第6話お色気イベントも台無しじゃねえか!

 俺とヒビキは、しばらく勇者として召喚され都市に滞在することにしていた。


 今は冒険者ギルドの依頼を達成して少しずつ金を稼ぎ、情報収集している最中だ。




「ふあ……ああ、もう朝か。目覚まし時計がなくても起きれるようになったのは幸いか?」


「んう……」




 同じ部屋からヒビキの寝ぼけた声が聞こえてくる。


 節約と、それから見目麗しい少女になってしまったヒビキの貞操を守るため、俺たちはずっと同じ宿の部屋で生活していた。


 


 正直なところ、同じ部屋で生活していると結構ヒビキの肌色が見えるので困る。胸は動くたびに動くし、足とかもチラチラ見えて困る。


 煩悩を払うためにも、俺は少し声を大きくしてヒビキに呼びかけた。


 


「ヒビキ起きろ。早く行かないと冒険者ギルドの良い依頼取られるぞ」


「おお……」




 なぜかもぞもぞ、と何かが動く気配が俺の腹のあたりでした。……まさか。




「おいヒビキ、なんでまた俺のベッドに入ってるんだよ……」




 俺が毛布の下を見ると、ヒビキが気持ちよさそうな寝顔で俺の腹に寄りかかっていた。眼鏡をかけていない彼女の顔は少し幼く見える。頬も緩んでいて、実に幸せそうな笑みだった。


 しかしその目が開くと、途端にうろたえだした。


 


「んあ……はっ! ばっ、やっ、これは、ちがっ」


「お前相変わらずテンパると語彙力なくなるな」


 


 どたどた、とベッドから這い出た彼女は真っ赤な顔で弁明しようとしているが、舌が回らずうまく言葉を出すことができていなかった。


 震える手で眼鏡をつける彼女は、羞恥にプルプルと震えていた。


 ヒビキが俺のベッドに入り込んできたのは、これで三度目だ。


 


「ちがうんだって……その、女の体はやけに冷えるから……温かい場所を探して、それで結局、お前のベッドの中に行き着くというか……クソ、なんだこれありえないくらい恥ずかしい。赤子じゃないんだから……とにかく、ボクが男だった頃だったら絶対こんなことしなかったからな!」


「はいはい。それはそうだろうなー」


 


 思うに、ヒビキは女になってから少し精神が不安定になったようだ。あるいは、奴隷としての生活を送ってから、と言うべきか。


 とはいえ、今の俺がするべきは彼女を気遣うことではない。……全力で揶揄うことだ。




「でも、ヒビキは今ではすっかり可愛い女の子だもんなー。このままじゃあいったいいつ間違いが起こるか分からないなー。ヒビキもまんざらでもなさそうだしなー」




 男のベッドに三回も潜りこんだのだ。こいつが本物の女なら、とっくのとうに辛抱できなくなっていただろう。


 


「ボっ……ボクの体は女のものだが、心まで女になったつもりはないぞ!」




 豊満な胸を抱くヒビキ。しかしその所作がいっそう胸の大きさを強調してしまっていて、むしろ色気を強調していた。




「冗談だよ。前も言ったけど俺は元男、TSっ娘なんてお断りだって」




 ほっとしたような、それから微妙に釈然としない表情を浮かべるヒビキ。


 おい、そこはただ安心しておけよ。なんでちょっと納得いってないんだよ。




「なんか自分が対象外って言われるのは複雑だな。いや、対象って言われても困るんだけど。……なんだろう、ボク可愛いよな。見た目に関してはトップクラスだよな」




 無駄にツヤツヤした髪をいじるヒビキ。


 あれか、意中にない相手だったとしても、自分が対象外だと言われるのは納得いかないみたいな心理か。




 ヒビキがあまりにも自信満々なので、俺は改めて彼女の容姿を観察した。




「まあ、そりゃあ可愛いけど……」


「ふん……」




 胸を張る彼女の顔は、どちらかと言えば可愛いより美しいと形容する方が似合うだろうか。整った顔立ち。ツンと上がった目尻は、先ほどまでの照れ顔とは違って威厳がある。


 


