底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~
日之浦 拓
第一章 歯車男と石娘
人生を決める一歩
ダンジョン……それは世界に刻まれた福音にして災厄。天を貫く塔、底なしの地下、空に浮かぶ島、水底の大迷宮など、人知を超えたその内部には莫大な富とそれに比する危険が満載されている。
無論、それは矮小な人が立ち向かうにはあまりにも強大な存在だ。だが世界を作った女神様は、底知れぬ人の欲と挑み続ける人の夢のため、ダンジョンに潜る人間に偉大なる天啓を与えた。
スキル……それは人が生涯に一度だけ得ることのできる奇跡。ただ得ただけでは大した力にはならないが、磨き上げれば山より巨大な岩猿を穿ち、海を飲み干す蟒蛇を両断することすら可能とする。
ならばどうする? 目的がある、手段がある。それで挑まないのは嘘だろう? ということで俺は一五歳で成人してすぐに生まれ故郷を飛び出し、世界に七つある大ダンジョンの一つである<
「クルトさーん! 一八七番でお待ちの、クルトさーん!」
「あ! はーい! 俺です!」
まるで王様でも住んでそうな大ホールの一角に響いた声に、俺は手を上げて返事をした。するとそれを見つけた制服姿のお姉さんがにこやかな営業スマイルを浮かべて近づいてくる。
「中肉中背、短い黒髪に目も黒の、一五歳の男の子……はい、間違いなくクルトさんですね。天啓の儀の準備が整いましたので、あちらの通路から奥にお進みください」
「わかりました。ありがとうございます」
「ふふ、いいスキルがもらえるといいですね」
お礼を言って頭を下げた俺に、お姉さんが笑顔でそう言って離れていく。ああ、やはり年上の女性はいいな……っと、今はそれよりスキルだ。俺は言われたとおりの場所に進み、そこにいた受付の人に番号札を渡して手続きを済ませると、暗色のカーテンで仕切られた小部屋に入る。するとそこにはフード付きの長いローブを被った、何とも個性のない……ゲフン、清楚な雰囲気の漂う女神様の像が立っていた。
「ふーっ……よし、やるぞ!」
俺は女神像の前に膝をついてしゃがみ、顔の前で両手を組んで祈りを捧げる。そうしてしばらく待つと頭上から光が降り注ぎ、俺の目の前に豪華な金縁で囲まれた青い板のようなものが出現した。
これぞ天啓の儀……つまりはスキルをもらうための儀式だ。昔は年に一度、大聖堂とかで仰々しくやっていたらしいが、年々増加するダンジョン探索者の需要に答える形で変わっていった結果、今はこんな風になっている。ありがたみは大いに薄れたのだろうが、俺としては年に一度の機会を待たなくて済むのだから、こっちの方がずっといい。
やっぱ効率化って重要だよな。偉いお貴族様とかだと自宅に神官を呼んで同じ事やったりするらしいけど、俺みたいな庶民にゃ縁の無い話だ……っと、出てきたな。
「さてさて、俺はどんなスキルに適性があるのかな……?」
青い板……正式名称は<天啓の窓>と言うらしい……にじわりと浮き上がってきた白い文字こそが、俺が習得することのできるスキルだ。一つしか表示されない奴もいる反面、多いと五つも表示されることがあるらしいが、俺の場合は平均値である三つ。
このなかから選んだ一つが、俺の探索者としての生涯を左右するスキルとなるわけだが……その内訳はこうだ。
・剣術 剣を扱う技術に習熟する。長剣、短剣、大剣や曲剣など、剣であれば十全に扱うことができるようになる。それぞれの形に特化させたり、スキルに頼らない才能があるのならば魔法剣などに派生させることもできる。
・投擲術 物を投げる技術に習熟する。素手での投擲、およびスリング系の武器の命中率に補正がかかる。ただし弓には影響しない。
・逃げ足 敵から逃げるとき、走力に大幅な補正がかかる。逃走専用なので通常時は何の影響もないが、反面逃げるときには<疾走>などの汎用移動スキルより大きな効果があり、スタミナの消費も減る。
