黒豚の優雅な復讐 ~「お前は醜い」と追放された王子、美醜逆転世界で虐げられた美少女達と共に幸せを摑む~

下城米雪

1.プロローグ

1-1. 心だけでも美しく

 私の名はクォディケイド。

 フラーゼ王国の王子として生まれた。


 兄弟は私を含めて八人。

 五人の姉と、二人の兄である。


 皆、美しい外見をしている。

 純白の肌と金色の髪。そして蒼い瞳。


 私だけは真逆だった。

 

 褐色の肌と黒い髪。濁った茶色の瞳。身体は肉体労働をする奴隷のように大きく、筋肉質でデコボコしている。


「お前は醜い」


 兄や姉と会う度、そう言われた。

 給仕でさえも私を見ると嫌な顔をした。


 露骨な嫌がらせを受けることもあった。

 聞こえる声で侮辱されることもあった。


 幼い頃、一度だけ母の胸で泣いた。


 なぜ私達だけがここまで虐げられるのか。

 どうして私達は、こんなにも醜い姿で生まれてしまったのか。


 母は私の背を優しく撫でて言った。


「心だけは美しく生きなさい」

「いつか必ず、報われる時が来ます」


 私は今は亡き母の言葉を忠実に守った。

 誰かに喜ばれることを考え、行動した。


 その結果──


「クド、貴様の国外追放が決まった」


 一番上の兄であるデュークによって、その言葉を告げられた。


「理由は、説明するまでもないな?」


 私の努力は、報われなかった。



 *  *  *



 国外追放には理由が必要となる。

 対象が犯罪者ならば容易いが、私は王族である。


 兄上さま達は国民に対してどのような説明をするのだろう。私の小さな疑問は、たった一枚の紙によって解消された。


 容姿が醜いこと。

 保有するスキルが役に立たないこと。


 以上の理由から王族として相応しくない。

 そのような説明が、淡々とした表現で記されていた。


「クド、本当にすまない」


 ここは船の中。

 罪人を運ぶような狭い部屋。


 私の前に現れた二番目の兄、エドワードは深く頭を下げた。彼は私に優しく接する唯一の人物である。


「心から残念だ。結局、最後までクドのスキルを発動させることができなかった」


「兄さまが気に病むことはありません。私の落ち度です」


 すべての人類はひとつのスキルを有する。

 スキルによって得られる力は、人生を左右する程に大きい。


 王族は皆、固有のスキルを有する。

 私のスキルは相頼切磋リバリエ・フィアンス。鑑定によると、強い信頼関係によって発動するらしい。


 しかし八歳でスキルが発現してから今日までの十年間、一度も発動していない。


「私は、兄さまを心から信頼できなかったのかもしれません」


「言うな。クドは悪くない。あれだけ虐げられ続けたのだ。仕方の無いことだ」


 兄さまの言う通り、私は他人を心から信頼することができない。


 もしも母が健在ならば結果は変わっていたかもしれないが、母は私にスキルが発現するよりも早く旅立ってしまった。


 私は彼を心から信頼している。

 しかしスキルは発動していない。


 思い当たる理由は有る。

 それは、心の奥底にある醜い嫉妬だ。


 私も彼のような姿で生まれたかった。

 白い肌。金色の髪。蒼い瞳。程よい背丈と美しい身体の線。


 他の兄弟達と同じ容姿だったら、どれだけ良かっただろう。


 心だけは美しく。

 母の遺言を胸に刻みながらも、醜い嫉妬の念が消えたことは無い。


「クド、外の空気を吸ったらどうだ?」


「外、ですか?」


「今のクドは酷い顔をしている。こんな空気の悪い場所に居ては、悪化する一方だ」


 彼は柔らかい笑みを浮かべて言った。

 私は軽く息を吐き、その提案に従った。



 *  *  *



 兄さまの言った通り、外の空気を吸うと、少しだけ気分が晴れた。


 どこまでも続く海と空。

 広大な世界を見ていると、自分の悩みがちっぽけなことに思える。


 しかし、その時間は直ぐに終わった。


「あらあら、黒豚ちゃんじゃない」


「……ソフィア姉さま」


 少し離れた位置から私に声を掛けたのは、一番下の姉、ソフィアだった。


 彼女は切れ長の目を鋭く細め、私を嘲笑うような態度で言った。


「本当に醜い姿。私の人生において、あなたの存在は唯一の汚点ですわ」


 私は唇を嚙み、感情を殺して一礼する。


「本日は同乗頂き、ありがとうございます」


「ふんっ、実に損な役回りですわ!」


 彼女は魔物を操るスキルを有している。

 人は海上では無力である。彼女の存在は、航海における危険度を著しく下げてくれる。


「エドワードに感謝することね」


 最初、私は小さな船で運ばれる予定だった。しかしエドワード兄さまの懇願によって王族用の大きな船が使われることになった。


