1-6 社会貢献だと思えば耐えられる
「わたしの名はアイリア。職業は騎士だ」
少女は振り下ろしたロングソードを鞘に戻すと、簡素な自己紹介をした。
頭上には青色のネームタグが浮いている。
どうやら二人目のプレイヤーが登場したようだ。
外側にピンピンと跳ねたショートヘアは現実には有り得ないほど鮮やかな赤色だし、ボーイッシュで端正な顔には絆創膏が無造作に貼られているが、彼女は写真で見た覚えがある。たしか番組の公式サイトで中央に立っていた少女だ。
胸と肩と腰には赤いラインで縁取られた純白のプレートメイルを装着し、背中にたなびかせているマントも赤。その凛々しい姿は、いかにもRPGの主人公といった出で立ちだった。
「お。中身は人間? 仲間っすね!」
チーカが嬉しそうに身を擦り寄せる。
仲間が増えて嬉しいのはわかるが、頼むから『中身』とか言うな。
「ああ。よろしくな。確かに人間だ。猫でもモンスターでもない」
チーカの場違いな発言をなんとかRPGの世界になじませようと、アイリアは言葉を付け加えた。
彼女はロールプレイングの何たるかを理解している!
俺は嬉しくなった。
チーカのように現実とゲームの区別がついていないような奴ばかり5人も集まったら、ただの雑談配信になってしまうのではないかと心配していたが、ようやくまともなプレイヤーが現れたようだ。
「先輩、騎士ってどんな仕事なんすか? 馬に乗ってなくても騎士なんすか?」
「……え?」
チーカの遠慮ない質問攻めに、アイリアは動揺していた。
「その……わたしはフリーの騎士なのだ。旅をしながら、困ってる人を助けたり……いろいろやっている」
アイリアはなんとかこの会話を終わらせたいようで、チーカとは反対方向を向き、空を見上げながら答えた。
「ふーん。いいっすね! 自由で!」
「う、うむ。ありがとう」
さすがにアイリアが不憫に思えてきたので、俺は助け舟を入れることにした。
「アイリアと言ったかな。先ほどは世話になった。礼を言う」
俺がペコリと頭を下げると、アイリアは心底ほっとしたような表情でこちらに向き直った。
「おお。人語を解するとは、もしや高名な賢者のデオロン殿でしょうか」
「うむ。いかにも」
「お会いできて光栄です。実はお力添えをお願いしたいと思っておりました」
アイリアは軽く腰を落とすと会釈した。
いい感じだ。これで無事にストーリーが進められる。
チーカ、おまえはしばらくだまっとれ!
「ほぅ。聞かせてもらおうかの」
「はい。ご存知のとおり、最近になって猫神様の守護の力が弱まり、モンスターが人を襲うようになってきています。私はその原因を探るべく調査をしているのです」
若干、棒読み口調だったが、アイリアは長いセリフをきっちり言い終えた。
きっと予め練習していたのだろう。関心関心。
この娘なら、視聴者からの『推し』を集めて、望み通りアイドルになれるんじゃないだろうか。
公式サイトの写真でもセンターでポーズをとっていたし、もともと事務所としてもイチオシなのかもしれない。
「なら、目的は同じじゃな。ワシらもこの祠に原因があるんじゃないかと調べにきたところじゃ。特に変わったことはないようじゃが」
「そうでしたか。――でしたら、いちどこの先のオリゴン村まで来ていただけませんか? 村の猫たちが病気になって困っているのです」
ふう。なんてスムーズな会話だろうか。しかもアイリアは、この年上の猫に対し、ちゃんと敬意を払ってくれている。実に気分がよい。これがロールプレイングというものだ。
「それは捨ておけんな。よかろう。案内を頼む」
俺はあえてチーカには目を合わせず、アイリアとともに歩き始めた。
「――ちょっ、まってよー!」
チーカも慌ててあとからついてきた。こんな感じでアイリアがリーダーシップをとって、パーティをひっぱってくれるなら、ゲームはスムーズに進みそうだ。俺はときおりアドバイスをするだけで済むし、だいぶ楽ができる。彼女が加わってくれて、本当によかった。
俺は改めて先頭を歩くアイリアの凛々しい姿を仰ぎ見た。
風にたなびく赤いショートマントの下から、ときおり黒いスパッツが見え隠れしている。足の前後の動きに応じて、無駄の無い均整のとれた臀部が揺れ動く様は、コンピュータグラフィクスだとわかってはいても見とれてしまう。
「ちょっと。どこ見てるんすか!」
背後でチーカが叫んで俺は心臓が止まるかと思った。
アバターとはいえ、女性の股間を凝視していたことに、少なからず罪悪感を感じていたからだろう。俺は慌てて視線を青い空に浮かぶ白い雲に移した。
「いやなに。空の、様子が、気になってな」
いかん。動揺してあからさまに不自然な口調になってしまった。
「アイリア先輩、そいつ中身はおっさんすから、注意が必要っすよ!」
余計なこと言うなよバカ。せっかく築き上げた俺とアイリアの信頼関係に傷がつくだろが。
俺は恐る恐るアイリアの顔を見上げたが、杞憂だったようだ。
彼女は目を細めて優しく微笑んでいた。
「大丈夫。わたしは気にしないよ。日常生活ではできないことをやれることが、この世界の魅力だからね」
――え。
まさかの全肯定。
しかも全然フォローになってないぞ。
「欲求を解消する場があることで、世の中の犯罪も減らせるんじゃないかな? これも社会貢献だと思えば耐えられる」
アイリアは輝くような清々しい笑顔でそう言いきった。
俺が卑猥な視線を送ったことについては、まったく疑念の余地も無い様子だ。
彼女とは心が通じ合ったような気がしていたのだが――どうやら思い上がりだったようだ。
彼女が俺に示す敬意は、あくまでアイドルがファンに向けてとるような、形式的な態度なのだ。
「ふうん。先輩は悟ってるんすね。さすがっす!」
チーカは蔑んだ目で俺を見下ろしながら、先輩からのアドバイスを受け入れた。
いや納得しなくていいから!
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