「分かったのならさっさと行くぞ。冒険者ギルドの依頼がなくなるんだろ」




 とりあえず俺がパパっと着替えて部屋を開け、後からヒビキの着替えの時間を作るために外へと出るのだった。


 




 都市の外へ抜け、魔物の出る森方面に出てくるのももう慣れてきた。


 二人肩を並べて歩きながら、俺たちは周囲の魔物の気配に注意を払っていた。


 


「ヒビキ、その三角帽子もなんか見慣れてきたな」




 とはいえ警戒だけでは暇なので、雑談をする。


 彼女が三角帽子をつけているのは、魔法使いの慣例だ。そうしているだけで魔法が使える人間として見られるため、舐められないらしい。


 


「そういうお前は、いつまで経っても勇者らしさが身につかないな。マントでも羽織ったらどうだ?」


「うるさいわ。そんなものあったら足絡まって転ぶだろ」




 というか、マントは別にカッコよくない。


 


「違いない。キョウは男のくせにドジっ子だからな」


「はあ? それはヒビキだろ。今朝だって寝ぼけて俺のベッドに……」


「わ、わああ! うるさいうるさい!」




 ヒビキが慌てて俺の口をふさごうとしたので、ひらひらと彼女の攻撃を避ける。


 そんな風にどうでもいいような会話を続けていると、ふと遠くから気配がしてきた。




「っと。ボチボチ遭遇できたみたいだぞ」


「なに? ……本当だ。さすがに大きいな」




 今回の敵は、冒険者ギルドによるランク付けだとCランクの敵だ。今までEランクやDランクの敵と戦ってきた俺たちにとっては、強敵だと言えよう。




「今回ばかりは気を引き締めていけよ、キョウ」


「分かったよ。……とは言っても、敵のランクって同じランクのスキルがあれば倒せるって話だろ? BとかSとかのスキルがある俺たちなら倒せるんじゃないのか?」




 俺の剣術は最初からBだったので、今のところ苦労した経験がない。




「ギルドでも言われたろ? スキルのランクはあくまで目安で、最後に生死を分けるのは経験だって。スキルのランクは高くても経験不足な俺たちはスキル二段階くらいは下に見たほうがいいって」


「ええー、せっかく異世界に来たのに学校の教師みたいな説教すんなよー」




 もっとこう、未知を楽しまないとな。




「オオオオオオ……」




 俺たちが相対するのは、トロールと呼ばれる魔物だった。


 ずんぐりとした体躯は、俺たちの倍ほどの身長だろうか。醜い顔に、でっぷりとした腹。腰布のみを巻いた肌は土のような色だ。


 見た目は強そうではないが、あの大きさは脅威だ。手に持つ棍棒を軽く振るだけで、人間の体を潰せそうだ。




「オオオオオオ!」




 俺たちの姿を確認したトロールが、こちらに駆けてきた。


速い。足の動きは決して速くないのに、俺たちの倍近くある足が一瞬で距離を詰めてくる。




「ヒビキ! 離れろ!」


「ああ! 『土壁よ、クレイウォール!』」




 走りながらヒビキが詠唱する。彼女の得意魔法の一つ、土魔法は地形を変えることを得意としている。盛り上がった土は俺たちの身長ほどまで盛り上がると、トロールの進路を塞いだ。




「オオオオオ!」




Dランク程度の相手には破られたことのない土壁だったが、Cランクのトロールは違った。ずんぐりとした体からは想像できないほど軽々とジャンプすると、土壁をハードルでも超えるみたいに飛び越えた。




