魔魔法の言葉に変わる時 【 20235 】
mono黒
第1話 一度目のプロポーズ
「俺のお嫁さんになって」
小学校の入学式。初めて会ったオレに、この男は嫁になってくれとのたまわった。
「え、やだ。オレは女の子とけっこんするんだもの」
その時のオレはあっさりお前を振った。
そのはずなのに、オレはお前の放った言葉の呪縛にずっと囚われ続けた。
小中高と一貫校のオレ達は、その時々で取り巻く友達は代わったが、なんとなくずっと友達だった。
お調子者のあいつはその後順調に彼女を作ったり別れたりを繰り返していたけど、オレはいつか彼がまた嫁に来いと言ってくれるのを漠然と待っていた気がする。
高校に上がったオレ達は、示し合わせたわけじゃないのに揃って水泳部に入っていた。
「なあ、真白は彼女とかつくんねえの?」
水泳部のロッカー室で、椎名は無神経にオレに聞いてきた。
「ー何で?」
タオルで頭を拭きながらオレは素っ気なく答えた。
「いや、高二なのに浮いた話の一つも聞かないからさ」
「フフン、誰かさんと違ってオレはストイックなの」
「ふーん、そんな事言って澄ましてるとチン◯腐るぞ!」
やつはふざけてオレの股間を素早くタッチして言い逃げた。
「バ…っ!お前それセクハラだから!」
お前はそうやって簡単にオレに触れる。
その度にオレの心臓は50メートルプールを全力で泳ぎ切った時よりもずっとドキドキ高鳴った。
椎名には彼女だっている。
男なんか好きじゃない。
だったら何故、入学式にあんな呪いをかけたんだ!
ロッカー室を出ていく椎名の後ろ姿を、オレは恨めしい気持ちで見つめていた。
どんな競技にも適正体重、適性体格というものがあるように、水泳選手にもそれはある。
筋肉は重く浮力を失わせ、面積が広ければ水への抵抗力になってしまう。
椎名は元々がっしりとした筋骨を持っていて、鍛えればすぐにマッチョになってしまう体質だった。椎名は水泳選手というよりは格闘向きの体躯をしていた。
「おい椎名、今度トレーニング方法を変えてみるか。
それと減量な、それ以上デカくなると記録が伸びなくなるぞ」
「ひぇ〜!しんどいっす!」
コーチがこんなことを言い出した時、オレは嫌な予感がしたんだ。
オレの心配通り、本人の努力とコーチの指導も虚しく、椎名はどんどんデカく重く厚くなり、タイムもどんどん落ちて行った。
「真白。オレ、水泳やめる事にしたよ」
ある時お前はオレにそう言った。
ピーク時には200メートル自由型を1分40秒で泳ぎ、オリンピックの強化選手にもなっていた椎名。
どんな気持ちで諦めたかと思うとオレの胸は潰れそうに痛かった。
でも椎名は腐ったりもせずに、今度はフットボール選手を目指して頑張った。
椎名の厚みのある頑丈な体躯には合っていたらしく、あっという間に椎名は頭角を表した。
だが試合中、頸椎捻挫と膝の靭帯断裂でやつはレギュラーから離脱した。
それから二ヶ月、椎名はまだ退院できなかった。
「おっ、よく来たな真白!」
病院の廊下でリハビリ中の椎名は俺を見つけて人懐っこく手を上げた。
「誰も見舞いに来てくれないのは可哀想だからな、仕方無く来てやった。
ほれ見舞いだ」
僕はいつもこんな調子だ。
照れ隠しの素っ気ない態度とつっけんどんな物言い。
「おっ!サンキュー!
コージーのプリンだ!」
それなのに椎名は嬉しそうな顔で僕の肩に不用意に手を置く。
椎名の熱くて力強い手。
オレの鼓動が速くなる。
苦しいよ、椎名。
「あ〜退院して筋トレしてぇなあ〜」
「なんでそんなに筋トレしたいんだ」
「そりゃあお前、いつか俺のお姫様を守るためにだ!」
「ハハ、なんだそれ、お前は勇者か!」
人の気も知らない筋肉バカはそれから一ヶ月して退院した。
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