第21話 第二のデスゲームと褌愛好会
──「今回はそれなりの難易度に挑んでもらう」──
前触れも無く、唐突に全プレイヤーの前に現れたディーゴ。
──「わざわざ五日も与えたのだからな。中には不平不満を訴えるのみで禄にスキル上げをしていない者も居た様だが……。世の中、愚者の思い通りになるなどと思わぬ事だな」──
『ふぁ~。それ見たことか。時間を無駄にしないでスキル上げをしておいて良かった。今回は大勢死ぬのかもな。まぁ内容次第だろうけど』
ディーゴの言葉を聞き、自分の行動は正しかったのだと胸を撫で下ろす芳樹。
しかし……他PCの中にはほとんどスキル上げをしていない者も多く、それらの者は、更に不満を口にするのみ。
理不尽に今の状況に囚われ、不平不満を口にするのは心情としてはその通りなのだろうが、そういった者はこの先に生き残れはしないであろう。
──「今回の緊急クエストはハマエ高原に居るギガースを倒しに行って貰おうか。その足元に採掘ポイントを設置しておいた。そこを掘り起こせばとあるモノが見付かるであろう」──
そう告げると、ディーゴは消え去った。
「なるほど。海の次は高原ね?」
<褌愛好会>に正式加入した芳子。
その姿は勿論、股間部のみフンドシ姿である。
「HA-HA-HA──。どうするね?トミアさんは直ぐにでも向かうべきだと思うか?」
少し悩む芳──『/guts』──子、であったがそれよりも早く芳樹によって肯定されたのであった。
「そうか、吾輩もそうすべきと思っていたのだ。前回の吾輩らはスキル上げを重視すべきと考え、その結果……尊い命を……。いや、それは言うまい。では行こうぞ!風となって!」
実は、FSマスターである栗林は酷く後悔しているのだ。
<褌愛好会>は第一としてフンドシを愛する者の集まりであるのだが、何故か、移動速度に特化した者が非常に多く在籍するFSなのである。
移動速度──そこには勿論、《水泳》スキルも含まれており、前回の緊急クエストに彼らのFSが率先して参加していれば違う結果になっていたのではないかと、栗林は考えている。
それは結果論でしかなく、参加していても違う結果にはならなかったのかもしれない。
だが次は必ず、直ぐに駆け付けようと心に決めていたのだ。
変態ではあるが、心優しき漢、それが栗林である。
それに悪い事ばかりでもなく、時間を惜しんでスキル上げをしてきた彼らのFSメンバーは総じてスキル値が高い。
だから必要スキル値80もの高位スキルを、既に使えているという事なのだ。
「それは……そうね。もう、私も後悔はしたくない」
「良い顔付きだ!流石はフンドシを愛でる逸材であるな!では、グレイトエスケープ!」
──ギュウンッ!!!!
移動速度が上昇するバフが掛けられた。
──二人は可能な限り急いで、ニーリム海岸を駆け抜けた。
城下町バスクへ辿り着き、そのままマナポータルへと向かうとハマエ山へと転移した。
ハマエ山のマナポータルが設置されている街は、バイアロス島三大勢力の内の一つ、エノレガディンという国の主要都市。
エノレガディン──軍国主義であり、軍規を重んじる竜騎士の国である。バスクとは思想が違っており敵対しているのだが、現在は休戦協定が結ばれておりマナポータルでの相互通過が可能となっている。マナポータルは軍隊が一斉に通行出来る代物では無いので利用するのは主に一般人であるが、休戦協定が破棄されれば直ちに相互通行が出来なくなるであろう。
芳子と栗林はハマエ山へと到着すると早速、街を散策する事も無く通り抜けてハマエ高原へと向かった。
そこには。
「ようマスター、待ってたぜ」
<褌愛好会>のFSメンバーが勢揃いしていた。
「待たせたか?流石は我がFSメン!何時でも迅速であるな!」
栗林はニーリム海岸を駆け抜ける中、FSチャット機能を利用して全メンバーに集合場所を通達しておいたのだ。
「こんなに大勢いたのね……」
芳子としては意外であった。
こんな変なフンドシを好む者が、それほど多くいるとは思えなかったのだが……集まったメンバーは軽く見積もって100人近く居るのだ。
「トミアさん、紹介しよう!我がFSメンだ!皆も聞いてくれ!遂に!我がFSに女性プレイヤーが加入した!イカ・トミアさんだ!名前はトミアさんだから間違いの無いようにな!」
未だ名前を勘違いしている栗林。悪意は無い。
「ヒューッ!やったじゃねぇかクリリン!あんたに女をつかまえられるとは思ってなかったぜ!」
100人近く……正確には97人居るのだが、その全ては漢のみ。その漢達は湧きに湧いた。諸手を挙げて喜び、手を叩く者、指笛を鳴らす者、涙する者さえも居る程だ。
芳子は初の女性メンバーであり、正しく紅一点。
