こうして、恋バナは始まった ②

「面白い人、というのはギャグセンスの話か?」

「それもあるけど、ノリが良かったり空気が読めたり、後は聞き上手な人を総じて『面白い人』って言ってる気がする! 多分!」

「ほ〜、なるほど」



 考えたこともなかった。



 男の俺としては、面白い奴というのはお笑い芸人のように笑わせてくれる奴であって、ノリのいい奴はノリのいい奴、空気が読める奴は空気が読める奴と評するのが当然だからだ。



「確かに、色んな意味を含めるのは女あるあるかもしれない。現に、私の甘えたい気持ちにも多くの含みがあった」

「でしょ〜? その辺をしっかり理解することが女の子にモテるコツなんだよ! トラちゃん!」

「は、はい。善処します」



 いきなり話を振られたが、素直に感心してしまって上手いこと言葉が出て来なかった。

 しかし、なるほど。一つの言葉に色んな意味か。女の喜ぶ一回の正解が、いつも正解とは限らないワケだな。



 ……いや、それ普通にズルいだろ。



「なら、『頼れる人』っていうのは切羽の『甘えても引かない男』も内包してるのか?」

「そうだよ。だって、ライブ終わったあとに次の仕事の話してくるマネージャーとか最悪じゃん。あたし、すっごい疲れてるのに仕事の話なんてしたくないもん。一緒に喜んでほしい!」

「そうか」



 話が繋がっているのか怪しい回答はさておき、その辺を管理するのがマネジメントではないのだろうか。大人って、意外と適当に仕事するんだな。



「気が付かなかったが、女って甘えたい生き物なのだな。私の父は亭主関白だから、男の方が甘えたがりなのかと思っていたよ」



 戦犯、さだま○し。



「だから、頼れる男を見つけていっぱい甘えてやろうね。にゃんにゃん」

「にゃ、にゃん」



 クソ、イラつくけどちょっとかわいい。実際にやられたら俺も断れる気がしないし、悔しいから次に行こう。



「最後の、『ラブリを一番大切にしてくれる人』というのは?」

「んふふ。よくぞ聞いてくれました、トラちゃん」

「その、ちょいちょい敬語になるのはなんなの?」

「ふふ。そ、それは私も気になっていた。うふふ……っ」



 どうやら、切羽のツボに入ったらしい。一人でプルプルと震えているが、気にせずラブの話をしていこう。



「やっぱこれが一番! あたしのことをちゃんと大切にしてくれる人がいいってワケよ!」

「……だから、その説明を求めたんだけど」

「んもう。要するにね? 他の人に浮気とかしないでちゃんと大切にして欲しいってこと。浮気が本能とか言ってる男は、絶対に死刑にするべきだと思います!」



 浮気するのは男だけじゃないってことは分かっていて欲しいと思ったから、善悪の価値観についてだけ同意しておこう。



「確かに、浮気されたら死ぬほど傷付くだろうよ」

「でしょ? というか、絶対ありえないよね。乗る男も奪る女もバカアホなんだよ」

「私もそう思う。理性があるから人間なんだ、裏切ってまで本能に従ったという意見はバカの戯言だよ」



 どうやら、マジトーンを聞くに二人とも浮気には強い憎しみがあるようだ。

 なぜ、カレシが出来たことのない彼女たちがこんなに嫌っているのかは分からないが、それも黙っておく事にした。



「許せないよね、戻ってきてってお願いするしかないのにさ」

「私はきっと、泣いてしまうだろうな」



 ……なるほど。



 まぁ、浮気のそもそもの印象の悪さも然ることながら、遺伝子や生物的にも女は男の裏切りに大きな恐怖を抱いている生き物なのだろう。



 ましてや、彼女たちは本気で運命なるモノを信じている。ならば、たった一人に選んだ相手への怒りや、節穴を突き付けられる自分への悔しさもあるに違いない。



 俺は、適当に頷いて二人の怒りが収まるまで静かにしていた。



「さて、最後は俺の条件だが――」

「トラちゃんのは、ねぇ」

「何だか、妙な気分になってくるな」



 何の話だ?



「だって、あたしたちって議論してるじゃん。なんか、好きって言われてるみたいであざといよ」

「ズルい男だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! これって議論なのか!? 恋バナなんじゃないのか!?」

「なんかさ、遠回しにあたしたちのこと惚れさせようとしてるみたいでヤ!」

「フリップでずっと好きって言われてる気持ち、虎生には分からないだろうな」



 な、なんなんだこの女どもはぁ……!



「違うってば! つーかお前ら自分がそんなに賢いと思ってるのか!?」

「いっぱい賢いよ!」

「私は議論が得意だ!」

「その回答が既に賢くねぇし議論になってねぇだろ!」



 しかし、遂に二人へ俺の声は届かず、「やーね」だの「困るな」だのブツブツと愚痴を言い合うだけで取り合ってすらくれなかった。



 やはり、弱者の声なんてもんはどこにも届かない。



 そんなことを思いながら、俺は奥歯で悔しさを擦り潰し、流れで押し付けられた今日の議事録を纏めたのだった。

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