没収と報酬

「マスター! ローズ! お待たせしたデスぅ!?」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! ごれびぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 白い世界の向こう側からテコテコと走ってきたゴレミに、ローズが涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら飛びつく。当のゴレミはそれを正面から受け止めはしたものの、顔に浮かんでいるのは激しい戸惑いだ。


「ろ、ローズ!? ちょっ、どうしたデス!?」


「よくぞ! よくぞ帰ってきてくれたのじゃぁぁぁぁ!!!」


「えぇ……? あの、マスター? ゴレミはそんなにお二人を待たせたデス?」


「ん? まあ、それなりにな」


「そうデスか……はいはい、ゴレミはちゃんと帰ってきたし、何処にも行かないデスよ?」


「そうなのじゃ! ゴレミは何処にも行ってはいかんのじゃ! そして妾も何処にも行かぬのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 泣きじゃくるローズの頭を、ゴレミが優しく撫でる。この光景だけ見てるとどっちがあの試練を乗り越えてきたのかわからなくなりそうだが、まあいいだろ。そんなことより……


「おかえり、ゴレミ」


「ただいまデス、マスター!」


 ガッチリローズに抱きつかれたままのゴレミに近づき、ポンと頭に手を置いて言うと、ゴレミは最高の笑顔でそう返してくれた。が……


「ところでマスター。マスターに聞きたいことがあるのデスが……」


「ん? 何だよ」


「ボドミって誰デス?」


「ふぐっ!?」


 その問いかけに、俺は思わず息を詰まらせる。何故だ? 何故ボドミのことがゴレミに伝わってるんだ!?


「ボドミ? クルトよ、それは一体誰のことじゃ? 名前からして、クルトが名付けたように思えるのじゃが……」


「そうデスよね。あんなイケイケのお姉さんにそんな名前をつけられるのは、世界広しと言えどもマスター以外にあり得ないデス!」


「世界かよ!? って、イケイケのお姉さん?」


「あれ? マスター、本当に知らないデス?」


「いや、ボドミは知ってるけど、お姉さんは知らないっていうか……?」


「「?」」


「ぬあーっ! 妾だけ完全に何も知らないのじゃ! ちゃんと説明して欲しいのじゃ! 仲間はずれは泣いてしまうのじゃ!」


 顔を見合わせ首を傾げる俺とゴレミに、ローズがそう叫びながら割って入ってくる。確かにこれは妙な食い違いがあるようだが……はて?


「あー、えっと……とりあえず俺の知ってるボドミは、それなんだが……」


 言って俺が視線を向けるのは、当然ながら<天啓の窓>こと青い板きれのボドミだ。いや、大分助けてもらったし、そろそろさん付けとかするべきだろうか?


「それって、<天啓の窓>なのじゃ?」


「えぇ? マスター、<天啓の窓>に名前をつけたデス……?」


「ちっげーよ! いや、違わねーけど、そこは……あれだよ、色々あったんだよ! あとお前、ボドミはゴレミを助けるのにスゲー協力してもらったんだからな! ちゃんと感謝しとけよ!


 って、あ、これ言って大丈夫なやつだったか?」


 勢いで口にしてしまったが、一応正体を隠してる感じだったし、上司にばれたらヤバかったのかも知れない。俺は慌てて女神像の方を見たが、とりあえず天の声が何かを言ってくることはなかった。うむ、よかったよかった…………


ブブー!


「な、何じゃ!? 突然大きな音がしたと思ったら、クルトの<天啓の窓>が激しく震え始めたのじゃ!?」


「ビシビシスパークが飛んでる上に、画面に赤くてでっかいバッテンが表示されてるデス!」


 ……あー、やっぱり駄目だったかも知れん。ちょっと煙噴いてるし。すまぬボドミ……てか<天啓の窓>ってこういう感じの存在なのか? 俺のだけ仕様が違わね?


『重大な不正が発覚しました。ペナルティとして当該探索者の試練突破を無効とします』


「ふぁっ!?」


「何と!?」


 と、そこで聞こえてきた天の声に、ローズの体から青いキラキラが抜けていく。ゴレミを助ける過程でローズは先にご褒美をもらっていたって話だったが、どうやら「もう貰っちゃったから関係ないぜ!」は通らないらしい。


