第14話昨日の敵はキョウの友

「って! なんで世界を救ってハーレム作ろうとしている俺が、歩いて移動なんだよ!」


「仕方ないだろ。馬車がなかったんだから」




 あたり一面のどかな平原だ。トラブルの一つすら起こりそうにない。




「でも、歩くっていうのはもっとも基本的な鍛錬だよ? 下半身の安定性は、すべての武術に通じるからね!」




 無駄に元気な少女、シュカが明るく言う。その機嫌の良さを表すように犬耳がピクピク動いている。




「そういえば、シュカの使ってた『魔闘術』ってやつ? 強そうだったな。俺にも使えるのか?」


「うん、鍛錬を積めば誰でもできるのが、魔闘術の凄いところだからね!」


「へえ、それはすごいな!」




 拳一つで戦うっていうのもカッコよくていいな。俺にもできるかもしれないと聞いて魔闘術に興味が湧いてきた。


 


「どうすればできるんだ?」


「まず入門編として、師匠に気絶するまで体中を殴られるよ!」


「……は?」




 かっこよくて強そうな魔闘術に惹かれていた俺は、あっけにとられた。




「それはあれか。根性を鍛えるとかそういうことか?」


「それもあるけど、魔力で体を硬化する練習だよ。人間はみんな多かれ少なかれ魔力を持っている。そして、例えば転ぶ時とかは無意識に体に魔力を流して身を守る。熱い鍋に触る時は、自然に魔力が手に集まる。魔力による自己防衛は本能みたいなものだけど、それをより意識的に操るのが、魔闘術の基本だよ」




 俺が頭にはてなマークを浮かべていると、ヒビキが代わりに口を開いた。


 


「つまりあれか、殴る時は拳に魔力を集中させて、蹴る時は足に魔力を集中させてるってことか」


「その通り!」


「え、ヒビキなんでわかったの!?」


「ボクは魔法を使うからな。魔力の流れが見えるんだよ」


「他人の魔力の流れが見える? そんなの聞いたことないけど……まあいいや! とにかく、攻撃も防御も魔力をまとうことで成立する。魔闘まとう術っていうのはそういう技術だよ」




 どうやら、シュカの怪力は単に身体能力が高いってだけじゃないみたいだ。そう言えばヒビキの電撃を受けてもピンピンしてたな。




「剣とか武器持った方が効率的とは思わないのか?」




 ヒビキが興味津々とばかりに問う。彼女は、まったく知らない知識に出会うと貪欲にそれを吸収し始めるという特徴があった。


 


「魔力を練り上げるのに最も適しているのが自分の肉体なんだよ。高位の、S級とか呼ばれる剣士なら剣に魔力を籠めたりするけど、魔闘術師の魔力の密度には遠く及ばない」


「ふんふん、なるほど」


「それに、剣士とかはスキルに恵まれない凡人では限界があるからね。魔闘術は厳密にはスキルじゃない。だからこそ、凡人でも頂にたどり着ける可能性があるんだよ!」




 やや鼻息を荒くして、シュカは熱弁した。目をキラキラさせる女の子は可愛いと思うが、彼女はやや暑苦しかった。


 


「試しに僕のスキルを見てみなよ。勇者なら使えるんでしょ。鑑定」


「おう」




名前 シュカ


職業 平民


【ユニークスキル】


犬の嗅覚 B


獣の直感 D




 


