第15話 骨片(3)

 通報を受けて現場に臨場したのは、スーツをビシッと着込んだ長身の女刑事と、青い制服に同じ色のキャップを目深に被った鑑識捜査官の二人組だった。


 成川なるかわと名乗る女刑事は、目じりの皺や肌のハリから恐らく四十半ば。切れ上がった双眸は、過去に何人の容疑者を睨みつけ、自白に追い込んできたのだろうか。鑑識捜査官の方は、キャップに隠れて鼻から上は見えないが、頬や口回りの感じから三十をこえて間もない。


 女刑事が古杉ふるすぎ生吹いぶき馬田まだに形式的な挨拶を済ませ、聴取の対象を古杉に定めて聴き取りを開始する。その横で、鑑識がくだんの骨片の写真を撮り始めた。


 女刑事の張り詰めた口調と、鑑識のシャッター音が事務所を事件現場に一変させる。


 生吹はしばらく古杉の聴取に立ち会っていたが、鑑識の顔を見て、おやという顔をした。

「もしかして鵜飼うかい君?」

「生吹先輩……!」

「久しぶり。あなたが鑑識捜査官になっているなんて知らなかった」

「どうも、ご無沙汰してます。生吹先輩こそ、お元気そうで」

 馬田が好奇心で尋ねる。

「お二人は知り合いなんですね。どういうつながりなんですか?」

「私と鵜飼君は同じ高校の先輩後輩。彼はわたしが渡米する前に――」

「あーっ! とっ渡米! どうでした? アメリカは。やっぱり違いましたか?」

「当たり前でしょう。同じだったら行く意味がないもの」

「確かに! じゃあ、行ってよかったですね!」

「そうね。あちらでは著名な法人類学者の下について学べたし、腕のいい復顔師から素晴らしい技術を教わって、いい経験になったよ。あの時はあなたのプロポーズを断って申し訳なかったけれど、それに報いるくらいには、勉強してきたつもりよ」

 鑑識が額に手を当てるのを見て、馬田が哀れむ。

「生吹先生、それ、あんまりバラされたくなかったんじゃないですか?」

 鵜飼は情けない顔で馬田に頷き、生吹に向かう。

「でも、生吹先輩、昔と全然変わってないですね。相変わらず奇麗です」


 二人の思い出話が終わるころ、作業台の向かい側から、批判に満ちた声が聞こえた。


「考古学者の方でも人骨を石と見誤るなんてことがあるんですね」


 成川の口調は、それが癖になっているのか、厳しく非難めいている。成川に言われて古杉は小さくなり、ハンカチで汗を拭きながら、度々謝罪の言葉を口にしていた。


 成川はバインダーに挟んだ書面にボールペンを走らせて、聞いた内容を書き取りながら、証拠が汚染され移動させられたことを不快に思う気持ちを隠さない。それは事件解決に向けて挑む刑事なら当然のことかもしれない。しかし、罪もない民間人に対して敵意を向けても仕方のないことだろう。へこへこと謝る古杉を見かねて生吹が動く。


「お言葉ですが」


 毅然とした声に遮られ、成川が書面から顔を上げ、切れ上がった目を吊り上げる。生吹はそれに怯まず反駁する。


「お言葉ですが、考古学者は歴史を研究するのが仕事です。古人骨こそ見慣れていても、それは最近の骨とは色も質も異なる別物。こんな小石程度の骨片を、人骨だと言い当てられただけでも褒めていただきたいですね。


 あなたは殺人課の刑事さんで、考古学者よりも多くの白骨死体を見ていることでしょう。そんな刑事さんでも、法医学者の助けなしに、これが動物の骨か、人間の骨か、正確に言い当てることができますか?」


 生吹がまくしたてる間にも、成川の頬と唇が戦慄き、眉が吊り上がり醜く歪んだ。過去に何十人もの犯罪者の口を割ってきた自分が、遥か年下のインテリ女に気圧され、論破されるなど耐えられない屈辱だ。しかし反論ができない。


 成川は生吹の問いに答える代わりに古杉をキッと睨む。勝敗はここで決したのだ。


「今後、事件性のある骨を見つけることがあれば、触らず動かさず、速やかに通報してください」


 成川はそれだけ言うと踵を返し、残された鵜飼は慌てて鑑識の仕事を終え、生吹にぺこりと頭を下げ、骨片と共に現場を去った。


「かっこよかったです、生吹先生」

「いや助かったよ、ありがとう」

 馬田が褒め、古杉は礼を言う。

 生吹は約束通り古杉の援護に成功し、ほっと胸をなでおろした。


「古杉先生が責められるいわれはない、ということが、向こうの方にも分かってもらえてよかったです」



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