2-9 いい子、いい子。怖かっただけだよね
石舞台の上で俺たちを待っていた巨大猫の頭上には、赤いネームタグで「テイタス」と表示されている。
優雅に波打つ美しい毛並みは、今回の依頼人であるオリゴン村のエザーに似ていたが、その体躯は遥かに巨大で、眼には怪しい赤い光が宿っている。牙をむき出しながらガルルルと低い唸り声を上げており、今にも襲いかかってきそうだ。
アイリアが剣を抜いて構えたとき、ナルが声を上げた。
「ちょっと待って。あたしに考えがある」
アイリアは戦闘態勢を維持したまま、ナルの行動を見守っている。たしかに彼女のファイヤーボムは哺乳動物系のモンスターには有効そうだが、詠唱中は無防備になるので、本来は敵に接近するべきではない。いったい何をしようとしているのだろうか。
「大丈夫。きっと仲良くなれるわ」
なにぃ!
やつを説得しようとしているのか!
「ナル、危険すぎる。猫の姿をしているが、奴はモンスターだぞ!」
俺の制止も聞かず、ナルは素手のままゆっくりとテイタスへと近づいていく。
「猫を警戒させないようにするには、急な動きを避け、ゆっくりと近づくこと」
ナルは生徒を指導する講師のような口調で講釈をたれながら、静かに前進する。
「敵意があると誤解されないように、目は合わせず、歯も見せない。体が小さく見えるように姿勢を低くするのも有効」
驚いたことに、テイタスは攻撃をしてこなかった。いつのまにか唸り声も消え、針のように尖っていた瞳孔が、次第に丸みを帯びてくるのがわかる。
「いい子ねー。いい子、いい子。怖かっただけだよね。もう大丈夫だからね」
そう言いながらナルが手を差し伸べると、テイタスは穏やかな表情で前方に踏ん張らせていた前足をゆっくりと畳み、体重を重力に預けた。そのリラックスした姿は、まさに猫そのものだ。この猫は人を襲ったと聞いたが、もしかしたら人間のほうに原因があったのかもしれない。
俺が自分の先入観を顧みようとした時、肉を裂くような音がした。
ガブッ
テイタスがナルの左手に噛みついていた。
「だいじょう……」
ナルは青ざめた表情のまま、満足そうに笑ったが、セリフを言い終わらぬうちに胴体までテイタスに噛まれ、ボフッという効果音とともに全身が消滅してしまった。
どうやらテイタスがリラックスしたのは、相手を確実に殺せると分かったからだったようだ。
「ナルーッ!」
叫びながらアイリアが突進した。
「チーカ、ボルトバレットを!」
「ッケー!」
俺が指示を出すと、チーカは体の前方で指を組み、忍術の印を結び始める。
「カリサ、何か攻撃手段をもっているか?」
アイリアが敵にロングソードを叩き込む様子を注視しながら、俺は背後の新メンバーに期待をかける。
「わたくしは錬金術師。攻撃手段など、もっているはずがないでしょ」
仲間がやられたってのに、まるで自分には関係ないといった言い草だ。
「では、使えそうな道具や、薬品などはどうじゃ?」
「ふ。わたくしは研究するのが仕事。物騒なものは持ち合わせていないわ」
うわあ、やっぱりこいつ使えねー!
いっそ肉の壁として利用してやろうかという悪意が芽生えたが、事態はそれどころではない。
アイリアの剣撃は敵にヒットしているものの、ライフゲージはほとんど減っていない。
「ボルトバレット!」
チーカの魔法忍術が発動した。電撃の弾丸が高速で射出され、テイタスの体に突き刺さる。
ギャッ!
敵は体をのけぞらせて奇声を上げたが、ダメージはほとんど入っていない。
すぐに体勢を整えると、アイリアの腕に勢いよく噛みついた。
「痛ッ!」
アイリアのライフゲージが一気に半分になった。
こうなると俺も傍観しているわけにはいかない。
俺は敵を挟み込めるよう、アイリアやチーカが居る場所とは反対側に目がけてダッシュした。
チーカもアイリアをカバーするように突進している。
いい判断だ。
そして俺がテイタスの側面に回り込んだ時、敵の首に奇妙な輪が巻かれていることに気づいた。
革製の首輪のようにも見えるが、表面に描かれた文様が、異様な光を放っている。
「首輪じゃ。やつの首輪を攻撃するんじゃ!」
「うんっ!」
テイタスがチーカに注意を向けている隙きを突いて、アイリアのロングソードが敵の首輪を断ち切った。
首輪が黒い煙となって消滅すると、テイタスの体は力を失ったかのように、どすんと地面に落下した。
見る間にその姿は縮小し、普通の猫のサイズになった。
ライフゲージは消滅し、頭上のネームタグはNPCを表す緑へと変化した。
――終わった。
ナルを失ったのは残念だったが自業自得だし、アイリア、チーカ、カリサの3人は生き残っている。
成功と言っていいだろう。
バトル終了のファンファーレが鳴ると、チャリンと1000RIVがウォレットに加えられた。
続いてスキル獲得を示すファンファーレが立て続けに2回鳴った。
アイリアとチーカの頭上には緑色のアイコンが点滅している。
新スキルの確認は後回しにして、俺はとりあえずテイタスの元に駆け寄った。
だいぶ疲労しているようだが意識はある。
大きさだけでなく眼の色も戻ったようで、今では普通の猫となんら変わりない姿だ。
俺が近づくと、水晶球が表示された。
何か言いたいことがあるようだ。
集まってきた仲間たちとともに、俺は水晶球を覗き込んだ。
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