27 うん、知ってた

 石段を下った先に、その川はあった。

 端が見えないほどの幅がある大河は、澄みきった青い水がゆるゆると流れていく。

 列車に揺られている間にも常に視界の隅には川が流れていた。これが世に言う三途の川なのかもしれないと撫子は思う。

 昔話みたいなおどろおどろしい雰囲気はない、静かな空気をまとう川だった。

「あの綿あめみたいなものって何ですか?」

 川にはところどころに白い塊が浮いていて、夜空に浮かぶ星のようにきらめいている。

「あなたは本当に食欲が旺盛ですね」

「すみません。私の俗世にまみれた目には綿あめにしか見えないんです」

 だって柔らかそうでおいしそうじゃないですか。そうつけくわえると、三毛猫のご主人がくっくっと笑う。

「なるほど。じゃあお嬢さんが食べたら綿あめの味がするだろう」

「え? 本当にそんな味がするんですか?」

「するかもしれませんね」

 オーナーはさらりと答えてから言う。

「あれが終わった後の命です。記憶も何もかもすべてを洗い流された魂ですよ」

 撫子は思わずまじまじと白い塊を見る。

 悠々と流れる川に、それは体の力をすべて解き放って身をまかせるように、ただ浮かんでいる。

「あ」

 川岸に着くと、それを動物たちが集めていた。人型の動物がせっせと荷車に積んでいる姿も見られる。

「拾ってどうするのかという顔をしていますね」

 撫子はなんとなくその先がわかっていながら、オーナーに頷いた。

「すべてに使うんです。食べ物も燃料も魂から生まれます。死出の世界は、終わった後の命で作られているんですよ」

 オーナーはちらと撫子を見た。

「嫌悪しますか?」

「いいえ」

 その言葉には即答できた。命を巡らせるこの世界の理は、優しいと思えた。

「この川は死出の世界中を流れているんですか?」

「ええ、隅々まで循環しています」

「飲んでみたいです」

「どうぞ」

 撫子は川岸に屈みこんで、そっと水をすくいあげる。

 それは命を巡らせる水として、今まで飲んだどの水よりも力をくれる気がした。

「父さん、母さん」

 父さんと母さんの命のおかげで私は生きていられる。

「ありがとう」

 川に向かって、素直にお礼を言うことができた。

 オーナーと三毛猫のご主人は川岸の動物たちに指示して、魂を荷台に乗せていた。その間、撫子は川の流れを飽きることなくみつめていた。

「では、撫子。列車に乗って帰りますよ」

 オーナーがやって来て撫子に告げる。撫子はこくんと頷いた。

「お嬢さん」

 別れ際、三毛猫のご主人が苦笑交じりに言った。

「こいつが嫌になったら、ガツンと言って俺の宿に来るといい。好きなだけ泊めてあげるよ」

 ふっと笑って、彼は付け加える。

「ただ気が収まったら戻ってやってくれ。こいつはどうしようもない奴だが、悪い奴じゃない」

 撫子は笑って言った。

「はい。知ってます」

 三毛猫のご主人に手を振って、オーナーと撫子は終点を後にした。

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