「ぬぁぁー! 妾の魔力制御が……」


「残念だったな」


「あの、マスター? それにローズも、ゴレミは全然話が見えてこないのデスが?」


「わかった。んじゃ一回説明を……してる暇あるのか? なあ女神様。俺とローズの才能は諦めるけど、ゴレミの試練はどういう扱いになるんだ?」


『試練を乗り越えし探索者達よ、よくぞここまでやってきました。その苦難に相応しい報酬を、今汝等に与えましょう』


「そこからかよ!? でもこれ、達成扱いって事でいいのか?」


 融通が利くんだか利かないんだか微妙にわかりづらい女神様のありがたいお言葉が繰り返されると、ゴレミの前にきっちりと<天啓の窓>が表示される。どうやらゴレミはちゃんとご褒美がもらえるらしい。


「おおー、ちゃんと項目が表示されてるデス!」


「よかったなゴレミ」


「妾達も見てもよいのじゃ?」


「勿論デス!」


「なら失礼して」


 俺がゴレミの横に寄り添うように移動すると、その反対側にローズが移動し、二人でピッタリとゴレミを挟み込む。そうして覗き込んだ<天啓の窓>には、俺達と同じく三つの選択肢が表示されていた。


「なになに……ゴーレムコアの拡張と、基礎ステータス+一〇に、後は……えぇ、何だこりゃ?」


「オプションパーツ:胸部装甲(大)なのじゃ?」


「うぉぉぉぉ! きたデス! ゴレミの時代がやってきたのデス! こんなの胸部装甲一択なのデス!」


「馬鹿、ふざけんな! 一番ありえねーだろうが!」


 勢いのままに三番目の選択肢に指を伸ばすゴレミの頭を、俺はちょっと強めにひっぱたく。なお相変わらず痛いのは俺の手だけである。


「三つ目は論外として、一つ目と二つ目はどういう効果なんだ?」


「ゴーレムコアの拡張は、新しい技術を習得したり、既存の能力を強化したりできるようになるデス。たとえば今までのゴレミは剣を渡されても単純に振ることしかできなかったデスけど、しっかり練習したら空き容量の範囲内で上達するって感じデス」


「ほほぅ? それは新たなスキルを習得できるということなのじゃ?」


「そこまで便利なものじゃないデス。普通の人間みたいに成長する余地が生まれるって感じデスね。


 今までのゴレミはコアがパツパツだったので、学習するという機能はあっても、それを反映させる余裕がなかったのデス。これはその余裕を新しく作る報酬になると思うデス」


「なるほど、そりゃ有用だな。じゃあ二つ目の基礎ステータスってのは?」


「こっちはゴレミの能力があがるデス。+一〇だと、大体ダンジョン一〇層分くらい能力が底上げされて、単純に力が強くなったり動きが早くなったりするデス」


「へー。ん? それって体の素材が鉄になるとか、そういうことじゃないのか?」


 ゴーレムの能力は、コアとボディの性能の組み合わせだ。うち身体能力があがるというのなら、普通は体が変わることになると思ったんだが、ゴレミはそれを首を横に振って否定する。


「一般的なゴーレムはそうだと思うデスが、ゴレミはちょっとした事情で、体を入れ替えたりはできないのデス。


 なのでそこは、この体のままいい感じの不思議パワーで強くなるのデス!」


「いやお前、不思議パワーって……」


「もっとちゃんと説明してもいいデスけど、正直ゴレミ自身にも完全に理解はできないデス。あともの凄く長くて専門的な話になるデスし、言えない部分もあるので、全体的に複雑かつふんわりした内容になるデス。


 それでも聞きたいデスか?」


「あー…………いや、いいや」


 聞いても納得できないのは、今の言葉だけで十分に理解できた。不思議パワーで能力強化、わかりやすくて最高だぜ!


「で、ゴレミはどっちにするのじゃ?」


「っと、そうだな。どうすんだ?」


 俺達の時もそうだったが、ゴレミの才能強化もどっちも素晴らしい。方向性は違うが、どっちであろうとゴレミが強化されるのは間違いなく……それはつまり、俺達の旅が続けられる時間がグッと伸びるということだ。


 それどころか、こういう感じの仕様があるなら、この先更にパワーアップできる可能性だって十分にある。そうなりゃ全員揃ってダンジョンの底に行くことだって、きっとできるはずだ。


 ははは、こりゃ人の心配してる前に、俺の才能の限界の方が心配だな。スキルなしの剣術と<歯車>で何処までいけるか……っと、それは今はいいとして。


「むぅぅぅぅぅぅぅん…………」


 俺達が見守るなか、ゴレミが腕組みをして頭を悩ませる。それからしばらくして……


「よし、君に決めたデス! そーれ、ポチッとな! デス!」


 そう言ってゴレミの石の指先が、<天啓の窓>に触れた。

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