第10話 金髪の王子

 ルカに教えてもらい、私は、最後の一人となる王子を探して防具屋を訪れた。

 そこには、兵士たちが身に着けるような鎧から旅人が身に着けるようなマントまで必要な防具が一式揃っているようだった。女性用の旅の服も用意してあり、ちょうどよいと思い、私は、それを買うことにした。


「すみません、あそこに展示されている旅装束をください」


 私がカウンター越しに店の人へ話しかけると、気の良さそうなおじさんが笑顔で対応してくれる。色々サイズや種類、色などを聞かれて、私が迷っていると、おじさんは、見本を取ってくると言い、店の奥へ入って行った。

 おじさんが戻ってくるのをカウンター前で待っていたら、突然、後ろから野太い声を掛けられた。


「よお、お嬢ちゃん。一人で旅にでも出掛けるつもりかい?」

「町の外は危険でいっぱいなんだよ。

 魔物や盗賊がうじゃうじゃいて、

 お嬢ちゃんみたいな可愛い女の子が一人でいたら、食われちまうぜ」

「何なら、俺たちが一緒に付いて行ってやろうか?」


 三人の屈強そうな男たちがいつの間にか私を囲っている。親切な人たちだなと思いつつも、何となく圧を感じて一歩引いてしまう。


「あの……ご親切にどうも。

 でも、一人ではないので、大丈夫です」


 しかし、男たちは、余計に私の方へと身を乗り出してくる。


「へぇー、誰と行くんだい? 一緒に行く仲間も女の子かな?」

「俺たち、めちゃくちゃ強い傭兵なんだ。

 魔物でも盗賊でも、何でも退治しちゃうよ」

「俺たちと一緒なら、無事に目的地まで連れて行ってあげるから。

 遠慮しなくていいんだぜ」


「いえ、本当に私は……」


 全く退く気のない男たちを前に、私がどうしたものかと困っていると、男たちの背後から低く冷たい声が聞こえた。


「……見苦しい。獲物を狙って集る、飢えた獣がいるようだな」


 男たちが振り返ると、そこには、黒いマントを羽織り、金色の髪を肩まで伸ばした男の人が立っていた。三人の男たちよりも頭一つ分背が高い。陶器のように白い肌、怖いくらい綺麗な顔立ち、切れ長の目、そして何より、氷のような冷たい青い瞳をしている。


(もしかして、この人がオーレン王子かしら)


 ルカから聞いていた容姿と一致する。

 私が声を掛けるより先に、三人の男たちが声に怒気を孕ませて反応した。


「なっ、なんだと。

 それは、俺たちのことを言っているのか?」

「てめぇ、舐めた口聞きやがって……。

 お前には、関係ないだろう!」

「そうだそうだ。他人のことに口を出してくるんじゃねぇ」


(いやいや……先に口を出して来たのは、あなたたちなんですけどっ)


 三人の屈強そうな男たちを前に、金髪の男性は、溜め息を吐いた。


「少し頭を冷やした方が良さそうだな」


 金髪の男は、氷のように冷たい目を細めて男たちを睨むと、片方の掌を男たちに向けた。そこに何か白い渦のような光が浮かびあがったかと思うと、驚く間もなく、三人の男たちは頭から水を被り、全身びしょ濡れになっていた。


「ひぃ~! つ、冷てぇ……」

「な、何するんだっ」

「うう……こ、こいつ…………化け物だ!」


 三人の男たちは、顔に恐怖の色を張り付けて金髪の男を見ると、口々に”化け物”と叫びながら、我先にと店の外へ駆け出して行った。店内には、他にも数名ほどこちらを見ていた客がいたが、彼らも青い顔をして店の外へと出て行ってしまう。

 取り残された私は、金髪の男に向かって、思わず叫んでいた。


「……す、すごい! あなた、魔法が使えるの?!」


 金髪の男は、私の顔を見て、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに無表情に戻った。


「……お前、俺が恐くはないのか」


「え、どうして?

 そりゃあ、魔法なんて初めて見たから驚きはしたけど……怖くなんてないわ。

 本の中でしか読んだことがなかったんだもの。

 今、私がどれくらい感動しているか……魔法が使えるあなたには、分からないでしょうね」


 胸がどきどきして、頬が熱い。冒険パーティに魔法使いが一緒なんて、最強ではないだろうか。これはもう魔王退治は勝ったも同然だと思えた。


「……とんだ世間知らずのお嬢様だな。

 旅に出るなら、ああいう輩は、相手にするな」


 あまりにも無感情な口調だったので、彼が私のことを心配して忠告してくれたのだと気付くまで少し時間がかかった。

 そこへ、店のおじさんが戻って来て、背後から私に声を掛けた。おじさんは、店内に居た他の客が皆いなくなっているのを見て首を傾げている。

 私が振り返って、おじさんに返事をしている間に、金髪の男は、さっさと店の扉の方へ歩いて行ってしまう。


「あっ、ちょっと待って!」


 私が声を上げると、金髪の男が顔だけをこちらに向けて足を止めた。


「あなた、オーレン王子……よね?」


「……だったら何だ」


 オーレン王子は、急に冷たい口調になって答えた。何故だろうと不思議に思ったが、彼が今にも扉を開けて出て行ってしまいそうだったので、私は、慌てて続けた。


「私も【魔王】討伐の旅に連れて行って欲しいの」


 オーレ王子が訝し気に目を細めて私を見返す。


「何故、お前を連れて行かなければいけない」


「だって、【魔王】討伐よ?!

 そんな面白そうなこと、黙って見送るだけじゃ勿体ないじゃない!」


 オーレン王子は、肩で溜め息を吐くと、投げやりな視線を私に向けた。


「世間知らずのお嬢様が首を突っ込んでいい旅ではない。

 ……好奇心は、いつか身を滅ぼすぞ」


 それだけ言うと、もう言うことはないと言うように、オーレン王子は、扉を開けて、店の外へと出て行ってしまった。追い掛けようとしたけれど、まだ旅装束を買っていないことを思い出し、踏み留まる。

 オーレン王子は、大人で賢そうに見えたので、変に嘘をついて取り繕うより、本音でぶつかった方が良いかと思ったのだが、説得方法を誤っただろうか。


(しょうがない……とりあえず、他の4人の王子たちには承諾してもらえたし。

 私も準備が整ったら、待ち合わせ場所へ急ごう。

 早くしないと、置いて行かれちゃうかもしれないしね)


 オーレン王子のことは、旅の途中で追々説得を試みるしかない。はっきりとダメとは言われなかったのだから、まだ説得の余地はあるかもしれない。

 私は、そう自分を勇気づけると、先程からずっとカウンターで私の様子を心配そうに伺っているおじさんに向かって、大きな声で言った。


「レヴァンヌ国王にツケておいて!」


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