「皆の者!喜ぶのは解るが……今はそれどころでは無い!いつもの手筈でゆくぞ!迅速にパーティを組み出発だ!」
100人近くも居ればグダグダになりそうなものであるが……同じFSのメンバーであり、手慣れているのだろう。
即座と言って大袈裟では無い程に速やかに、パーティが組まれて出発となった。
芳子と栗林を入れて総勢99人。20パーティもの規模である。
そして勿論、全員がフンドシ姿である。
それが過去の、正常だった頃のMoEでは一糸乱れずといった様相で団体行動しているのだ。
超有名なFSとなるのは当然の事であった。
──「ではゆくぞ!出発!」
「アクセレイト!アルティメットエナジー!」
「
「ムービングキャスト!アクセルブラッド!」
「ファイナルスパート!」
「S.o.Tブラストバック!ハヤブサウィング!」
「ポールロウル!ステップバック!」
「コンバインドフュージョン!」
「ファストステップ!」
出発が宣言され、次々と、様々なテクニックを使用し始めるFSメンバー達。
初めて見るその光景に、芳子は圧倒されていた。
他のゲーム、MMOもプレイ経験の有る芳子だが、戦闘でも無く、只の移動、その為だけに凄まじく様々なアーツや魔法が使われているからだ。この様な事は初めての経験であった。
芳子にも、芳子が知らない様々なバフが掛けらる。
「凄い……。凄いFSだったのね!」
芳子は興奮して、栗林を称賛した。
「そうだろう!?HA-HA-HA──!吾輩自慢のFSである!走ればギガースまで直ぐだ!」
そして芳樹も、芳子とは違う部分に興奮していた。
『Sugeeeeee!!!もうカンスト勢がいるのか!僕も知識だけなら有るからヨプコの育成は早い方だと思ったけど、甘かった。やっぱり本物のガチ勢は違うんだな。カンストどころか複合テクまで……何処で手に入れたんだよ!すげぇ!やっぱりこのFSに拾って貰えたのは大正解だな!感謝しろよなヨプコ!?』
それはもう、芳樹は興奮していた。
先程FSメンが使用した数々のテクニックの中には、必要スキル値90のものも含まれていたからだ。
それも、失敗する者が居なかったのである。
MoEのスキルは必要スキル値を満たしただけでは、8割の成功率しか無いのだ。100%の成功率とするには、必要スキル値+8のスキル値が必要となる。
つまり、必要スキル値90のテクニックを失敗なく使うにはスキル98にまで上げる必要が有る。
各種スキルの上限値は100。よって、カンストしていると目されるのだ。それも、複合テクまで使える者がいるのだからスキル総合値もカンストしていると目される。
芳樹はMoEについて詳しいが、実践が伴っていない。
しかし彼らは違った。本当に、ゲームとして純粋にやり込んでいるガチ勢と呼ばれる者が多く集まるFSなのだ。芳樹も、決して非効率なスキル上げを促した訳では無い。十分に効率的であったのだが、ガチ勢のスキル上げ速度には到底及ばないものであったという事だ。
「凄い速さね!凄い!本当に凄い!」
興奮醒めやらぬ芳子。
それもその筈、ニーリム海岸で栗林と二人で駆けた時よりも、更に速いのだ。途中、自分達よりも早くハマエに移動してきたのか元々高原に居たのかは定かではないが、何人ものFSメンでは無い他PCを追い抜き、あっという間に後方へと置き去りにして爆走しているのだから。
「感じるのだ!はためくフンドシを!」
はたはたと、自らが巻き起こす風にはためくフンドシ。芳子は内心、悪くない、と思い始めていた。
芳子は知らずの内にフンドシの前垂れ部分を脚の間に巻き込んでしまい、後ろから見れば尻からトイレットペーパーを靡かせている様に見える。
しかし当の本人は気付いていないし気分が高揚しているので、そんな事に想像が及びもしない。
そして、あっという間に辿り着く。
──Gwooooooow!ドゴドゴドゴ!!!
ギガース──単眼の巨人。毒々しい緑色の肌、筋肉質な巨躯。その身の丈は10mを超える。全てが巨大で強大なモンスターである。しかし単眼故の弱点も有った。頭蓋に比して眼球が大きい単眼生物は、その形状により脳化指数が極端に低いのだ。つまり、極端に頭が悪い。
ハマエ高原の奥地、その一角にギガースは待ち構えていた。
ちらほらと、僅かだが数人の先客も居た様だ。
遠目からでも目に付くほどの巨体。ギガースは凄まじい雄叫びを上げては胸を叩いてドラミングし、ゆらゆらと、とある一箇所から遠く離れる事なくうろついていた。
恐らく、そこがディーゴの告げた採掘ポイントなのであろう。
「あ、あんなのと戦うのね……」
「臆する必要は無い。吾輩らなら問題なくやれる筈だ!」
<褌愛好会>の戦いが、今、始まろうとしていた。
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