シェアハウス
東風
天罰。もしくは、自業自得。
「これは天罰だ」
かつて、とある政治家は震災について、そう言ったらしい。今のメディアは何かと誇張する傾向がある。言葉の端っこを切り取って、世間様の反応しそうなものに加工する。世の中に不満のあるやつが、それを焚き付けて、煽って、
「世界の神話の多くに、人々の神への信仰を疎かにしたことや不正などが続いたことを神が嘆き、怒って、人間を滅ぼそうと大洪水、もしくは大災害をおこす、なんて話はよくある。
最も有名なのは『ノアの箱舟』だろう。神話として有名なギリシャ神話にも『デウカリオンの大洪水』という同じような話があるし、世界各地の神話や日本にもそのような話がある。
そうしたものの多くが実際にあった災害が元になっていると言われている。人々を飲み込む洪水が、天罰によって引き起こされたものと考えるのは、直感的で、非常に分かりやすい。
故に、彼が天罰と言ったことについて、ボクは人間として否定できるものではないと思う。けれど、それを踏まえた上でボクは思う。
天罰が引き起こされてなお生き残ったボクらに、はたして信仰心はあるのだろうか。
あの災害で生き残ったボクらは、神に愛されているがゆえに生き残ったのだろうか」
――ボクらが生き残ってしまったことに、意味はあるのだろうか。
「知るか」
オレはやつ――白川の言葉をそう一蹴した。それに対し、白川は少し驚いた様子だったが、すぐに笑って、
「黒田くんは相変わらずだね」
そう言った。なんだか、その言い方はまるで、オレがそう言うのが分かっていたようだった。
オレも白川も同じシェアハウスにいる住人だ。オレを「くん」付けで呼ぶあたり、白川はオレよりも年上なのだろうと思うが、実際のところ何歳か分からない。というか、性別すらもよく分からない。更には仕事をしているのかも分からない。妙に芝居がかった話し方は胡散臭く、やつの得体の知れなさを余計に煽ってくる。白川は自身のことをこのシェアハウスの管理人だと言っている。
確かに、常に共有スペースにいて、シェアハウスにいる住人と交流しているようだが、実のところよく分からない。
一方のオレは、数年前からこのシェアハウスにいる。けれども、基本的には引きこもりを決め込んでいて、他の住人との交流はないし、面識もない。だが、白川はどんな時でもこの共有スペースにいるものだから、やつとだけは唯一交流があった。
共有スペースとは、シェアハウスにある住人たちが共有して使用している場所であり、今オレたちがいるスペースだ。そこに置かれた様々なものは、住人それぞれの所有物らしい。
例えば、壁に飾られているいくつかの写真。これは、灰島という人のものだ。その人ものというよりも、彼が撮った写真が飾られているらしい。風景を撮るのが好きなのか、写真はどれも植物やどこかの山、空などが写っている。
他にも、スペースの一角には華やかものが置いてある。花とか石などを入れた、確か、ハーバリウムとかいう置物や何か手作り感あふれる置物を飾っているのは、
そんな共有スペースで最も場所を取っているのが、桃山という人の物だ。彼女は化粧や小さい小物が好きなようで、且つコレクションするのが趣味なのか、そうしたものが狭い棚の上に所狭しと置かれている。どうやら彼女は片付けが苦手らしく、それら全て雑然と置かれているので、ただのガラクタが置かれているようにしか見えない。
共有スペースには、当然オレも物を置いている。といっても、ノートや文房具、数冊の本を置いているくらいだ。自分が読んで面白かった小説や漫画をいくつか置いている。たまに位置が変わっているので、住人の誰かが読んでいるようだ。
そんな共有スペースに今いるのは、オレと白川だけだ。白川が突然、哲学的なことを言ってきたきっかけは、共有スペースに置かれているテレビだった。東北で起きた地震による大災害――東日本大震災。
それから時が経ち、そろそろ十年という時が経とうとしていた。そんな中、当時の映像や状況などを特集した番組が流れていたのだ。
地震発生の瞬間、津波や火災、原発事故、そして、その後の様子などが映し出されている。地震はあくまでも自然災害だが、原発に関しては人災だったという人もいる。それすらも、天罰の一つだったのだろうか。
そういえば、白川が話していたギリシャ神話に『プロメテウスの火』という話がある。自然の猛威に苦しむ人類を哀れんだプロメテウスが、人類に火を与えた。ゼウスは人類が火を持てばいずれ戦争をすると予言していた。火を与えられた人々はやがて、その予言通り戦争を始めた。
火とは文字そのままに火器、火薬、銃などを意味する。言い換えれば、戦争の道具とも言える。人間の持て余した火として、原子力エネルギーだと言われることがある。
第二次世界大戦中に作られたその爆弾は日本に落とされ、その悲劇は今日でも語り継がれている。皮肉にも、その原理を利用しているのが原子力発電であり、クリーンエネルギーとして福島の沿岸、浜通り地方では推進された。それが地震による津波をきっかけに、メルトダウンが発生。原子炉建屋内に充満し、ついに爆発を起こした。
そこで放出された放射性物質は風に乗り、福島県の沿岸部を人の帰らぬ土地へと変えた。除染などが進み、ある程度は戻れるようになってきたといっても、今なお原発に関わる問題は残され、それらは簡単に解決する様子はない。
いまだに苦しめているという意味では、天罰ともいえるだろうか。いや、見方を変えれば、人間自身の自業自得と言うべきか。
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