初めての町「バルトニア」 ⑤


外は夜だった。

雲一つなく夜空もきれいな上、風が少し吹いていてとても気持ちがいい。

この町の少し外れた場所にある、一面草原の場所にアザレアがいた。

そして僕に気づいて、詠唱を止める。


「マスター。どうかしたのかしら?」

「なんとなく話がしたくて来ただけ」


まぁ、嘘は言っていない。


「変な奴だ、まぁいいわ。何を話しましょうか」


本当は面倒だけど……これだけは今回の作戦にも影響するから確認しておかないといけない。


「アザレアは……ロイのことどう思っているんだ?」

「もちろん、ぶっ飛ばしたいわ」


うーん、思った通りだ……

顔に出ていたのか、アザレアは少し笑う。


「わざわざ、面倒くさがりのあなたが私に話をしに来たから、どうせそんな話だとおもった」

「なんだ、ばれていたか」


アザレアはロイと違って頭がよく回るタイプだから隠しても仕方ないか。

仕方ない。ストレートに言おう。


「明日の作戦、アザレアとロイには恐らくすごく負担がかかる。その状況でアザレアとロイが喧嘩したら……最悪の可能性が高いからね。一応確認かな」

「……」


アザレアはどのように話そうか考えているようだ。

答えが返ってこない間も風が吹く。

とても心地の良い、草の青臭い匂いが乗っている風が。

アザレアは僕の方向ではなく斜め上を見上げて、満天の夜空の星を見ながらゆっくりと口を開いた。


「もちろん、今でもあいつはぶっ飛ばしたいと思っているわ。でも、それは絶対に今じゃないと思っている」

「……」


僕は黙る。

アザレアの本心が聞きたい。

アザレアは星を眺めながら、呟くかの如く話を始めた。


「考えが変わったのは、酒場でのあいつの行動かな。正直、あの大男は私が消し炭にするつもりだった。でも、私より先にあいつは動いていた。自分とは異なる種族にもかかわらず、私以上に怒っていた。あいつは……ロイは本気で憎しみ合いの無い世界を作りたかったんだろうなと思えたのよ」


アザレアは夜空を見るのをやめ、こっちを向いて少し笑いながら話す。


「ただ、あいつは本当に不器用だから、私を殺せば世界がそうなると本気で思っていたようだけどね」


僕には、アザレアの本当の気持ちは推し量ることはできなかった。


ロイは勇者で人間の希望、

アザレアは魔王で魔族の希望。


つまり、世界規模で見れば二人は戦わなければならない。

もちろん、僕がこの世界に転移してこなければどちらかが勝って、この戦いは終わったのだろう。

魔王としてのアザレアはそのつもりだったはずだ。


だが、運命はそうならなかった。

僕が割り込んでしまったせいで、その戦いには一時的に中断を余儀なくされた。

ずっと、アザレアにとっては人間の希望を打ち砕けるチャンスであったにもかかわらず。

気まぐれで僕の旅についてきてしまった。


そして、今回の酒場の一件でロイの本心を知ってしまう。

本当に不器用だけど、人間・魔族の種族で判断しているのではなく、あくまで憎しみの無い世界を作りたいという素直な思いを。


その思いに対して、魔王としての立場でどうとらえればよいか恐らく悩んでいるのかもしれない。

このちょっとした話の中でその断片を感じることができた気がした。


「そうだね。あいつは本当に素直な馬鹿だから……でも、僕も恐らくあいつが暴れなければ面倒事だと思って無視していたかも……ってこれはどこかで話したか」


まぁ、僕には軽い冗談を言うことぐらいしかできなかった。

ただ、これで聞くべきことは聞けたし、安心もできる。

これで準備さえ整えば、作戦は成功するはずだ。


「じゃあ、僕はここで。明後日の本番に向けて、頑張ろうね~」

「頑張ろうって、あんたは当日まで何もしないじゃない……」


アザレアは呆れているものの、悪い気はしていないのかこっちに手を振ってくれた。

そしてスッと真顔に戻り詠唱を再開する。


さすがにこれ以上邪魔はできない。

なんせ、アザレアが一番重要なところを準備してくれているのだから。

僕は、そのまま宿屋に戻って寝た。


そして次の日は、アザレアは全く帰ってこず、

ロイは武器の整備を部屋でずっとしていた。

いつもと違って、とても真剣な眼差しで。


僕はというと、丸一日マツリと遊んで、寝ただけだった。


そして、作戦決行日がやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る