4-8 邪魔者は叩き潰すだけだ!

「村が……なくなってる?」

 

 マイラは殺伐とした風景を見て、それ以上の言葉を語ることができなかった。

 彼女だけじゃない。俺たち全員が衝撃を受けていた。

 王冠山に登頂するためオリゴン村のポータルへ移動したところ、かつての風景は失われていたのだ。

 かろうじて猫神教会や家屋の片鱗は残っているが朽ち果てており、人や猫の姿はない。フィールドと村の境界線は無くなり、村の中でもモンスターとのランダムエンカウンターが発生する状態になっていた。

 その原因は明らかだ。

 王冠山の山頂は黒い雲に覆われており、空全体へと広がっている。ディドロが復活したことで、猫神による守護の力が失われてしまったのだ。放っておけば、他の村や町も同じようになってしまうだろう。


「行くぞ。私達にしかできないことをやるんだ」

 アイリアの決意に満ちた言葉に仲間たちは頷き、王冠山へと歩き始めた。


 山頂に近づくにつれ周囲の空気は暗く濁っていき、モンスターの出現率も高くなっていった。

 しかし洗礼を受けた装備の効果は予想以上に大きかった。攻撃を受けたとしてもダメージは僅少で、しばらく移動していれば自然回復できる。俺たちは戦闘を繰り返しながらも、確実に先へと進むことができた。

 もちろん各自が操作に慣れてきたことも大きい。とくにアイリアは、敵が攻撃モーションを始めた際、とっさに回避行動ができるようになってきた。マイラも武器を単に振り回すのではなく、タイミングを合わせて打ち込めるようになっていた。


 外輪山を越えることで、ようやく火口の全体を見渡すことができた。

 火口の中央には白く輝く結晶体が立っており、黒い影が執拗な攻撃を加えている様子が見えた。

 黒い影は、あのディドロだ。


「走るぞ!」

 アイリアの掛け声とともに、俺たちは全力で走った。

 近づくにつれ、結晶体に亀裂が入っているのが見えてきた。

 この結晶体の正体は分からないが、ディドロの攻撃から守らなければならないことは皆が理解していた。


 と、その時、俺たちの前に男が現れた。

「またお前たちか……。邪魔をしないでいただきたいものだな」

 サラサラの金髪、襟の立った紺色の制服……ヴィルフレドだ。

 俺たちは足を止め、武器を構えた。

 

「ヴィルフレド、何をしようとしているのじゃ」

 俺はいちおう相手の真意を確認してみることにした。奴の態度を見る限り、誠意のある返答は期待できそうに無いが――。

「カスタマイズだよ、マヌル猫くん」

 いきなり横文字?

 何が言いたいんだこいつは?

「この世界が気に入らないんでね。自分の好みに合わせて変えようとしているだけさ。しごく普通なことだろ?」

 こいつ完全にゲーム感覚で世界を壊そうとしてやがるな。――まあゲームなんだが。

「力あるものがその力を行使する――それだけのことだ。弱きものは従うか、さもなくば失せろ!」

 何事かつぶやいたヴィルフレドの背後から、黒く大きな塊がぬっと現れた。

 猫のような姿をしているが象よりも大きく、コウモリのような羽が生えている――ディドロだ!

 その長く強靭な前脚の爪が、いきなりアイリアを襲った。

 僅差で回避行動をとるアイリア。

 地面に叩きつけられた敵の前脚に、マイラがバトルアックスを打ち込む。

 いい連携だ!

 カリサもボウガンを利用して遠方から防御力増強薬をアイリアに投げつける。

 

「チーカ、眼を狙えるか?」

「ちっす!」

 チーカが連射した手裏剣のひとつがディドロの眼に命中すると、怪物の苦悶の咆哮が響き渡った。

 回避から体勢を整えたアイリアは、敵の隙きを突いてブロードソードを喉元に叩き込む。

 アイリアとマイラが左右から挟み込むように連携を続けたことでディドロの攻撃が封じられる。

 

 各自が戦闘における自分の役割を理解したことで、無言のチームワークが形成されていた。

 準備を終えたナルの舞踏魔法が放たれると、怪物は地面に伏したまま動かなくなった。

 終わった……のか?


「驚いたな……」

 俺たちが息を切らしながら見守っていると、どこからかヴィルフレドが姿を現した。

「お前らがここまでやるとはな。猫神の洗礼を受けた……ということか」

 薄笑いを浮かべるヴィルフレドに警戒しながらも、アイリアが警告を伝える。

「降伏しろ。抵抗するなら容赦しないぞ」

「抵抗? そんなつもりはない。邪魔者は叩き潰すだけだ!」

 悲鳴のような叫び声とともに、バキバキと肉が裂けるような怪音が響き渡った。

 見ると、ディドロの背中が大きく膨れ上がり、体内から2本の触手が出現した。

 触手は鞭のようにしなり、予測不能な角度からアイリアとマイラに襲いかかる。


「きゃあっ!」

 直撃を受けたアイリアとマイラの体が弾き飛ばされた。

 こいつ、さっきより強くなっている!

 

「距離をとると危険じゃ! わしが陽動するから敵に取り付け!」

 俺は仲間に指示を出すと、敵の注意を引くように蛇行しながら、全力で走り回った。

 幸い、ディドロは2本の触手をまだ器用に使うことができないようだ。手裏剣で片目の視力を失っていることもあり、俺の動きに追いつくことができず、空振りを繰り返している。

 タイミングを見計らっていたアイリアが駆け寄り、敵に飛び乗ると、ブロードソードを突き立てた。

 その華麗な身のこなしは、彼女がコントローラーを意識せずに操作できるようになったことを物語っていた。

 その時――

「ボルトバレット!」

 チーカの忍術魔法が発動した。ほとばしる電撃が敵の背中に突き刺さったブロードソードを通じ、体内深くにダメージを与える。

 これは効いたはずだ。

 マイラがとどめを刺すためバトルアックスを振り上げたとき――

 ディドロの口が信じられないほど大きく開いたかと思うと、爆音とともに激しい炎が吹き出した。

 嵐のように容赦のない炎の放射に、俺たち全員が吹き飛ばされてしまった。

 

 なんて――強さだ!

 俺は絶望を感じながらも、なんとか立ち上がろうとした。

 しかし――できない。

 体が麻痺しているようだ。

 しかも自分のヒットポイントゲージをみると次第に減少している。

 毒の効果まで被ってしまったらしい。

 仲間は?

 仲間の状態を確認したとき、俺は絶望のどん底へと叩き落された。

 一人残らず、全員が麻痺し、体力が減り続けていたのだ。

 

 なす術もなく横たわっている俺たちに、ディドロの鋭い爪が襲いかかってきた。

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