【スキル】


魔闘術 EX






「EXってなんだ?」


「スキルのランク付けから外れてるってこと。魔闘術は厳密にはスキルじゃないからね。ランクは上がらない」


「なるほど」




 EXっていうのは単純にめちゃくちゃ強いってわけじゃないみたいだ。




「あー、俺もシュカみたいに拳で戦えればって思ったんだけど、キツそうだしやめとくか」


「剣術のスキルがあるならそれを磨いた方がいいと思うよ。それに、キョウにはその魔剣があるでしょ」




 シュカが俺の腰からぶら下げた傲慢の魔剣を指差す。




「まあな。まあそうなんだけど……」




 やっぱりこの魔剣、自分の気の向いた時しか力を貸してくれないらしい。身勝手な剣だ。




「それで、キョウがハーレムっていう夢を目指して旅をするっていうのは分かったけど、ヒビキの方はどうして彼についていくの?」


「……ボク?」




 そういえば、ヒビキからそういうことをハッキリ聞いたことなかったな。




「ああー、まず前提として、ボクはもともとキョウに買われた奴隷だ」


「え、そうだったの!?」


「だから、ボクがキョウについていくのは当然ともいえる。まだ首輪を外してもらった恩を返せてないしな」


「別にそんな義理はないけどな。ヒビキはヒビキの好きなように生きればいい」




 手伝って欲しいし一緒にいたいが、別に拘束したいわけじゃない。


 しかしヒビキは、俺に呆れたような顔を向けた。




「お前がハーレムパーティー作るの手伝うって言ったろ。ボクはその手助けをするって決めたんだ」


「……おう」




 なんだろう。そんな真っ直ぐ言われると逆に照れるな。




「ヒビキはキョウのことが好きなの?」




 俺たちのやり取りを見ていたヒビキが、とんでもない発言をし始めた。


 ヒビキはそれを聞いて、顔を真っ赤にした。




「なっ、そ、そんなわけないだろ! 誰が好きになるかこんなお気楽野郎! だいたい、ボクは体はともかく心まで女になったつもりはないぞ!」


「え、どういうこと?」




 ヒビキはシュカに向かって、彼女が男から女になった経緯を説明した。




「召喚の不備で女の子に? 聞いたことないけど、まあ世界を渡るんだからそれくらいあってもおかしくないか」




 さすが自分もTSっ娘なだけある。理解が早い。




「じゃあ、二人は恋仲でもなんでもないってことか。……ふーん」




 意味ありげに呟いて俺を見るシュカ。おい、なんだその間は。




「おっと、ちょうど良いところに魔物が来たね。せっかくだからここで魔闘術の凄さを見せてあげるよ」


「魔物ってどこにも見えないけど?」




 あたりはのどかな平原が広がるのみ。しかし、しばらくすると遠くに土埃が立っているのが見えてきた。




「あれは……イノシシ?」


「マッスルボア。Dランクに位置する魔物だね。衝突の威力はランクCの冒険者を一撃で殺すほどで、正面に立つのはタブーとされている」




 そう言いながら、シュカはマッスルボアの真っ正面に立ちふさがった。




「お、おい……」




 イノシシの姿はあっという間に近くまで迫ってきた。近くで見るとかなりデカイ。俺と同じくらい身長があるんじゃないだろうか。地球のイノシシとはとても比べようがない。


 


 土埃が天高く舞い、地面が揺れる。例えるならそれは、大きな戦車が走っているようなイメージだ。


 


「魔闘術――不動山」




 それに対してシュカは、小さな体を無防備に晒していた。けれど、彼女の纏う雰囲気が先ほどまでとは違う。気迫というべきか、独特の迫力があるのだ。




「ブモオオオオ!」




 巨大イノシシがついに突進してくる。俺は、ダンプカーにでも引かれたみたいに吹き飛びシュカを想像した。


 しかし。




「ブモオオオッ!?」




後ろにひっくり返ったのは、マッスルボアの方だった。


 


「「おおー」」




 ヒビキと一緒に歓声を上げると、シュカは絵に描いたようなドヤ顔とピースを見せた。


 活発な見た目に似合ってとても可愛い。胸がドキドキしてくる。もしかしたら好きかもしれない。


 ……ハッ! あいつは男、あいつは男……




「まあ見ての通り僕は強いからね。頼ってくれていいよ」


「ブモッ!?」




 笑って言いながら、シュカは倒れ込んだマッスルボアに貫き手を差した。あっさりと素手に貫かれた筋肉から血が噴き出る。


 まるで日常の一幕のように命を取られたイノシシは、憐れにも目を瞑るのだった。可哀想に……

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