第25話大丈夫かこのお姫様
先に行ってしまったシュカはいったん放っておいて、俺とヒビキ、それからソフィアは雑談しながらゆっくりと山登りをしていた。
「ボクたちばっかり話してるのもアレだな。ソフィアはいつもどんなことをして過ごしているんだ?」
「ああ、王族がどんな生活をしてるのか気になるな!」
使用人に世話をされて悠々自適の暮らしだろうか。
憧れるな。俺も可愛いメイドに囲まれてお世話されたい。
「私の場合はあまり期待されているような話はできませんよ。姫である前に聖女としての勤めがありますから」
「それってあれか。治療の仕事ってことか」
「それはあくまで一部分です。聖女たるには常に清廉潔白でなければなりません。朝の6時に起きて水浴びをして身を清めることからです」
「ええ!? 寒くない?」
「冷たいですよ。でも、身を清めるのにはそうではないといけません」
すごいな。修行みたいなもんか。
「それから、朝の8時から治療院の仕事が始まります」
「朝早いな」
「治療の仕事は急を要することがありますからね。深夜に急患が来た場合はもっと前から対応しますよ」
日本の救急外来みたいなものだろうか。大変そうだ。
「ずっと仕事してるのか? 休憩は?」
「お昼休憩は交代で取ります。だいたい20分程度ですか」
「みじか!」
購買までパンを買いに行く時間すらあるか怪しいぞ。
「だいたい何人くらいで仕事してるんだ?」
今度はヒビキがソフィアに問いかけた。
「治療を担当するのは4人です」
「四人で怪我人全員を手当してるのか? 大変そうだな」
「最近は王都も平和になりましたから。昔ほどではありませんよ」
ソフィアの口ぶりは穏やかだ。
ひょっとしたら、昔は大変だったのかもしれない。
「仕事以外はどんなことをしてるんだ? プライベートは?」
「プライベートと言いましても……だいたい夕食後は勉強の時間になりますから、あまりそういった時間はないですね」
「なんか思ってたよりずっと窮屈な生活なんだな」
王族なんだから、もっと金に任せて遊べるとばかり思っていた。
「聖女、ですからね」
聖女という自分の称号を、お姫様はひどく重々しくつぶやいた。
「ソフィアはそんな生活でいいと思ってるのか? どっかに飛び出したいとか思わない?」
少なくとも俺ならそんなの全部投げ出して自由になりたいと思うけどな。
「良い、悪いではなく私は聖女です。責務があります」
「責務、ねえ」
そんな苦しそうな顔をするくらいなら、どっかに放り捨ててしまえばいいのに。
そんな会話をしていると、山の上の方から大きな声と地響きのような足音がした。
「みんなあああああ! 遅いよおおおお!」
「シュカ……お前まさかもう山頂から戻ってきたのか?」
「そうだよ! みんな遅いよ!」
まじかよ……俺たちまだ山の中腹くらいだぞ……。どんなだけ早く山登りしたんだ。
「お姫様にはちょっときつかったかな? 僕がおぶってあげようか!」
キラキラとした邪気一つない笑顔で提案するシュカ。
人を一人おぶっても余裕で山頂まで行けるらしい。
「い、いえ。私はまだまだ……あっ」
気合を入れたソフィアだったが、彼女の足元にはちょうど木の根があった。足を引っ掛けて転びかけた彼女を、俺は両肩を抑えて支えた。
「っと……まただぞお姫様気をつけろ……よ」
言葉尻が小さくなったのは、自分たちの今の体勢に気づいたからだ。正面から彼女を抑えた俺に対して、ソフィアが寄りかかるようにして体重を預けている。ちょうど、ハグの寸前のようだった。
「す、すまんすまん! お姫様とのハグは俺にはちょっと早すぎる!」
「いえいえ、そんなに気にしないでください」
てっきり気安く触ったことを怒られるかなと思ったが、意外にもソフィアは笑顔のままだった。
「意外だな。婚前の男女はくっつくなとか、そういう価値観の世界だと思っていたけど」
「私の場合は……まあ、そんなに気にしないでください。減るものでもないですし」
「お姫様にしては寛容すぎない? 大丈夫? 知らない男とかについていっちゃダメだよ?」
なんだか心配になったので、俺はソフィアに優しく問いかけた。
しかし、若干馬鹿にしていることを感じ取られたらしく、ソフィアは眉を吊り上げた。
「キョウさんのように奔放な方に気を遣われることなどありません。それに私、こう見えて強いですから」
ムキ、と力こぶを立てる動作を見せるソフィア。しかしその細い腕には何の変化もない。
不安だ。なんでこの子は運動音痴なのに自信だけは高いんだ。
「ほ、本当に大丈夫かお姫様。キョウみたいな軽薄な奴に話しかけられたらまずは金的にキックだぞ?」
おいヒビキ、えげつないことを箱庭育ちのお姫様に教えるな!
「ふふ、大丈夫ですよ。キョウさんは言動と同じような軽薄な人間ではありません。そのことは、きっとお二人も分かっています。ね?」
いや、どうだろうな……。コイツら事あるごとに俺を馬鹿にしてくるからな。
しかし予想と反して、二人は明確に否定することもなく顔をそむけるだけだった。
おい、反応に困るだろ。せめて何か言えよ。
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