何故そんな…………あー、そうか。警戒行動の際に、騎士がお前に背を向けたのだな? それで一瞬とはいえ騎士の視界からお前が消えたことで、逃亡したと判断されたのだろう」


「えぇ!? そんな理不尽な!?」


「そのくらいは我慢しろ。殺されなかっただけマシだと思え。だが……うむ。うっかり殺してしまったりしたら確かに困るな。となればどういう調整をすれば……」


「あ、あの! 考え事の邪魔をして本当に申し訳ないんですが、手を離すように言っていただけませんか!?」


「おっと、そうだな。よし、離せ」


「……………………」


「はぁ、解放された……ありがとうございます」


「気にするな。それよりどんな条件付けが……ブツブツ」


 形ばかりの礼を言う俺に、クリスエイドが軽く手を振って答えてから考え混み始める。その様子、そして何も言わない騎士の態度から、俺が何かを受け取ったことはバレていないように思える。


(綱渡りは成功、か? くそ、何を渡されたのか確認してーけど、ここじゃ無理だよなぁ)


 本音を言えば今すぐにでも何を渡されたのか確かめたいところだが、流石にこの状況でポケットからそれを取り出して眺めるのは馬鹿のやることだ。だがそれと同時に、意識しないように意識するというのも駄目だ。それはそれで猛烈に不自然な動きになっちまうだろうからな。


(はぁ……よし、渡されたもののことは一旦忘れよう。それよりここは何処だ?)


 なので俺は、一旦ポケットの中身のことを頭から追い出す。加えてそれが自然な状態になるように、あえて室内の様子のチェックに意識を向ける。


 見た感じ、ここは待合室というか、受付みたいな感じだ。狭い部屋に横に長いテーブルと椅子が二脚あるだけで、特に飾りのようなものもなければ、鉄格子がはまっているわけでもない。扉は俺達が入ってきたものとは別にもう一つあり、おそらくはそこに入るための繋ぎの部屋なのではないだろうか?


(って、そう言えばクリスエイドが「全部終わったら備品管理室に来い」って騎士に命令してたよな? てことはここの奥がそうなのか? なら――)


「ふぅ。細かく詰めるのはまた後にするか。それより奥にいきますよ。ついてきなさい」


「あ、はい」


 と、そこで思考の海から戻ってきたらしいクリスエイドが、そう言って扉に手をかける。なので俺もその後に続くと、そこは無数の棚が立ち並び、武器や防具のみならず木箱に入った紙の束とか、やたらでかいネジなんかが綺麗に整頓されて置かれていた。


「おぉぉ……何だか色んなものがありますね」


「犯罪者から押収したものの一部ですから、触れないように。まあこんなところに並べてあるのは大したものではないですが……と、ありましたね」


「……………………っ」


 クリスエイドが足を止め、その体を横にずらす。すると俺の視界が通り、壁に立てかけられているそれら・・・が目に入った。


 一つは、何の変哲もない鋼の剣。鞘に収まった状態のまま革紐で巻かれており、仮に掴んだとしても抜刀するにはそれなりの手間がかかるだろう。


 一つは、何の変哲も無い金属製の棒。こちらも鞘に入ってはいるが、革紐は巻かれていない。剣っぽい見た目でも剣ではない……刃がないので、危険ではないと判断されたからだと思われる。


 そして一つは……俺にとって何より大事な一つは、壁に背を預けるような形で床に座り込み、穏やかな顔で眠る石の人形。それは紛れもなく俺の相棒……ゴレミの姿であった。

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