第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 4-3

「御免なさいね。今日は寒くないから、火を焚いたら暑いわよね。それでなくてもこの部屋は他の部屋より壁が厚くて、熱が籠りやすいの」

「へぇ、そうなんですか……」

 そう言われてみると、確かに部屋の中の空気が少し重たい気がした。よし香は手近にあった壁を拳でトントンと軽く叩く。

「この部屋はもともと、わたしのお母さまが少女時代に使っていた部屋なの。お母さまも寒がりだったみたいで、この屋敷を建てる時、おじいさまがこの部屋だけ特別に壁を厚くしたのよ。暖炉を使うとすぐに温まるし、なかなか熱が逃げないから、ずっと温かいわ」

 洋風の館は昔ながらの長屋と比べると格段に気密性の高い作りになっているが、よし香の部屋はさらに強固な作りのようだ。いわば、ちょっとした温室というところだろう。

「だから、温暖な場所で育てた方がいい植物をこの部屋に置いて育てたりするのよ。さっき運んだ極楽鳥花みたいに」

 よし香はそう言って、部屋の真ん中に置かれた鉢植えを見た。南国の変わった花はとても存在感があり、まるで部屋の主役とでも言わんばかりだ。

「この花は、五日前の夜もこの部屋にあったんですか?」

 雪緒はよし香に尋ねた。

「ええ。ここ一か月は、毎日夜になると外から私の部屋に移動させてたわ。……あぁ、そうだ、もう一つだけ、忘れてた」

 よし香は軽やかな足取りで洋服箪笥の前まで移動すると、一番上の小さい引き出しから何かを次々と取り出した。

「うわー。何ですか、それ」

 雪緒は取り出されたものを見て首を傾げた。一見しただけでは何だか見当もつかない。

 よし香が取り出したのは、大量の硝子の小瓶だった。一つ一つは手の平に載るほど小さいが、同じものが二十本はある。蓋がきっちりと閉められていて、中には何やら透明な液体が口切り一杯入っていた。

「これは鉢植え用の栄養剤よ。今からこれを、鉢の土に掛けてあげるの」

 よし香は二十本ほどもある小瓶を持って、部屋の真ん中にある極楽鳥花の傍にしゃがみ込んだ。雪緒もすぐさま隣に寄り、瓶を開けるのを手伝う。

 瓶の中の液体は微かに薬っぽい匂いがしたが、無色透明でさらりとしており、一見するとただの水とさほど変わりはなかった。よし香はそれを土の上に次々と開けながら、雪緒に説明をする。

「これは、亜米利加で作られた最新の植物用栄養剤なんですって。お父さまがわざわざ取り寄せたのよ。あの晩も、こうして鉢植えに掛けてあげたの」

「英一さんが取り寄せたんですか? 親子で植物を育てるのがお好きなんですね」

「いいえ、お父さまはそんなに好きな方ではないみたい。でも、私のために、自分であれこれご本を読んだり人に聞いたりして、わざわざこれを取り寄せてくれたのよ」

「亜米利加製の栄養剤かぁ……。やっぱり、すごい効果があるんですか?」

 作業を手伝いながら、雪緒は空になった瓶を持ち上げた。

 名称が書かれた張り紙などはなく、ただの質素な硝子瓶だった。栄養剤と言われなければ、何が入っているのか分からない。

「この栄養剤の効果はまだ不明なの。実は、使うのはこれで二度目なのよ」

「えっ、二度目?」

「これを初めて使ったのは、絵が血の涙を流したあの晩よ。あの日の朝、私はこの瓶をお父さまからいただいたの。肥料や栄養剤の類は半月ごとに使えば十分だから、あの日以降は使ってないわ。本当はもう少し間をあけて使いたかったけど、中津川先生に同じ状況を作れと言われたから……」

 何本もの瓶を開けては逆さにしているうちに、鉢植えの土はすっかり湿っていた。それでもよし香の手は止まらない。

「まだ使うのは二度目だけど、お父さまがわざわざ取り寄せてくれたんですもの。きっといい結果になるわ」

「よし香さんは、英一さんのことをとても信頼してるんですね」

 雪緒が言うと、よし香はすぐさま頷いた。

「ええ。お父さまのことは大好きよ。おじいさまもお母さまもいなくなってしまったけれど……わたし、お父さまとずっと一緒に暮らしたいわ」

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