第32話 地味だからこそ、厭らしい罠




「まさか、入り口がゴールだったなんてね……」




 蒼き廟堂、そのゴールは入り口であった。


 さして強くないモンスターばかりが出てくるダンジョン。芳子もそうであったが、サクサクと簡単かつ気持ちよく倒せるモンスターばかりが出てくる仕掛けになっているのだ。


 それこそが罠であった。


 簡単に気持ちよく倒せるものだから、入った者はどんどんと奥へ奥へと進んでいく。そして、気付いた頃には物資が乏しくなり選択を迫られる。


 進むか、戻るか。


 しかし、蒼き廟堂の奥地にゴールは存在しない。


 簡単に倒せるから、奥へと向かえばゴールがそのうち有る筈だから……と先へ進めば、いずれは状況に詰む事となる、地味で面白みの全く無い罠だが、だからこそ厭らしく、クリアするのは難しい罠なのだ。


 かといって、入った直後に引き返してもクリアとはならない。


 PNRまで到達して、そして引き返して来る事が条件。


「でも、かなり苦戦したわね……帰りはかなり節約してきたつもりだけどギリギリだった……」


 ダンジョンが、引いてはダンジョンを作ったディーゴがどのようにして侵入者のPNRを定めているのかは未知の事だが、単純に物資が半分となった所で無い事は確かだ。


 芳樹は冷静に、節約すればギリギリ戻れるという所でそれを判断したが……その判断は非常に難しいと言える。


 航空機や船舶におけるPNRであれば、単純に燃料の総量から産出が可能であるが、スキル構成や戦闘手段が千差万別なプレイヤーのそれを計算するのは非常に難しい。


 冷静に、自己判断で、『生きる』という選択を最重視しなければクリアは不可能という事だ。


『厭らしすぎるだろ、このダンジョン……まぁ、クリア出来たから良いものの』


 進むのに数日、帰りは節約しながらで行きの倍ほどの時間が掛かった。入ってから出るまでには、芳子の場合だが二週間程も掛かったのだ。


 芳子は報酬を受け取り、廟堂の外へと出ると。


「みんな、まだ戻ってないのね……。ねぇ、あなた達。私以外に戻ってきた人はいる?報酬を持って戻ってきた人」


 芳子が名前を把握している、知り合いは誰も戻っていなかったのだが、これまで共闘してきた顔見知りは何人かが居たし、覚えの無い者も合わせれば結構な数が廟堂の外には屯っていた。


 その者達に問い掛けたのだが。


「エモさんじゃないすか。それが……入ってすぐ戻って来たのは何人かいますが……クリリンの兄貴やアンダ達は戻って来てませんね……。俺はビビっちまって入ってないんだけど、中は一体どうなってるんで?」


 エモーターから変化してエモさんと呼ばれる芳子。


「そうなのね……。皆、大丈夫かな……あまり調子に乗ると戻れなくなる、きっと……」


「えっ!?それは一体……どういう事なんで?それに、エモさんは報酬をゲット出来たんで?」


「ええ。私はね。でも、すぐに戻って来たって人達は報酬を貰えてないの?」


 芳子の立場としては、何故報酬が貰えたのか、その条件はハッキリと解ってはいない。それなりに奥地へと侵入してから戻ればいいのかもしれない、といった程度の認識だ。


「そうすね、戻ってきた奴には皆興味津々で、寄って集って質問攻めにしましたが……報酬は貰えてないみたいス」


「なるほどね……多分なんだけど、戻れるギリギリまで奥まで進んでから戻る、っていうのがクリア条件だと思うわ?」


「なっ……!?そ、そんな条件……兄貴達、気付くかな……」


 それは未知数であった。冷静さを欠く者ほど、調子に乗って奥地へと進みすぎ、戻れなくなるであろう。


「祈るしか無いわね……でも、それが正解かは私にも判らない。あなた達の中で、それを確かめてくれる人、いない?」


 判らなければ試すしか無い。


「そ、そうか。敵はそんな強くないって話しだし、途中で戻っていいならいけるか……。なら、俺が行ってみますよ」


「良かった。そうしてくれる?多分なんだけど、早く戻りたいなら、早くクリアしたいならあえて物資は少ない方が良いかも。武器なんかも耐久が低い程良いと思うわ?」


 と、助言する芳子。


 ほとんど同時に、栗林やあっくん、安道達は中へと入った筈なのだ。それでも戻らないという事は、戻れない程に奥へと進んでしまったか……魔法職では無いが故に、触媒という物資を消耗せずに済んでしまい、また、普通は戦場に赴く前には武器の手入れをしてから向かうが為に、PNRの判定が厳しくなっているのではないかと予想したのだ。


 銃器や弓で戦う者なら直ぐに物資が足りなくなるだろうが、耐久値の高い近接武器を主体として戦う者は……引き返せなくなるギリギリのラインはかなり奥地となるだろう。







「エモさん!エモさんの予想通りだった!報酬、貰えたぜ!」


 芳子の頼みを聞いて中へと入った男が、戻ってきたのだ。


 廟堂の外で屯ってた者達の表情に光が差す。


「おお、マジかよ!すげぇ!んじゃ俺も行ってくる!」


 と、多くの者達が希望を持ち、物資や装備を調整して次々とダンジョンへと挑んでいった。


 そしてやがて……。


「HA、HA……HA…………。し、死ぬか、と……」


──ドサり。


 栗林が戻ってきたのだ。


 だが、その身はボロボロで、いつ死んでもおかしくない程だ。


「っ!?クリリン!オールヒール!オールリバイタル!」


 芳子は焦って駆け付け、《回復魔法》を唱えた。


「トミアさん、か……。た、助かった……」


 精神的にかなり参っているのだろう。《回復魔法》を受けても栗林はぐっだりとしていた。


 だが、その手にはしっかりと、7回目のクエスト報酬が握りしめられていた。


「もどって来てくれて良かった、本当に……」


 それから数日。


「いやぁ、酷い罠だったぷに。ダンジョンは全然難しく無いけど難しすぎる罠ぷにね……」


「……まったくだぜ…………」


 栗林より遅れたものの、安道やあっくん、他にも芳子が仲間と認識している者の多くが戻って来たのである。


 だが、その手に握られているのは、7回目のクエスト報酬とは別物であった。ダンジョンとしてのクリア報酬は手に入れた様であるが、緊急クエストとしての報酬は8人分のみ。


 芳子がクリア条件を見出した事により、直ぐには中に入らず屯していた者達でほとんどを取り終えてしまったのだ。


 栗林は最後の一つをギリギリで手にしたに過ぎない。




 そして。




──「あはは──。今回は揉めずに済んだ様だな?揉めずにクリア出来るクエストを選んだ私に感謝したまえよ?」──


 いつもの如く、唐突に現れたディーゴ。


 次は一体何をやらされるのか、芳子達はもう疲弊しきってうんざりとしていた。


 だが、ディーゴが齎す試練は続くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る