これは孤立ではなく、孤高なのだ
「くらえ、歯車スプラッシュ!」
「グギャッ!?」
一つ一つは親指の爪ほどの大きさなれど、何十と生みだした歯車を顔面に投げつけられ、ゴブリン……棍棒一本と汚れまくったぼろ布一枚を身に纏う、俺の胸ほどの背丈しかないハゲた緑の人型魔物……が嫌がって悲鳴をあげる。直接目にでも当たらなきゃ正直大した威力はないんだが、それでも生き物のサガというか、顔に投げつけられると反射的に防いでしまうのだ。
そしてその隙を、俺は見逃さない。床に散った歯車を消しながら大きく踏み込み、がら空きになったゴブリンの胴を安物の鉄剣でぶった切る。すると腹から盛大に血をしぶかせたゴブリンが、そのままバッタリと床に倒れて息絶えた。
「ハッハー! 楽勝だぜ! ……そうさ、一人でも楽勝だぜぇ」
まき散らされた血や臓物ごとゴブリンの死体が光になって消えると、その代わりに豆粒みたいな青い石……魔石がコロリと転がり落ちる。俺はそれを拾いながらあえてはしゃぐように勝ち鬨を上げてみたものの、それに同調してくれる仲間の姿はここにはない。
そしてそれは、別行動しているとかではない。単に俺がソロでダンジョンに潜っているというだけのことだ。
「…………ハァ、虚しい」
戦利品である魔石を拾い上げると、俺は誰にともなく呟く。ロビーでの仲間集めはあっさりと失敗し、俺は誰ともパーティを組めなかったのだ。
「くそっ、何が『前衛にしろ後衛にしろ、それ向きのスキルを持ってる人の方がいい』だよ! その通り過ぎて何の反論もできねーよ!」
この一ヶ月のことを思い出し、俺は一人で憤る。だがそんなものはただの八つ当たりであり、決して俺の誘いを断った奴らを恨んでいるわけじゃない。
というか、むしろ断られて当然なのだ。何しろ今の俺の状態こそ、俺自身が一番避けようと思っていたものなのだから。
「<剣術>か<投擲術>の、どっちかが取れてればなぁ……」
これでも俺はなかなかに剣の腕前の自身はあるので、俺と同じなりたて新米の探索者なら、たとえ相手が<剣術>のスキル持ちでも勝てる見込みはあると踏んでいる。
だがそんなものは、精々数ヶ月……長くても半年あればほぼ確実に逆転する。スキルによる補正というのはそのくらい強く、適正スキルを持ってる相手にスキルなしで勝つには、それこそスキル持ちと勘違いされるくらいの天賦の才が必要になるからだ。
あるいは<投擲術>があるのなら、まさしく「牽制などの遠距離攻撃手段を持つ中衛よりの前衛」としての立ち位置があっただろう。しかしスキルのない俺が背後から歯車スプラッシュをやったら、普通に前で戦ってる仲間にもぶつけてしまう。そんな奴に背中を任せようという奇特な前衛はいないだろう。俺だって嫌だ。
仮にその両方を持たず、<逃げ足>を取っていた場合……つまり今より更に弱い状態であったとしても、それはそれで仲間に入れるパーティもあった。一人だから駄目なのであって、全員がそういうスキルを持っているなら、それはそれで「戦闘力は低めだが生存能力が極めて高いパーティ」として成り立つのだ。
しかし、今の俺はそのどれも持っていない。俺しか持っておらず、その有用性どころか活用法すらまともに研究されていない<歯車>スキルは、誰にとっても仲間にするリターンよりリスクの方が大きいせいだ。
故にこそのソロであり、本来なら推奨されない単独でのダンジョン突入をやむを得ず実行しているわけなのだが……
「今はいいけど、この先どうすっかな……」
事前に調べた情報から、この<
しかし、そんなある種の我が儘が通るのはそこが限界だ。第四層までいくとゴブリンもパーティを組み始めるため、流石に一人じゃ捌けなくなる。
加えて更なる深層を目指すならダンジョン内での野営も必要になるので、<不眠>や<不休>のようなスキル持ちでもない限り、単独でのダンジョン探索は生理的に不可能となる。俺はごく普通の一般人なので、何日も休まず眠らず活動し続けるなんて無理だからな。
「どうにかして仲間を……でも生活費も稼がねーとだから、これ以上あそこで勧誘ばかり続けるのもなぁ。いっそ俺みたいなあぶれ者を探すか? それもなぁ」
