2-3. 初戦闘
ツギハギの姿形は事前に教わった通り。
しかし、その醜悪さは想像を遥かに上回った。
繰り返し修繕された人形というのは、随分とまあ穏やかな表現だ。確かに素材感は人形に似ているが、私の目には無残に引き裂かれたモノを強引に縫い合わせたようにしか見えない。何より不気味なのは、頭部にある崩れた目だ。子供が見れば大きな声で泣くに違いない。
「レイア、手筈は覚えているか」
「もちろんよ」
とても恐ろしいが、ツギハギの色は青。
フィーネの説明通りならば問題なく倒せる。
私は短刀を握り締め、軽く息を整える。
そしてツギハギの足元付近を見ながらレイアに声をかけた。
「頼む」
「あんたこそ失敗しないでよ」
「努力する」
レイアが頼もしい。
実際に魔物を目にしても全く動揺していない。
さて、難しいことは行わない。
レイアがツギハギに小石を投げ、半時計周りに移動しながら注意を引き付ける。私は時計回りに移動して敵の背中を取り、胸の位置にある魔石を突く。
彼女をおとりにする作戦だが、ツギハギの攻撃手段は魔法のみ。速度も遅いらしいから、遠距離なら容易に避けられるとフィーネが言っていた。それに、私達の武器は母の形見の短刀しかない。役割分担としては、妥当であろう。
ツギハギは、じっとこちらを見ている。
動きは無い。鳴き声をあげることも無い。
私は呼吸を止め、ゆっくりと時計回りに移動を始めた。
何歩か離れた後、レイアに目で合図する。
彼女は頷いて、右手で握り締めた石を投げた。
投石。そして疾走。
「ミギィィィィィ!」
ツギハギが鉄を引き裂くような奇声をあげた。
そして小さな手を胸の前に当て、魔力の渦を作り出す。
(……情報通りか!)
青いツギハギが使う魔法は
高密度に圧縮した水を飛ばす魔法である。
(収束が早い!)
私は魔法を使えないが、祖国では魔法を見る機会が多かった。このため魔力の流れ を理解することができる。
(来るっ!)
瞬間、ツギハギの胸部付近から水弾が発射された。
「えっ、はやっ──」
それは一直線にレイアの元へ向かう。
彼女は微かに悲鳴をあげながらも、どうにか水弾を回避した。
その後、水弾は直線上にあった壁にぶち当たり、大きな破裂音と共に壁を砕いた。
あんなもの当たれば無傷では済まない。
私はゾッとしていると、ツギハギは二発目の水弾の準備を始めた。
狙いは変わらずレイアである。
しかし、今度は私の方が早い!
「取った!」
無防備な背中。
私は短刀を突き立て、グッと押し込んだ。
何か柔らかい物を突き刺すような感覚。私が形容しがたい不快感を覚えていると、ツギハギが悲鳴のような金切り声をあげた。
(……まさか、外したのか!?)
魔石を砕かれた魔物は消滅する。
しかし目の前のツギハギは消滅していない。
私は混乱してしまった。
瞬間、ツギハギの頭部が後ろに折れる。
そして、崩れた両目が私を映し出した。
「ミギィィィィィ!」
全身に鳥肌が立つ。
私は悲鳴が出そうになる衝動を必死に抑え、短刀を引き抜いた。
「しまっ」
気が付いた時には遅かった。
振り返ったツギハギは水弾を完成させており、それを私に向けて放った。
──ほぼゼロ距離。
私は離れた位置にあった壁が砕けたことを思い出して、死を覚悟した。
無意識に短刀を掲げる。
瞬間、大きな音がして、私は眩い光に包まれた。
(……痛みが、無い?)
無意識に閉じていた目を開く。
握り締めた短刀が、淡い光を放っていた。
(……水龍の加護!)
また母が護ってくれた。
それを認識すると同時に、視線をツギハギに移す。
(……胸部の光り。あれが魔石か?)
軽く腰を下ろし、地面を蹴る。
そして光っている部分に短刀を突き刺した。
柔い石を砕くような手ごたえがあった。
ツギハギは声を出さない。
魔石を砕かれ、灰になって崩れ落ちたからだ。
「……終わり、なのか?」
私は短刀を突き刺した姿勢のまま呟いた。
ふらふらと後退して、ツギハギが存在したはずの場所を見る。
あの醜悪な魔物は、どこにも存在しない。その代わり、地面に微かな灰と、薄紫色の小さな石が落ちていた。
「やったわね」
レイアの声。
私は微かに笑みを浮かべて近寄ってくる彼女を見て、ようやく戦闘が終わったことを認識できた。
緊張が解け、ドッと汗が湧き出す。
こんなことは初めて魔物と戦ったとき以来だ。
「これが魔石? ひとついくらで売れるの?」
レイアは地面に落ちた石を拾うと、それを不思議そうに見ながら言った。
私は一度、強く息を吐く。それから彼女に返事をした。
「大きさによって変わるが、一層の魔石は100マリ前後だと聞いている」
レイアの肩が微かに揺れた。
「へー、そっか」
しかし、彼女が口にした言葉はそれだけだった。
「今日あと何個必要なの?」
私はその態度が気になったが、その取り繕うような笑顔を見て、深く追求することをやめた。
「最低でも60個ほど集めなければ、今夜は野宿だ」
「うへー、大変じゃない」
「すまない。だが、手伝ってくれるとありがたい」
「私に拒否権なんてないわよ。そういう契約なんだから」
レイアが不機嫌そうに言った直後、また壁が割れる音がした。
会話中断。私は音の聞こえた方角に目を向け、短刀を構える。
「レイア」
「分かってるわよ」
そして、次の戦闘を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます