第46話:ひさしぶり


 呼ばれたから振り返る。それが誰なのか思考を巡らせることもせず、普通に。

 やはり今日の俺はらしくない。


「新木……?」


 問いかけたのではない。

 ただの独り言だった。そこにいるの誰、新木じゃね。見たものを口にしてしまっただけだ。


 新木はセーラー服だった。けど俺の知っているものとは違う。あぁ、高校の制服か。

 肩にかけられた大きなスポーツバッグ。部活か。中学の頃はバスケ部だったっけ……。


「やっぱり、瀬名だ」

「……」

「久しぶりだね」


 新木の声にぼんやり動いていた思考が止まる。

 後ろへ捻った首を戻すと地面に落ちていく視界に白坂が映った。

 俺を見上げていた顔が徐々に曇っていく。何故彼女が不安そうな表情を浮かべるのか。

 あ、俺か。俺がそんな顔してんのか。

 この人は感受性がな。目の前の人間の感情をトレースしちゃうんだろうな。いつだったか、漫画読みながら百面相してたし。


「新木さん!?」

「比永。久しぶり~。相変わらず一緒なんだね? さすがセナヒナ」

「ひ、久しぶり……」


 智也の声がする。バタバタと駆け寄ってくる足音は俺の真後ろで止まった。

 まるで俺を隠すように新木と俺の間に入ったのだと分かった。背中に智也の熱を感じる。


「瀬名くん……」


 白坂がまた揺れてる。なんだ、またソワソワしてんのか。あぁ違う。揺れてんのは俺の目だ。

 一回、二回。時間をかけて瞬きをすると視界は落ち着いた。ついでに深呼吸も一回。……うん、だいぶ、大丈夫だ。

 フゥ、ちょっといきなりの登場だったからびっくりした。うん、それだけ。


 しかしこの場面をどうすればいい。

 くるりと振り返って思い出話にでも付き合わないといけない感じか? 今、智也がしているように?

 それは、なかなかしんどい。


「……あの~。ごめんね、友達いるのに話しかけちゃって」


 聞こえた新木の言葉は明らかに白坂に対してだった。ぴくんと反応して白坂は俺の右隣へ移動する。


「いえいえっ。でも喋ってるとこごめんなさい。比永くん、あたしそろそろ帰んないとダメっぽい」

「あっそうだね。新木さん、悪いけど俺ら行くね。白坂さん送んなきゃなんだ」

「申し訳ねえっす!」


 おお。すごい。さらっと自然に、すぐさま解散の方向へもっていってくれた。

 白坂を見る俺の目はきっと感謝を越えて尊敬の眼差しだった。う、白坂が輝いて見える。眩しい。

 だが解放はされなかった。「待って!」と新木の声が飛ぶ。


「瀬名、ちょっと話せない? ……二人で」


 予想もしていなかった。

 というか、何も思考していなかった。

 智也が「や、今はちょっと」と言えば、「そういうのはやってないんで」と白坂がよくわからんお断りをする。

 新木は「じゃあ二人じゃなくていい」と続けた。


「あの時のこと謝りたいの」

「……」

「ごめんなさい」


 しっかりと聞こえた謝罪の言葉。一瞬だけ間が空いて「私、あの時ね」と続くと、次に聞こえたのは白坂の声だった。


「えっ! ちょ、待って! あたしらいない方がいいよね!? 比永くん、あっちでお城作ろ!」

「エッ、お城!?」

「あー……私は大丈夫ですよ。瀬名が嫌じゃなければ」


 お前の話をするんだろ、あの時の私の話をするんだろ。なのに何で俺が嫌なのか。

 二人で向き合う方が断然嫌なんだが。


 背中に何かが当たる。智也だ、肘でトントンと促してくる。

 ハアとでっかい息を吐いてとりあえず体を動かした。真っ直ぐ新木を見るのは難しいが、せめて背中を向けた状態はやめよう。

 体を右に捻ったせいで視界には白坂がいた。今更左に捻るのも怠いのでこのままでいい。


「……もしかして、えーと、シラサカさん? は気付いてる感じ、ですか」

「エッ、アー、ドウデショウ……」

「へ、何で白坂さんが分かるの?」

「やっ分かんないよ! ただえっと、ちょっと? 思うところは、ありました、が」


 言いながら俺へ視線を向けた白坂と目が合う。

 うぐ、と唇を噛んだかと思うとぷくっと頬を膨らませた。なんだ、それ。どういう感情? 敵意か?

 流れる沈黙は白坂の言葉を待っている。

 白坂は俺から智也へ視線を動かした。


「これはあたしの感想だよ? 瀬名くんって実はさぁ……声が」


 声?


「ほら、最近ちょっとあたしに懐いてきたじゃんか」

「誰がだ」


 思わず爆速で突っ込んでしまった。


「ほらあ! 聞いた? 比永くん」

「……白坂さんはちづの声が実はイケボだと言いたいんだね?」

「うん。最初の頃とかはほら、アレだったじゃん。余所行きの声」

「ただ上擦ってただけなんだけどね、アレね」

「アレはアレで可愛かったんだけどさ。あたしの中にあるヒーローが疼く感じだったんだけどさ」

「庇護欲ってやつだ?」

「違う違う。ヒーローが疼くって言ったの」

「だから庇護欲が」

「え、ちょっと何言ってんのか分かんない。もう一回言って。ひ……? ムズ。誰です、それ」


 白坂が深く深く眉間にしわを刻んで智也が頭を下げた。申し訳ないと。

 ツッコミもしなかったのは話が進まないと判断したからだと思う。庇護欲が人名じゃないと言ったら長くなるだろう。そして白坂は飽きる。

 俺らもだいぶ白坂に慣れてきたもんだ。


「で? ちづの声がイイことが何か?」 


 どうでもいいが俺は今ちょっと顔が熱い。

 褒められているのだ、俺は。多分。

 やめてくれと言いたい気持ちはあるが声を出すことに抵抗がある。

 なんかもう、ちょっと、新木関係なくここにいるのがキッツイ。

 突っ込んで聞く智也を後ろから情けなく睨んでいると、答えたのは白坂ではなかった。


「私ね、あの時瀬名のこと意識し過ぎてたんだ」



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