どんな場所だろうと、人に馴染めない人というのはいるもんだ。そういう「ぼっち」を何人か集めてパーティにするというのもなくはない。
だが、それは本当に最後の手段だ。何故ならそういう奴らは能力よりも人格に問題があることがほとんどで、集団に馴染めないとか性格が悪いくらいならともかく、手癖が悪かったり仲間を見捨てて逃げたりするような奴だった場合、一緒に行動することそのものがリスクになっちまう。
魔物にビビって勝手に逃げ出すくらいならまだしも、背中から斬りつけられて大事な荷物を持ち逃げされるなんてのは御免だ。
「やっぱ地道に活動しつつ、どっかのパーティに抜けができたタイミングで売り込みかけるのが現実的か。ハァ、世知辛いな……」
浅い階層で弱い魔物を相手にしていても、人は死ぬときはあっさり死ぬ。それに勢い込んで探索者になってみたものの、この暮らしに馴染めなくて辞めていく奴は決して少なくない。
そういう「まっとうなパーティに空きが出来た」状況を見計らって穴埋め要員的に滑り込み、そこで自分の有用性を示すことでなし崩し的に固定パーティとして認められるというのが、現状望みうる最上の展開だろう。
思い描いていた理想の探索者生活とは大分かけ離れているが、然りとて現実を受け入れなければ前には進めない。日銭を稼ぎつつ浅い階でゴブリンを狩りながら日々を過ごす俺だったが……あるときふと、ダンジョンの壁に違和感を感じた。
「……ん? これ、穴、か?」
俺のいる<
なので、壁に穴が開いているというのはとても不自然だ。まあ親指の爪くらいの大きさの丸くて浅い穴なので、気にしなければ気にならないのだが……
「何か、ギザギザしてね?」
その穴は、何となくギザギザしていた。しかもとても規則的にだ。今までならば見過ごしていただろうが、今はそのギザギザにもの凄く見覚えがある。
「まさかこれ……はまったりする?」
俺は手の中に歯車を一つ生み出し、その穴に押し込んでみる。すると歯車はぴったりと穴にはまり……だが何も起こらない。
「……? ああ、ひょっとして回すのか? んぎぎぎぎぎぎぎぎ……」
歯車なんだから、そりゃ回すに決まってる。ただ俺が歯車をはめたのは何かに繋がってる場所じゃなく、単なる石壁の穴だ。ギザギザが噛み合ってはいるものの、普通に考えれば回るはずがない。
しかしここはダンジョン。常識を捨てるのは馬鹿のすることだが、常識に捕らわれていては何も得られず終わってしまう。俺は大した量のない自分の魔力をこれでもかと歯車に込め、全身全霊をかけてそれを回そうとする。
額に脂汗が浮かび、急激な魔力の消費に頭痛と吐き気が襲ってくる。なんでこんな馬鹿なことやってるのかとか、仲間もいないのにこんなに魔力を使っちまって、ここで気絶したら死ぬぞとか言う考えが頭をよぎるが、その全てを無視してただひたすらに力を込め続けると……
ギギギギギ……ガチン!
「お、おぉぉぉぉ!?」
遂に歯車がクルリと回り、重い手応えと同時に何かが噛み合うような音がした。すると目の前のダンジョンの壁がスッと消え去り、その奥には新たな通路が続いている。
「は、ははは……やったぜ! 隠し通路……しかもこれ、限定通路じゃねーか!」
限定通路……それは特定のスキルがないとたどり着けない隠し通路だ。それは例えば<疾走>などの高速移動スキルがないと両側から迫る壁に潰されるとか、<耐熱>によって燃え盛る炎を抜けるとかであり、それらの先には一〇層先でも通じるくらい高品質の、しかも必要としたスキルを最大限に活用できるお宝が待ち構えている。
そしてここは、明らかに<歯車>がなければ開けなかった。ならこの先に待っているのは、<歯車>のスキルを活用することで凄い効果を発揮する魔導具なんかのお宝があるに間違いない。
「何だよオイ、滅茶苦茶ついてるじゃねーか! へっへっへ、待ってろよお宝ちゃん! 俺が今すぐ手に入れてやるぜ!」
俺は下衆な笑い声をあげながら、しかし慎重に隠し通路へと足を進めていった。
――――――――
明日からは毎日18時更新となります。どうぞよろしくお願い致します。
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