10 ツン時々乙女

 数刻後、フィンの部屋にシルクハットと燕尾服姿の青年紳士が現れた。

「他人様に迷惑をかけるなと言っただろう!」

 シルクハットからウサギ耳をのぞかせた一見ミスマッチな紳士は、フィンを見るなり一喝した。

 フィンは真っ赤になった目を見開いて、戸口で立ちすくむ。

「俺はお前が休暇を取っていると聞いて、少しは大人になったんだろうと思ったんだ。未練なく逝けると思ったのに」

 フィンはぷるぷると震えながら彼を見上げる。

「兄さん……おれ、がんばったよ」

 フィンは手を伸ばして彼の服の裾をつかんだ。

「でもやっぱり、兄さんが見てくれないとやだ」

「……子どもめ」

 しがみついてぐすぐす泣きだす妹の背中を、ルイはしょうがないなというように叩いた。

 ところでその一部始終を、撫子は廊下の端からのぞいていた。

「フィン様ってなんで男の子っぽい格好してるんでしょうね?」

 撫子はひそひそ声でオーナーに尋ねる。

「幼い頃の動物は性別があいまいです。フィン様はお兄様の真似をしていたんでしょう。まさか男性だと思っていたんですか?」

 後で撫子がきいたところ、チャーリーも「もちろんレディを見間違えたりしませんよ」と笑顔だった。気づかなかったのは撫子ばかりだった。

「ともかく、これで一件落……」

 撫子が強引にまとめようとしたところで、ルイがこちらを振り向いた。

「フィンの教育、これからもびしばし頼む」

 死んでからも手厳しいお兄様だった。

「お客様のご希望の通りに」

 オーナーは優雅に一礼して約束した。

 ふいにオーナーに袖を引かれて、撫子はスタッフオンリーの部屋に入る。

「あなたに無断で外出することを禁じます」

「え?」

「また列車から飛び降りられてはかないません」

 撫子は苦笑して頬をかく。

「いやぁ……もうしませんよ。死ぬほど危ないと思ってなかったんです」

「私はあなたがもう死に向かうつもりなのかと思いました」

 オーナーの声が強張っていたので、撫子は息を呑む。

「私より先に逝かないでください」

 撫子はそれを聞いて、オーナーは案外寂しがりなのかもしれないと思った。

 どれくらい長く生きているのか、今までどんな人と一緒にいたのか、まだ何もかもオーナーのことを知らない。

「いつ死ぬかなんて私の勝手ですけど」

 念のため断ってから、撫子は口をとがらせた。

「でも私、そんなに簡単に死にませんから」

 ちょっとだけ、本当にまだちょっとだけど、今は離れるのが嫌だと思う。

 そんなことを口に出すのは照れくさい乙女心に気づいた、ある日の出来事だった。

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