 その結果、兄さまの護衛役としてソフィア姉さまも船に乗ることになった。


 感謝している。

 兄さまの計らいが無ければ、私はまともな食事をすることもできなかったはずだ。あるいは海の魔物に襲われて、国外へ辿り着く前に船が沈んでいたかもしれない。


 顔を上げる。

 姉さまが楽しげな表情をしていた。


「何を笑っているのですか?」


「……いえ、なんでもありませんわ」


 ──大きな音がした。

 その直後に空が暗くなった。


 顔を上げる。

 巨大な影が船の上を通り過ぎた。


 また、大きな音がした。

 舞い上がった海水が雨のように降り注ぎ、私の身体を濡らした。


「……クラーケン」


 それを見て私は呟いた。

 八つの脚を持つ魔物であり、多くの船が、あれに沈められている。


 小型の船ほどの巨体と、海中を馬よりも速く動き回る敏捷性。そして大砲を受けても千切れない強靭な脚。


 クラーケンは、海上において死を象徴する魔物の一種である。


「ソフィア姉さま!」


「黙りなさい! もうやっているわよ!」


 このような場合に備えて彼女が居る。

 しかし──


「噓、なぜ、なぜ言うことを聞かないの!?」


「そんな……」


 目に映ったのは恐怖に歪んだ表情。

 そして次の瞬間、船が大きく揺れた。


「いやぁぁぁぁ!」


 彼女が悲鳴を上げる。

 ふと背後に気配を感じて振り返ると、船体に張り付いた化け物の姿があった。


「クド! なんとかしなさい! 魔物退治はあなたの仕事でしょう!」


「しかし、このような相手……」


「口答えするな! なんとかしなさいよ!」


 私は唇を嚙み、腰に差した短刀を構えた。

 美しい蒼い刀身を持つこれは、母の形見。


 王族には魔物から国を守る責務がある。

 しかし危険が伴うため皆やりたがらない。


 だから私が積極的に引き受けていた。

 そういう意味で、彼女は「あなたの仕事」と言った。


 しかし、しかしである。

 王都は安全な位置にあるため、このような魔物は本の中でしか見たことがない。


 ……どう、すれば。


 私など豆粒のように思える程の巨体。

 このような相手に短刀ひとつで勝てるわけがない。


「早くしなさい!!」


 金切り声に背中を押され、私は突撃した。

 とりあえず斬る。魔法を使えない私に許された攻撃手段は、それしかない。


 雄叫びを上げ、気持ちを奮起させる。

 そして一直線に走り、船に張り付いた脚に短刀を刺した。


「斬れない!?」


 しかし何かヌメッとした感覚と共に短刀が滑る。

 

「──しまっ」


 驚愕によって生まれた一瞬の硬直。

 私は魔物の脚に身体を摑まれ、空高く持ち上げられた。


「このっ、放せ! 放せぇ!!」


 全身に力を込める。

 しかし、空中で足をジタバタとさせることしかできない。


 このまま海に沈められる?

 それとも遠くへ投げられる?


 どちらも死は免れない。

 生きる道は脱出以外に無い。


 だが、私にそのような力は無い。


 ……これまでか。


 諦めて目を閉じる。

 死を覚悟した直後、急に動きが止まった。

 

 ……なんだ?


 閉じていた目を開く。

 顔があった。ソフィア姉さまの、心から楽しそうな笑顔があった。


「良い演技だったでしょう?」


「……えん、ぎ?」


「ぷっ、あはっ、あはは、間抜けな顔! 何が起きたか理解できないのかしら?」


 彼女はケラケラと腹を抱えて笑った後、身動きの取れない私の耳元で言った。


「あの程度の魔物、私が操れないわけないじゃない」


 口の中が急速に乾くのを感じた。


「あぁ、晴れやかな気分だわ。私の人生における唯一の汚点。あなたのような黒豚を処分できる日を、ずっと、ずっとずっと、ずーっと待っていたの」


「……ソフィア、姉さま?」


「醜い姿。程度の低い頭。魔法が使えない。スキルは発動しない。あぁ、あぁ、このような汚物が弟だと思うだけで、鳥肌が立ちますわ。だからこそ、本当に、本当に、晴れやかな気分ですわ」


「お待ちください。何を言っているのか」


「じゃあね。哀れな黒豚ちゃん」


「待っ──」


 言葉を発することはできなかった。

 物凄い速度で投げ飛ばされたことに気が付いたのは、船が遠く離れた後だった。


 ──心だけは美しく生きなさい。


 ふと脳裏に浮かんだのは、母の言葉。

 私はその遺言に従って、心だけでも美しく生きようと努めていた。


 何の意味も無かった。


 形容しがたい感情がある。

 しかしそれを表現するよりも早く、私の意識は途絶えた。

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