「ほほぅ……渋いところが揃ったな」
表示されたスキルから何を選ぶかは決められても、そもそも表示されるスキルそのものを選ぶことはできない。そういう意味では、この三つは無難というか、隙のない平凡なものだ。<剣聖>とか<大賢者>みたいなとんでもないスキルはなかったが、探索者としてやっていくには必要十分な選択肢だろう。
<剣術>は、まあ鉄板中の鉄板だ。これをとっとけばとりあえず探索者……ダンジョンを攻略する者達の総称……として困ることはないと言われるくらいに無難で、もってる奴の多いスキルだな。俺のメインウェポンも剣なので、迷うならこれを取れば間違いない。
対して<投擲術>は、俺にはない技術だ。そもそも剣はスキルに頼らなくても普通に使えるのだから、サブ武器としてスリングを持ち、こいつを使って遠距離の弱さをカバーするという選択肢も割とありだと思う。いざという時その辺の石ころを拾うだけで武器に出来るってのはなかなかの強みだしな。
最後に<逃げ足>だが、これも実は悪くない。何しろ死んだら終わりなのだから、ヤバいときに逃げられるというのはとてもありがたい。実際これがあると普通なら走れない大怪我をしても限界を超えて走ったり出来るので、生存率は馬鹿にならないレベルで上がる。
ただこれは俺自身にしか効果が無いから、パーティを組んだ場合、仲間を見捨てて逃げるでもなければ生かす機会はないだろう。全滅必至の状態から自分だけでも生還できるというのは魅力ではあるが……これは流石に無いな。
「うーん、となると剣術か投擲術か……」
悩みどころではあるが、あまり時間はかけられない。一度<天啓の窓>を開いてから選ばずにここを出てしまうと二度とスキルを習得できなくなってしまうし、あまりにも長考し過ぎた場合は、勝手にスキルが決められてしまうらしい。
まあ流石に五分や一〇分でそうなるわけじゃないだろうが、それでも後悔しない程度に熟考し、その上でサクッと決める方がいいのは間違いないだろう。
「…………よし、決めた! <剣術>にしよう!」
弱みを潰す方向は初心者のうちはいいだろうが、上を目指すならどうしたって一点突破の強力な力が必要になる。いずれ七つのダンジョン全てを制覇しようと考える俺としては、得意を伸ばして特別になるのは必須なのだ。
「んじゃ、早速…………うおっ!?」
立ち上がり、俺は表示されている<剣術>のスキルに触れて、それを取り込もうとする。だが勢いよく立ち上がり過ぎたせいか、ちょっとだけ足下がふらついてしまい、指先が金枠の縁でクルクル回っている歯車の模様に触れ……
『天啓授与:<歯車>を魂に書き込みました』
「へっ!?」
何処か無機質な女性の声が頭の中に響き、同時に目の前にあった<天啓の窓>が消失する。
待て。いや待て。今何だか凄く不穏な言葉が聞こえたぞ?
「あ、あれ? なあ女神様、今のって? 俺、<剣術>を選んだよな? えっ!?」
「スキルの習得は終わりましたか? 次の方が待ってますので、終わったならすぐに出てください」
「あ、はい……えぇ?」
カーテンの隙間から漏れ出る光が消えたことで、俺がスキルを習得したことがわかったんだろう。外から係の人に呼ばれ、俺は腑に落ちないものを感じつつも小部屋を後にする。
その後は改めて指示に従い、別の受付まで行って
「お待たせしましたクルトさん。こちらがクルトさんの
「はぁ…………」
「あの、ちょっといいですか? クルトさんのスキルが<歯車>となっているんですけど、これって一体……?」
「それは俺が聞きたいですね」
俺の名前や探索者ランクなどが刻まれた、金属製の
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