第14話 お見合いを断りたい
黒咲が気を失って、静けさ染み渡る和室。とりあえず、彼女の目が覚めるまでは布団に寝かせておこう。
そう考えて、押し入れらしき襖を開ける。ビンゴ、中には布団が数枚あった。俺はそのうちの一枚を和室に敷き、黒咲の近くでかがみ込む。
「よっと……」
黒咲をお姫様抱っこして、布団の方まで繊細に歩く。転ばぬよう、ぶつけぬようにゆっくりと慎重に歩いた。
その間、物音ひとつしない和室であった。
カコンと庭にあるししおどしが時間の流れを告げなければ、この世界が止まっていると錯覚してしまう。
──シャッ
そんな中、この部屋の時を動かすかの如く障子が開いた。この屋敷に来た時、俺を案内した着物の女性だった。
「アダム様、お連れの方が……」彼女は部屋の様子を見る。
気絶している黒咲。そんな彼女を抱き抱える俺。敷かれた布団。グルリと視線が移動して、女性は深々と礼をする。
「っと、失礼いたしました。どうやらお取り込み中のようで」
「「お取り込み中!?」」
と、大声を上げたのは俺でない2人。海野と四葉は、開いた障子の隙間からひょっこりと顔を覗かせている。
車椅子に乗った四葉、ハンドルを持つ海野。俺は2人を交互に見て、察して、そして苦し紛れに放った一言。
「その……違いますよ?」
黒咲を布団にゆっくりと寝かせる。立ち上がる過程で両手を上げる。まるで、警察に踏み入れられた誘拐犯だった。
海野、四葉と目が合う。共通点の少ない2人だが、抱えている感情は同じのようでした。
「「……おい」」
ちゃかすでもなく、ただ、覇気を乗っけた一言。俺の背中にはヒンヤリと冬が訪れる。
そこからはよく記憶にない。
海野が「ウチとスルのは嫌がるじゃん!」って言ってたり、四葉が「私に、私にしてよぉぉー!!」って嫉妬の渦を撒き散らしたり。
もはや収拾のつかないカオスが出来上がっていた。
カオスが収まったのは30分後くらい。その頃には2人とも落ち着いて、お見合いの話もできるようになっていた。
俺は2人に黒咲から提案されている案をある程度話した。するとやはり、否定的な意見が飛んでくる。
「それは……。うまくいかないんじゃないかなぁ?」海野は視線を逸らす。
「アニメの再現は無理だよ。私はちょっとテンション上がるけど……」
海野の隣に座っている、アニメ好きな四葉も食いつきが良くない。俺たちが座卓で作戦会議をしている間も、黒咲の寝息は聴こえてくる。
「なぁ、ていうかそもそも、何でお見合いを断らなくちゃいけないんだ?」
ふと、そう疑問に思った。フィクションでは、お見合いは嫌なこととして描かれている。がしかし、現実だったら悪い話じゃないはずだ。
俺は続けて、もう一言付け足す。
「相手がタイプじゃなくても別に、後から好きになれば良くないか?」
俺の一言は静けさの中に響いた。とどのつまり、2人とも俺の意見に賛同しなかったのである。
「ウチはやっぱり、『好きになってる』ほうがいいなー」
「好きになってる?」眉を寄せて聞き返す。
「そう、ウチは『好きになる』んじゃなくて、『好きになってる』恋愛がしたいの。だからお見合いはナンセンスってことで」
海野は最後に、両手の人差し指でバッテンをつくる。俺を見つめてくる目とともに、可愛いなと率直に思った。
「まぁ、いいんじゃね? ……じゃあお前は?」
四葉を見る。ソワソワしている。何か、恥じらいを持っているような表情だった。なんとなく、言いたいことは察した。
「……私は優くんがいいから。その、お見合いとかじゃなくて、お付き合いをしたいなぁ。なんて……」
四葉お得意のチラッと上目遣い。そんなものに揺るぐくらいなら、もうとっくに俺とコイツは付き合っている。
「まぁ、いつも通りだな。よし、話を戻そうか」
四葉から視線を外す。特に何処か見るというわけでもなく、ニュートラルな視界になった。
「えー、無視しないでよー」四葉は机に突っ伏す。
コイツは振られても泣かないし、めげない。告白が絶えないという厄介なこともあるけど、友達としては助かっている。
というのも、いつもこういう感じの絡みで終わるから、気兼ねなく振れるのだ。そんなこんなでコイツとは気まずくなる気がしないな、ホント。
さて、思考も本題に戻そうと思う。
「問題は、どうやってお見合いを有耶無耶にするか……」
この場合、一方的に断るのは違う。それはコチラのエゴを押し付ける形となり、また、相手側に恥をかかせてしまう恐れがあるからだ。
後々めんどくさいことになるのは明白。下手な強引さは時に凶器になると、俺は前の一件で学んだ。
つまり、いい感じのところでお開きをする必要がある。そして相手からの印象を悪くさせ、第2回を開催させぬように立ち回る。
「黒咲を、学校の姿でお見合いさせるってのはどうだろう」
黒咲明日香は学校では目立たない。それはもう、今までアイドルであったことを隠し通せるくらいには目立たない。
あの大きな丸メガネが、彼女の人物像を左右しているのだ。そう、どういう原理かも分からないが、全反射して、彼女の瞳を隠す丸メガネだ。
「え? それってでも、結局会うってこと?」
海野が意外そうに口を挟む。彼女としては、黒咲とお見合い相手とを会わせること自体嫌なようだが……。
「まぁ言い方悪いけど、向こうが一目惚れするってことは無くなるんじゃね? 学校の黒咲めっちゃ地味だし」
「いやいや、惚れられる可能性はゼロじゃないよ? もし、趣味が合うとかで意気投合したら、めんどくさいことになるんじゃ──」
「そしたらソイツは、人の内面を見れるいい奴だな。仮に結婚しても、幸せになれるんじゃないか?」食い気味に答えた。
女性陣は俺の意見に否定的な表情を浮かべる。うむ、やはり女心的には、お見合い自体がナンセンスらしいな。
リアリストとロマンチストの意見なら食い違うに決まってる。
で、こんな感じの話が数十分続いた。そして黒咲が目を覚ます直前に、俺の案が渋々ながらにして採用された。
その後は目を覚ました黒咲に案を出して、また一悶着ありながらも許諾を得ることに成功。あとはお見合いの日を待つのみとなった。
俺含む4名は、縁側でお茶を啜っている。
あっ、嘘ついた。
四葉はまぁ、「お茶は苦手」らしく、車椅子に乗って日向ぼっこ中だ。庭に置いてあるししおどしを楽しそうに見つめている。
「なぁ黒咲、お見合いの日って、いつ頃なんだ?」
お茶を啜って、疑問を口にする。
黒咲もまた、お茶を啜って答えを口にする。
時間はゆっくり流れていた。
「そうですねー。明日、でしたっけ?」
「そうか、明日か──」
ここからの切り替えは早かった。それに、俺と海野はハモってたし、だいたいの意見は一致していたんだろう。
「「明日!?」」
はえーよ、急だよ、何で俺に変な設定で茶番やらせようとしたんだよ。あぶねぇよ、もし俺が快諾してたらどうすんだよ。
カコーン……
ししおどしは、いつもの調子で響き渡った。
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