「っ!」




 上から降ってくるトロールの棍棒の一撃。バックステップでそれを避けた俺にまで、地響きが伝わってきた。


「おっと……」


「『稲妻よ ライトニング!』」




 トロールが着地したところに、ヒビキの放った稲妻が直撃した。




「オオオ……」




 トロールがダメージを受けて怯んだので、俺は剣を手に近寄ると、スキルを使用した。




「フレーゲル剣術 中伝 ヘッドプレス」




 加速する剣先。大上段からの一撃は、トロールのでっぷりした腹を掻っ捌いた。




「オ、オオオオ……」




 うめいたトロールが倒れ込んだので、首のところまで回り込み首を断つ。トロールの目から光が抜けていく。


 ようやくトドメを刺せた。


 


 こいつの討伐証拠は耳だ。それを懐から取り出したナイフで切り取る。




「ふう……敵がデカイといろいろ大変だな。なあヒビキ」


「あ、きゃああああああ!」




 甲高い女の子の声に、いったい誰の声かと困惑してしまった。遅れて理解が及ぶ。




「ヒビキ!?」


「きょ、キョウ、すまないが助けてくれ!」


「――な、お前……!」




 後ろを向いた俺の視界に入ってきたのは――触手に絡まれてあられもない姿を晒しているヒビキだった。




「っ、このっ、こいつ変なところに触手が……あっ……」




 ヒビキの攻撃手段である魔法には集中力が必要だ。しかし彼女は、とても集中力を発揮できる状況には見えなかった。




「ヒビキの馬鹿! そういうのは可愛い女の子の仕事だろ!? なんでお前がまっさきにそういうイベントに遭うんだよ!」


「いいから助けてくれって! コイツ……ふわっ……捕まってるとなんか変な気分になってくるんだけど……!」




 彼女のローブの中まで侵食する触手は、特に彼女の豊かな胸を集中的に狙っているようだ。ぐねぐねと柔軟に姿を変える胸部は、艶めかしいの一言に尽きる。


 少し……刺激が強いな。


 


 他にも露出した足などにも絡みつき、彼女の体の肉感を強調している。


 


「んっ……」


「……」


「あっ……」 


 


 あああ、ヒビキのくせに色っぽい声出すな! 調子狂うだろ!


 


「はああああ!」


 


 湧き上がる煩悩を振り払うように叫びをあげて、俺は剣を構えた。そうしないと男友達であるはずのヒビキの認識が揺らいでしまいそうだ。




 狙うのは触手の元。


 複数の触手を持つ、植物のような魔物だ。


 


「ふっ!」




 本体はあっけない。花のような形をした本体は、俺の剣を受けると緑色の血飛沫を上げてその場に倒れ込んだ。




「ふあっ!」




 触手から解放されたヒビキが、ちょっと高い声を上げて地面に落ちる。


 俺は落ちてきたヒビキにジト目を向けた。


 


「随分気持ちよさそうだったな。触手」


「ち、ちがっ……あの触手、なんかぬるぬるしてて、体が熱くなるんだって!」




 それはあれか。媚薬的なものか。


 見ればヒビキの顔はやけに赤い。息を切らす彼女は涙目で俺を見上げてきていて――




「んんっ、とにかく、目標は達成したんだからさっさと帰るぞ」


 


 危ない。また変な気分になるところだった。さっきから心臓がうるさいので、今のドロドロヌルヌルのヒビキを直視するのは危険だ。


 


 「ああ……正直、早くシャワーを浴びたい」




 粘性の液体でドロドロになったヒビキは、切実そうに言った。




 ……しかし今の状況、単にヒビキが発情するだけで済んだからいいものの、危険な魔物が背後から迫ってきていたら危なかったな。


 楽天家の俺でも、少し考えてしまう。


 


 前衛の俺と後衛のヒビキ。バランスが良いと思っていたが、もう一人くらい欲しいかもしれない。


 


 ……そうと決まれば探すしかないな。俺のハーレムメンバー、第一号を!

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