リチャードソン・プラン

 アメリカ合衆国・カリホルニア州にあるサンディエゴは西海岸のみならず全米有数の都市である。

 メキシコ国境に位置する交通の要衝であることから日本をはじめ外国企業が多数進出する国際商業都市であり、年間を通して温暖な気候を活かした観光業も盛んである。

 

 ビーチにはシーズンともなれば大勢の海水浴客が詰めかける。

 六月はその初めにあたり、最盛期ほどではないが、すでにシーズンを待ちかねていた人々の姿が夏を楽しんでいた。

 梅雨にあたる日本の六月とは違い、サンディエゴの六月はむしろ雨量の少ない時期でからっとした晴天が続く、長い夏の序章としては打ってつけの季節なのである。

 

 ビーチから離れた場所には合衆国海軍にとって西海岸最大の拠点であるサンディエゴ軍港がある。

 この街は軍港の他にも海軍航空隊の飛行場と海兵隊の基地も所在する「海軍の街」なのであった。

 

 軍港内には合衆国海軍太平洋艦隊の司令部もあったが、その庁舎は、それ単独で日本の連合艦隊に匹敵する戦力を有し、世界最大の戦力を擁する合衆国海軍の水上戦力を二分する艦隊の司令部としては、むしろ慎ましいような印象を与える建物であった。その理由は太平洋艦隊がたどった歴史が深く関係している。

 

 太平洋艦隊は大西洋艦隊と並ぶ合衆国海軍の二大艦隊であるが、同艦隊が「合衆国艦隊太平洋分遣艦隊」から昇格し、大西洋艦隊と同格の艦隊とされたのはフランクリン・D・ルーズベルト政権時代のことであるからさほど古い話ではなかった。

 

 陸軍と同様に南部連合を第一の仮想敵国とする方針から合衆国海軍も伝統的に大西洋を重視しており、太平洋には必要最低限の戦力を分遣艦隊として置いているに過ぎなかった。

 それは太平洋を挟んで対峙する隣国―日本の軍事力に対する合衆国の評価の反映でもあったが、日露戦争がその認識を修正する契機になった。

 

 日露戦争で日本は満州の戦場では敗北し、辛うじて韓国と遼東半島を守り切ったに過ぎなかったが、海上では黄海海戦と日本海海戦の二度の勝利により当時イギリスに次ぐと称されていたロシア海軍を壊滅させてしまったのである。

 

 日本は国力の伸長にともないその海軍を拡大していくが、合衆国もそれに対抗して太平洋側の海軍戦力を増強していった。

 合衆国が日本を南部連合に次ぐ、あるいは同等の仮想敵国として想定することは、伝統的に陸軍の下風に置かれていた合衆国海軍の政治的地位を向上させることにもつながった。

 

 現実的な必要性と政治的思惑の結果として太平洋分遣艦隊は増勢を重ね、ついには大西洋の合衆国艦隊本隊と同等以上の戦力を有するようになった。かくして太平洋艦隊は成立したのである。

 

 サンディエゴは太平洋分遣艦隊時代からの太平洋艦隊の母港であり、司令部庁舎も分遣艦隊時代のものを引き続き使用している。

 しかし、分遣艦隊時代と比べて司令部要員も増員されたため、さすがに手狭になっている。

 そのため、現在軍港近くにある小高い丘の上に新しい庁舎が建設中であった。

 

 しかし、一九四一年六月現在においては、合衆国海軍太平洋艦隊の頭脳と神経たるべき人々は相変らず手狭で古い建物の中で働いていた。

 

 「もはや洋上の艦に司令部を置いて指揮をする時代でないのはわかるが、こう陸にばかりいたんじゃ自分が海軍軍人だってことさえ忘れそうになるな」と、合衆国海軍太平洋艦隊作戦主任参謀、フォレスト・P・シャーマン大佐は、目の前で彼が中心になって作成した作戦案を手繰っている上官の姿を見るともなく見つつ、そんなことを考えていた。

 

 初夏の陽光が差し込む大平艦隊司令長官室には今、三人の参謀たちと彼らの上官たる太平洋艦隊司令長官がいた。

 参謀たちは三人掛けの応接椅子に腰かけているが、真ん中が参謀長のリッチモンド・K・ターナー中将。両脇に航空主任参謀のクラレンス・W・マクラウスキー少佐と、作戦主任参謀のシャーマンが座っている。


 今、彼らとテーブルを挟んだ向こう側の一人用の椅子に腰かけている、太平洋艦隊司令長官ジェームズ・P・リチャードソン大将が目を通している作戦計画書は、この三人を中心に作成されたものだった。

 

 書類から目を上げたリチャードソン大将はため息をつくように言った。


「成功確率五〇パーセントか……予想したとおり、いや予想以上に分の悪い作戦となったが、やむを得んと見るべきだな?」

 

 上官の問いかけに最初に反応したのはターナー参謀長だった。


「長官、確かに成功の可能性はありますが、あまりにもリスクが大きすぎます。これでは我々は開戦劈頭に貴重な空母戦力を壊滅させられることになりかねません」

 

「ああ、わかっている。しかし、作戦部の要求どおり『一年以内の短期に日本を屈服させ得る作戦』となればこれくらいのリスクはやむを得まい」

 

 リチャードソンは参謀たちにそう返したが、言っている本人も自分の言葉の正当性を完全に信じているわけではないようだった。

 

