第2話 準備体操

「奥山中心、体操の体系に広がれ」体育委員の一人である、入鹿君が声を上げた。


体育委員は前に出、それ以外の人は素早く間隔をとって並ぶ。

誰かにもっと右とかちょっと左とか言われなくても、皆自分の立つ位置を知っている。一瞬で綺麗に整列する姿はまるでよく教育された軍隊のようだ。


やせっぽっちでぱさぱさの髪の毛を垂らし、いつもうつむいている宮崎さんと体積が人よりだいぶ大きい上に、にきびと毛穴の黒ずみで肌は石ころのようにごつごつしている那賀さんが私の目の前に立って準備体操を始めた。掛け声はやけに小さい。


宮崎さんと那賀さんはりりかに体育員会を押し付けられた。


春に委員会決めがあった。体育委員会は委員会会議が高頻度で行われる上に、すべきことが多く非常に面倒くさい。それに、体育の先生が怒りっぽい質で、怒られるのは必至な仕事だ。当たり前だが、誰もがなりたくない。


委員会決めが難航していた。


そんな時に、りりかが那賀さんと宮崎さんを推薦します、と手を挙げたのだ。りりかのその発言で察した私たちは、次々に「私も、そう思うー」「いいじゃん」「二人がやってくれたらすごく安心するわ」と後からどんどんと言葉を放った。


クラス内のボスに言われたら断れるわけもない。


半ば無理やりの委員会決めに宮崎さんや那賀さんに少しだけ悪い気もした。


しかし、彼女ら自身、外見を磨くわけでもなく、頭がいいわけでもなく、おもしろいわけでもなく、運動ができるわけでもない。しゃべるときは早口で吃るし、休み時間は二人で不気味に笑っている。


クラスメイトが眉を顰める姿を見るのも少なくはない。学校生活のヒエラルキーの最底辺に自ら身を突っ込んでいることは間違いない事実である。学校で気持ちよく生きるには、それなりの努力が必要だ。それを怠ったつけが彼女らにただ回ってきたというだけである。ある意味、自業自得なのだ。


だから、りりかがやたら宮崎さんと那賀さんに強く当たるのも見て見ぬふりをした。 



しんきゃくーという掛け声とともに足を延ばす。


那賀さんの太い足に黒々とした毛がびっしり生えているのが目に入った。


那賀さんはまだ準備体操しかしてないというのにニキビ面に汗をかかせて息を弾ませている。

女子高生だというのに醜くて、思わず目をそらしてしまった。


目線を真下に下ろすと、適度に細く、透き通るように白くて毛も生えていないつるつるの女子高生らしい足がある。自分が自分であることに大いに安堵した。



準備体操が終わると、熊のような体格をした横奈川先生が野太い声でしゃべり始めた。


「今日は対戦形式でのバスケです。五人で一つのグループをつくってもらいます」


先生の一言で空気が一瞬にしてぴりついた。皆、自分があまりものにならないか素早く計算をしているのが分かる。こういう時に、りりかのグループにいてよかったと思う。

私たちのグループを引き裂いて、他のグループの間に合わせの一人になる、なんてことは絶対ない。


「女子は女子同士で、男子は男子同士で好きなように組んでください。グループ決めに時間を三分、いや二分あげます。もう高校生なんだからさっさと決められると思います。グループが出来たところから固まって座って下さい。それでは、よーい、スタート」先生は首にかかっているストップウォッチのボタンを押した。


私はすぐさまりりかのもとに駆け寄った。

四人はすぐに埋まる。りりかと私とかりんと晴美。あと一人必要だ。


まわりの様子を伺うと、バド部の持田さんを含む四人グループ(桜川さんは見学)と新体操に入っている二人グループが集まってもうすでに座っていた。


残りは文化部中心のサークルに入っている五人グループ(一人は休み)と、私たちのグループと宮崎&那賀ペア。


どうやら向こうのグループと宮崎さんか那賀さんかを取らないといけないようだ。


「あと三十びょーう、二十九、二十八」と先生のカウントダウンが始まった。


再び周りを見渡すと、男子は全員座っている。


「ね、どうする?」と私たちは顔を寄せ、小さな声で話し合いを始めた。「正味、どっちでもいいけど」「それよ」「あー、でもりりか那賀さん生理的に無理なんだよね?」「じゃ、宮崎さんでいっか」「そうしよ」


文化系のグループは、私たちのグループが動くのを待っているのだろう。こちらの様子を伺っている。


那賀さんと宮崎さんは拳を固く握り、うつむいている。少しだけ震えているようにみえた。


「女子、はやく決めなよー。宮崎さんと那賀さんがかわいそうじゃん」とりりかと仲のいい男子が野次を飛ばす。

りりかは「もう、うるさいから」と本気で起こった様子もなく、言い返した。


 あと十五びょーうと先生が言ったところで、りりかは二人に歩み寄り、宮崎さんの鳥の骨のような細いうでをつかんだ。

那賀さんは少しだけほっとした様子で向こうのグループに寄っていった。


 結局、ギリギリのところで私たちは座ることができた。


「はい。グループ決まりましたね。今度から余裕を持って決めるように」私たちが座るのを見届けると、先生はあからさまに私たちの方を見て言った。



「じゃあー、そっちから一班、二班、三班、四班、五班、六班、七班な。六人のところは途中で変わって下さい」先生は端っこのグループから順々に指をさす。


「えー、今回、男子はトーナメント戦で、女子は総当たり戦で戦ってもらいます。男子は最下位決定戦もするから、最期で負けずに頑張って下さい。活躍しているか否かではなくて、頑張っているかどうかで先生は評価をします。ホワイトボードに対戦相手は書いとくから、そこを見て自主的に判断してください。審判は体育委員がやって下さい。三分後にゲームを始めるから、それまで練習したりしていてかまいません。それじゃあ、始め」


その一声で、クラスはちりじりにばらけた。


私たちも立ちあがり、一番試合が見やすくてボールが飛んでこない場所を陣取った。


「絶対、全部勝とー」りりかは言った。りりかはこういうことに燃えやすいタイプだ。

体育祭や文化祭など、率先して指揮をとる。


「うん、がんばろー」と私たちは言った。


猫のように曲がった背中の宮崎さんに私は「がんばろね」と声をかけた。


一人で他のグループで過ごすというのは、ものすごく怖いし、体力もつかう。

その上、我らがりりか様の班だ。緊張しないはずがない。


宮崎さんは小さな小さな消えそうな声で「あっ、は、はい」と漏らした。

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