第一の鑑定  血の涙を流す少女の肖像 3-2

 雪緒の背中に冷や汗が伝った。花の可憐さで自分の立場をすっかり忘れていたが、雪緒は今、十三歳の男の子という設定である。

「あー……えっと、母がお花が好きで、ぼくもちょっと……。え、えーと、この庭は、何だか珍しいお花が多いですね!」

 焦りつつも、しれっと話題を変えることにした。幸い、お梅は雪緒の動揺に気づかなかったようだ。

「そうなのよ。貞之進さまが帝大で植物の研究をなさっていて、研究のために外国から取り寄せたものをたくさん植えているの」

「へぇ。それはすごい。お屋敷も庭も、とても素晴らしいです。広いし」

「庭の半分は帝大の持ち物だったのよ。貞之進さまが家でも研究ができるようにと譲り受けたの。あとの半分とお屋敷自体は正真正銘山本家のもの。山本家のご先祖は江戸時代からずっとお医者さまで、小石川に大きな診療所を開いていたの。爵位こそいただけていないけれどねぇ、今もこうやって暮らせるほどには裕福なのよ」

 山本家の広さの秘密が今の話で分かった。やはりとてつもなく名門の家のようだ。

 お梅はそこで働いていることが嬉しいのだろう。山本家について話しながら、自分のことのように誇らしげな表情をしている。

「貞之進さまのお父さまやお兄さま方は、やはり揃ってお医者さまだったの。ご三男だった貞之進さまも医者になる予定でいらしたけど、大学に入ったあと植物の方に興味をお持ちになったらしくて、鞍替えなさったわ」

 その分野で帝大の教授にまで上り詰めたのだから、故・山本貞之進氏はかなり優秀な、学者肌の人だったんだろう。身内に医者が多いということは、一族揃って天才なのかもしれない。

「貞之進さまの血を引いているよし香お嬢さまも、とても頭の良い方なのよ」

「そうなんですか?」

 少し意外だった。よし香は清楚で美しく、控えめで大人しい。勉強をこなすというより、女らしいお稽古事を楚々とこなしていそうな感じに見える。

「貞之進さまが亡くなったあと、研究で残った種を一から植えて育てたのがお嬢さまよ。今庭にある花は殆どお嬢さまが植えたの。外国産だから中には育てるのが難しいものもあったけれど、お嬢さま自ら外国のご本をご覧になって、熱心に調べていたわ」

「え、よし香さんて外国の本まで読めるんですか!」

 雪緒は素直にすごいと思った。だが、隣から聞こえてきたのは溜息だった。

「ただねぇ。お勉強もいいけれど、そろそろ、ご結婚を考えていただかないと」

「うぇ、けっ……?!」

 結婚、という言葉に、雪緒の心臓が縮み上がった。

 お梅はびくびくしている雪緒の横で、困ったように眉根を寄せている。

「私はこのお屋敷に勤めて三十年になるの。よし香お嬢さまが赤ちゃんの頃からお世話してきたけれど、お嬢さまはもう立派な大人の女性よ。結婚は幸せなことですから、良いご縁があればねぇ」

 結婚はいいこと、素敵なことだと、お梅は当たり前のように言う。

 雪緒は震える拳を反対の手で押し留めて、おずおずと訊いた。

「よし香さんは……結婚については、なんと……?」

「そこなのよ。お嬢さまは全くと言っていいほどその気がないご様子なの。いくつか良いお話が来たこともあるけど、なぜか全部断って、お花の手入ればかり。旦那さまも私も、少し困ってしまって……」

 お梅の溜息が深くなる。

 一方、雪緒の心の中には熱い想いが込み上げていた。堪えきれないほどに。

「こういうのは、本人の考えを無視しちゃ駄目です! 結婚するのは本人なんだから!」

 気が付いた時にはそう叫んでいた。

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