 それに対してシャーマン作戦主任参謀が応えた。


「やはり一年以内に対日戦に勝利するという目標自体に無理があると考えるべきです。作戦部に伝えて再考を促されてはいかがです?」

 

 作戦部は日本海軍における軍令部に相当する存在であったが、日本にいる彼らの同業者と同様に(あるいは軍隊という機構の宿命として)軍令を担う機関と実戦部隊の司令部との関係については悩みが尽きない。

 どうしても職掌が重なり合う部分が大きく、役割の分担が難しいのである。

 

 中央で軍令を担う機関に権限を集中させると、実戦部隊の与り知らぬところで前線の将兵の死命を決する作戦が決められるということになりかねない。

 かと言って、実戦部隊の権限を強め過ぎると今度は軍令が形骸化し、実戦部隊の独走さえ招きかねない。この問題に最適解というものはなかった。

 

 今のところ、日本人たちは軍令機関の長と実戦部隊の司令官が兵学校の同期で気心の知れた仲ということを利用して、なんとかうまくやっているらしかった。

 

 合衆国海軍の場合、同格の実戦部隊が二つできたためにさらに問題がややこしくなっていたが一応、作戦部が大枠の方針を決め、両洋艦隊の司令部はそれを実行するための戦術レベルの作戦を立案とするという役割分担がされることになっていた。


「しかし、現実問題として我々は空母戦力で非常に不利です。仮に短期決戦方針を採らないとしてもこの差を埋めるための作戦は必要なのではありませんか?」

 

 そう言ったのはマクラウスキー少佐だった。

 彼は太平洋艦隊参謀になる前は空母“レキシントン”の飛行隊長を務めていた人物で、軍歴のほとんどを航空部隊で過ごした生粋の航空屋だ。

 少佐の階級で太平洋艦隊主任参謀や主力空母の飛行隊長に任命されていることがその能力を証明していた。

 

 マクラウスキーが言ったのは現状の的確な要約だった。現在合衆国海軍が保有している空母は中型以上の正規空母に限定すれば七隻で、そのうちの五隻が太平洋艦隊に配属されていた。

 

 対して彼らが対峙する日本の連合艦隊グランド・フリートは八隻の正規空母を保有していた。

 一応、合衆国の空母のほうが一隻あたりの搭載機は多いとはいえ、数的な不利は明らかだった。

 

 ちなみに現在、世界の海軍においては「艦隊決戦論」と「航空主兵論」の対立があった。

 前者は大口径の火砲と重装甲を備えた軍艦―つまりは戦艦を決戦兵器として重視する伝統的な見解。

 後者は新興の兵器である航空機が戦艦をも撃沈し得るとしてこれを新時代の海戦の主力とする考え方であった。

 合衆国海軍の中では例えば、作戦部長のハート大将やリチャードソン大将が前者、大西洋艦隊司令長官のキング大将やターナー中将が後者に近いと見なされていた。

 

 ちなみにロンドン海軍軍縮条約やその後継の大阪海軍軍縮条約で対英米に対して少ない戦艦の保有量しか認められなかった日本は、その不利を補うべく空母の建造に注力。

 結果的に小型のものも含めれば世界でもっとも多くの空母を保有する国になった。

 

 もちろん日本にも艦隊決戦論と航空主兵論の対立はあったが、多くの艦隊決戦論者は補助戦力としての空母を重視していたし、それに搭載された航空機は場合によっては戦艦の戦闘力を奪いかねない脅威と見なしていた。


「それならば来年になれば新型のエセックス級が配備される。空母戦力の不利は近い将来補いがつくのだ。焦ることはない」

 

 シャーマン大佐が反論した。


「しかし、日本も合衆国と同等以上の世界最高水準の造船能力を有しています。日本人が空母戦力の逆転をそう簡単に許すとも思えません。なにより彼らは我々と違い、すでに戦時生産体制に入っているのですよ」

 

 マクラウスキーがさらに反論する。

 

 それに対して何か言いかけたシャーマンを止めたのは、リチャードソン大将の言葉だった。


「純軍事的には大佐の見解は正しいかもしれん。しかし、問題は我々にさほど時間がないということだ」

 

 リチャードソンはさらに続けて言った。


「……ここから先は国家の最高機密に属すること故、くれぐれも他言無用なのだが……」

 

 無論、そんなことはここにいる全員が承知している。問題はそれでも敢えて彼らの司令長官がそれを強調したということだ。


「君らも知ってのとおり、現在日本のコウベで石油交渉がなされているが、作戦部経由の情報によると状況は芳しくない。さらに作戦部の試算によれば仮に日本と南部人たちと開戦した場合、早ければ一年、遅くとも二年以内に戦争のための石油が枯渇するそうだ。つまり現在の状況で対日戦を想定する場合、短期決戦しか道がないということだ」

 

 リチャードソン大将はそこで一呼吸おいてから、命令を下した。


「フォレスト、クレア(マクラウスキー少佐のファーストネーム“クラレンス”の愛称)と二人で作戦案の詳細を詰めてくれ。参謀長、明日から訓練を開始するのだ。我々は米日が開戦した場合、ヨコスカとサイパン島を同時に奇襲する」

 

 「ああ、それから」と太平洋司令長官は彼の参謀長にさらに命じた。


「この作戦案を作戦部に伝えてくれ。このリチャードソンの作戦案としてな。『実行はは不可能ではないが、極めて困難。可能ならば再考されたし』と付け加えるのを忘れるな。これで政府が戦争を断念し、交渉をまとめてくれるのが我々にとってもベストなのだからな」

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