1-2 彼女たちアイドル志望なんだろ?

 大場の言った意味がとっさには理解できず、俺の思考はしばらくフリーズしていた。

 たしかに、『アイドルにゲームのプレイ方法を教える仕事』とは聞いていたが、すっかり学校の授業のようなスタイルだとばかり思っていた。俺もパーティに加わるってことは、実質、出演者じゃないか。


「君には老齢の学者を演じてもらう。戦闘には参加しなくていいし、後方から時々アドバイスしてくれるだけでいい。君ぐらいのプレイヤーにとっては簡単な仕事だよ」


 ――なるほど。知識はあっても体が衰えていて戦えないキャラクターとして参加するということか。それなら少女たちが死にものぐるいで戦っている中、後方から口を出すだけの役割だとしても不自然ではない。

 すると大場の言うとおり、これは案外楽な仕事なのかもしれない。

 いやそればかりか、かなり美味しい話なんじゃないか?

 パーティで男は自分だけ。他の5人は外見だけならアイドル級の美少女。いわゆるハーレム状態じゃないか。年寄りの学者なんてモテそうな役割じゃないが、そのぶん気楽だ。それにゲームの中で様々な死線を一緒にくぐり抜けて行けば、年の差を越えて特別な感情を抱いてしまうことも――。

 俺の脳内をピンク色の妄想が走り抜けた。

 

「だが、ちょっとまずくないか? 彼女たちアイドル志望なんだろ? もしその……あくまで仮の話なんだが、俺と親密な関係に発展してしまったらどうする? 男性ファンから反感を浴びるんじゃないのか?」


 俺が平静を装いつつ、あくまでビジネス上の懸念として問いかけると、大場はさらりと答えた。

「その点は、大丈夫。君の役割――猫だから」

「ね……ねこぉ?」

 

 俺のハーレム幻想は瞬時に打ち砕かれた。


               *

 

 「ここは会議室なんだけどね、番組のために借り切ってる」


 放送局内の長い廊下を歩いた先でたどりついたその場所は、白い壁に囲まれた窓のない小部屋だった。

 俺の目を引きつけたのは、奥の壁に沿って立てられていた大型のゲーミングスタンドだ。

 しかもこれは、ニュースでも紹介されていた最新モデル。

 ハーレム幻想が打ち砕かれてすっかり意気消沈していた俺のモチベーションはいとも簡単に復活した。

 ゲーミングスタンドは基本的に立ったままVRゲームをプレイするための什器じゅうきだが、細長いスティール製の本体にはクッションが取りつけられており、疲れたときは軽く腰掛けることもできるように設計されている。左側のアームレストにはスティック型ゲームコントローラ、右側にはテーブルとマウスが設置されており、上端にはVRゲーム用のゴーグルが吊り下げられている。そのスタイリッシュなデザインを見れば一目瞭然だが、これは『VORD HEAD PRO』。VORD社純正の最新モデルだ。顔のほとんどを覆う大型のディスプレイに表示される画像の解像度は人間の網膜に匹敵し、180度以上の視野角を確保しながら、フレームレートも120fpsを実現している。俺が自宅で使っている普及型モデルとは段違いの性能だ。

 ゲーマーの性とでも言うべきか。この環境でVR-RPG『リヴァティ』がプレイできると考えるだけで俺の脳内ではアドレナリンが噴出し、高揚感に満たされてしまった。まるで飼い主と散歩に行けることがわかった直後の子犬のような心境だ。

 大場は、そんな俺の心境を見透かしたように、ずる賢い笑みを浮かべていた。奴もゲーマーのはしくれ。俺のような男が何にモチベーションを感じるのかお見通しというわけだ。ちょっと癪だがしかたない。まんまと罠にはまってやろうではないか。


「ボディスーツも、君の体型にあったものを選んであるぞ」

 餌はもうひとつあった。

 目配せする大場の視線の先には、机の上に畳まれた黒い衣服があった。これがただの服ではないことは、表面に埋め込まれた様々なセンサーやアクチュエータを見ればわかる。これを着ることで、VR空間での衝撃や温度変化を、全身で感じることができるのだ。ゲーム実況者が使っている動画を見たことはあるが、あまりにも高価。無職のゲーマーに手が出せる価格帯ではない。

 

「ぼくやスタッフはスタジオにいるから、何かあったら呼んでくれ。それと、君は老齢の猫って設定だから、それらしい喋り方をしてくれよ」

 大場はそれだけ言い放つと部屋から出ていく。『老齢の猫らしい喋り方』って、どんな喋り方だよ――と、俺は奴の背中をにらみながら、心のなかで毒づいた。

 

 それにしても説明が大雑把すぎる。VR-RPG『リヴァティ』が世界中のゲーマーから支持されている理由は、その自由度の高さにある。基本的な操作方法は共通だが、ユーザーが新しいワールドを作成する際、世界観やシナリオの方向性はもちろん、ルールや機能を細かくカスタマイズできる。魔法が存在しない世界を作ることもできるし、恐竜が徘徊する世界や、エアカーが飛び交う世界にすることもできるわけだ。しかも面倒くさい細部の設定はAIが自動的に処理してくれるので、希望することだけを言葉で伝えるだけで、簡単に自分だけのワールドを作れてしまう。俺はもう3年近くリヴァティをプレイしているが、良くも悪くも、過去の知識はあまり役に立たないということだ。


 ――とはいえ、考えていても仕方ない。俺は意を決して服を脱ぎ、ボディスーツに着替えた。腰にある電源スイッチを入れるとピッピッという電子音とともに、各所の筋電アクチュエータが順に動作チェックを行っていく。

 俺はケーブルを引きずりながらゲーミングスタンドへ移動すると、ゴーグルを頭に装着し、後頭部のダイヤルを回して締め付けの強度を調整した。有線モデルだという点を差し引いても、サイズの割に驚くほど軽い。これなら激しく運動しても、ズレる心配はなさそうだ。

 瞳孔間距離の自動チューニングが終わると、視野の中央に猫のアバターとログインウィンドウが表示された。


 『プレイヤーネーム:デオロン』

 『ログインしますか?』


 どうやら「デオロン」というのが、ゲーム内での俺の呼称らしい。

「猫」と聞いて、なんとなく可愛いキャラクターを想像していたのだが、またしても期待は裏切られた。

 表示されていた猫のアバターは無愛想で目つきが悪く、可愛さとは程遠い容姿だった。たしか『マヌル猫』という種類だったか。人間には決して懐かない、原種に近い野生の猫だ。

 この外見なら、まちがってもアイドル志望の女の子に惚れられてしまうことはないだろうな――。

 俺は諦め気味に溜息をつくと、右手でマウスを操作し、「はい」ボタンをクリックした。

 

 バイト料をもらうわけだし、変な妄想は忘れて、ビジネスだと割り切って仕事をするしかなさそうだ。

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