2-3 火事場の馬鹿力ってやつじゃ

 大蛇の体の大半は水面下にあるため正確なサイズは分からないが、胴まわりが人間と同じほどあることを考えると、かなりの大きさだ。

 その頭上には赤い文字で「パンサースネーク」と表示されている。

 確かに表皮を覆う金と黒の鱗が描く模様は、ヒョウの体表のようにも見えた。

 こいつが、川の水源を汚していたのだろう。

 どうやらこのゲームが始まって以来のボス戦に突入したようだ。

 パンサースネークだけでなく、水面からは2匹のザコ敵も出現した。

 ネームタグの表示は「ワキン」。

 魚の形をしているが、大きな胸ビレを使って地上をぴょんぴょんと飛び回っている。


「ボスの攻撃を避けながら、まずはザコを掃討するのじゃ!」


 俺が叫ぶと、アイリアとチーカはそれぞれ、最寄りのワキンへと攻撃を加えた。

 しかしジャラシよりも硬いらしく、1発では倒せない。

 ワキンはピラニアのように鋭い牙が並んだ下顎をめいっぱい開くと、反撃を繰り出した。


「痛っ!」


 アイリアとチーカは同時にダメージを受け、小さく悲鳴を上げた。

 ただ、ライフゲージを見ると、減少した体力は10%ほどだ。

 クールタイムに入り動きが止まった2匹のワキンは、それぞれ2回めの攻撃を受けて絶命した。


 すると、ぴんぴょろろーんと軽快なファンファーレが鳴り響いた。

 これは新しいスキルを取得したときの効果音だ。

 音のした方向を見ると、アイリアとチーカの頭上に、緑色の三角形のアイコンが表示されている。

 2人同時とは素晴らしい。

 しかしよりによってボス戦の最中とはやっかいだな。


「な、なにこれ?」

 2人は状況を理解していないようだったので、俺はパーソナルチャットをつないだ。

「おめでとう。スキルポイントがたまって、新しいスキルを習得したようだ。画面に操作方法が表示されているはずだが、やれそうか?」

「……」

「チーカは手の絵が表示されているだろ。いわゆる『印』ってやつだ。コントローラから手を離して、それと同じように指を組むんだ。アイリアはずっと簡単だ。格闘ゲームのコマンド入力のように、コントローラを操作すればいい」

 ――と早口で説明をしたあとに気づいたが、アイリアはゲーム音痴だ。「格闘ゲーム」を例に挙げたのは失敗だった。


 「ボルトバレット!」

 

 チーカが技名を叫ぶ声がした。

 見ると、掲げた手のひらから電撃が発射され、ボス的の頭部に命中した。

「やった!」

 チーカは嬉しくてたまらないようで、小躍りして喜んでいる。

 さすが日頃からゲームをやってるだけあって飲み込みが早い。

 忍術魔法の操作方法はかなり独特だが、さっそく使いこなしたようだ。


 いっぽうアイリアの様子を見ると、右を向いたり左を向いたり前後に移動したり、奇っ怪な動きをしている。

 コマンドが上手く入らないのだろう。

 1つめのスキルなので、それほど複雑な操作ではないはずなのだが、このままでは完全に無防備で危険な状態だ。


「アイリア、敵に背を向けてはいかん。背中から攻撃を受けるとダメージが大きくなるぞ!」

「わ、わかった。すまない!」


 アイリアはなんとか体制を整え、パンサースネークの方向へ向き直ったが、そこへ敵の長く伸びた舌が命中する。


「きゃっ!」


 さらにクールタイム中のチーカにも同じ攻撃が加えられる。この敵は連続攻撃が可能らしい。

 2人の残り体力を見ると、もう半分以上も減っている。

 こんなとき回復役が居てくれれば――と思ったが、いないものはしかたがない。

 俺は「シャー」と鳴いて相手を威嚇すると、仲間がいる場所とは反対の方向へと駆け出した。

 猫にはボスと戦えるような攻撃能力は無いが、陽動ぐらいならできるだろう。

 パンサースネークは巨体ゆえにゆったりとした動きしかできない。非力ながら敏捷な猫を追いかけるのは困難だろう。


 敵が俺に気を取られている隙を突いて、チーカのボルトバレットが命中した。

 パンサースネークは身をのけぞらせて絶叫したが、まだ体力は半分以上残っている。

 しかも攻撃されたことで俺への関心が薄れ、2人の人間へと攻撃の矛先を向けた。

 またもや舌を使った攻撃が繰り出された。

 アイリアのチーカのライフは残り少なく、次に食らえば確実に死ぬ。

 俺だけ生き残ったとしてもボスを倒すことはできず、ミッションは失敗に終わるだろう。

 つまり敵のクールタイムが終わる前に倒すしかない。

 俺は最後のチャンスに望みを託し、再びパンサースネークの注意を引くために挑発行動をとった。

 その隙にチーカのボルトバレットが放たれるが、まだまだダメージが足りない。

 もうだめか――と諦めかけたとき、アイリアの声が響き渡った。


「ストーンキャスト!」


 振り切られたロングソードから、無数の石のつぶてが射出され、パンサースネークの頭部に命中した。

 ようやくコマンド入力が上手くいったのだ。

 大蛇はうめき声を上げ、頭上のライフゲージはぐんぐんと減っていく。

 俺は減少するゲージを祈るように見つめた。

 しかし――ゼロにはならなかった。

 わずかではあるが、次の攻撃行動をとるには十分な体力が、敵には残されてしまった。

 パンサースネークは人間にむけて最後の打撃を与えるため、上体を大きく振りかぶった。

 アイリアとチーカは為す術もなく立ち尽くすしかない。


 キシャーッ!


 大蛇が断末魔の叫び声を上げた。

 俺の渾身の引っ掻き攻撃が、僅かに残った敵の体力をゼロにしたのだ。

 パンサースネークの巨体は細かな破片に砕け散り、轟音とともに池の中へ降り注いだ。


「あ、ありがとうございます、デオロン様!」

 アイリアは安堵したとたんに力が抜けたようで、その場にぺたんと腰を落とした。

 チーカが「あれえ? 猫は戦えないとか言ってたっすよね?」と突っ込みを入れてきたが、俺は「火事場の馬鹿力ってやつじゃ」とかわした。

 実際、パンサースネークを倒せたのはライフが1%程度まで削られていたからだ。通常なら猫に倒せる相手じゃない。

 俺は、先程までバトルが繰り広げられていた場所を改めて見回した。

 パンサースネークに襲われたと思われる人々の亡骸、破壊された荷車や散乱した衣類が散らばる中で、1人の少女が佇んでいることに気がついた。おそらく唯一の生き残りだろう。

 彼女は優雅な身のこなしで、俺たちのもとへと近づいてきた。


「どうもー、あたしナル! よろしくね!」


 頭上には青いネームタグが浮いている。新たな仲間が合流したようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る