第19話 幼き戦慄の魔痴女、デビュー
「うう……あんな所に入会させられるなんて……」
芳子は頭では、あれはゲーム内の演出でありそういう設定がなされたNPCなのだと理解しているのだが。そうであっても、何やら怪しげな教団が作ったギルドに入るのは抵抗が有った。
まだ人類が、モニターに表示される古風なゲームをしていた頃であればそこまで嫌悪感を抱く事は無かったであろう。
フルダイブ型VRでは、ヒトの有す全感覚を持ってその世界に没入する事になるので、雰囲気や臭い、その全てを肌身に感じるので想像以上にゲームとは思えない感覚を味わう事となる。
だから芳子は辟易としているのであった。
とは言え、芳樹はついでに立ち寄らせただけであり、今回はギルドへの加入をしただけで済ませ、ギルドクエストは受注せずに直ぐにその場を離れた。
今、芳樹が目指しているのは城下町バスクであった。
多くの他PCが居るであろう街へと繰り出し、芳子にパーティを組ませようと画策しているのである。
──ふぉん……。
マナポータルを使い転移をし、城下町バスクへと降り立った芳子だが、自分に取り憑く何者かが自分に何をさせたいのかは理解していない。
とりあえず、導かれるままに辿り着いただけなのだ。
「さて……何をすれば良いのか……」
──タタタタ、ッターン!
例によって芳樹コマンドが実行され、自動前進によって街を歩かされる芳子。
芳子からしてみると、ただ目的も無く散策しているだけに感じられるのだが、芳樹は必死に街中を観察していた。
『TPS視点』の『カメラ』である芳樹は、芳子自身よりも数倍高い位置から俯瞰するかの様にして世界を見渡せるのだ。
その特性を活かして他PCを探しているのであった。
やがて。
『お、いたいた。とりあえず……うーん……まぁ何とかなれ』
発見した他PCに向かう様に芳子を誘導し、街角で仲間らしき数人で屯ってたグループへと近付いた。
──タタタタタ、ッターン!
「おわっ!?な、何だよ?突然」
「あ、あはは……いや、その……あの、ね?突然、踊りたくなる時もあるでしょ?あるの!」
突然、『/boob dance』を、エモートコマンドで強制的に踊らされた芳子は、とりあえず取り繕うしかなかった。
恐らく、このグループに用が有るのだろうと芳子は察したのだが、芳樹がパーティを組ませようとしている事にまでは考えが及んでいない。及ぶ訳も無い。
『ん~、反応が悪いな……これじゃダメか』
──タタタタ、ッターン!
『/snaky』
次に実行されたのは、後ろ手に手を組んで前屈みになり、腰を左右に振ってモジモジするモーションである。
MoEにおいて非常に人気の高いエモートであり、特に小柄なプニコが行うそのモーションは多くのプレイヤーから高い評価を受けていた。
『/gaze』
口元に手を添え、少し前屈みになって相手を見つめる。
『/kiss』
投げキッスをし。
『/snaky』
もう一度モジモジして見せた。
「可愛い……けど、突然どうしたんだよ?」
プニコの幼い子供に見える容姿と小柄な体で繰り出されるエモートに、悪印象を抱くプレイヤーは少ない。
どうやら、とりあえず話しをするツカミは出来た様だ。
「あ、いえ……そうね……ええと、私MoEは初めてなの。それでちょっと楽しくなっちゃって、とか?」
「あ?あ~……そうなのか?それで何で疑問形なんだよ?」
芳子としては、このグループに用など無いのだ。
かと言って先に絡んだのは自分の方であるし、上手い言い訳も咄嗟には思いつかず、変な物言いになってしまっていた。
だが。
『/bad smell』
唐突に、臭い臭いのモーションをさせられて、それは芳子の発言に対する芳樹の答えなのだが……他PCにはそれが判る筈も無かった。
急に顔を顰めて臭い臭いのモーションをとられたら、他PCからすれば気分が悪いだろう。
しかし、芳子としては自分に取り憑く者の意図を探らねばならないから疑問形で問うしかないのだ。
「見て欲しかった……とか?」
『/bad smell』
「お前……何言ってるんだよ?そんなに俺らが臭いってか?」
「ち、違うの!色々と事情が有って!ちょっと待って、きっと何か用事が有る筈だから!話せば解るから、たぶん!」
『/guts』
用事が有る、その事を肯定する芳樹。
『/kneel』
続け様に、強制的に跪かされ。
「──ええと……そうね……他のプレイヤーに、何か用が有るんだとしたら……あ、MMOなんだから──トレード?」
『/bad smell』
「あっあっ!ごめんなさい、臭い訳じゃないの!……ええと、トレードじゃないなら……決闘!?」
『/bad smell』『/bad smell』『/bad smell』……!!!
「違うから!そんな顔しないでお願い!本当に、臭いとか思ってる訳じゃなくって!……じゃあ……あ!で、デート!?」
『/guts』『/guts』『/guts』『/guts』『/guts』『/guts』……!
正解そのものでは無いが、芳樹の考えに極めて近いものへと辿り着いた芳子。
「はぁ!?俺らを煽ってるの間違いじゃなくてか?それに、だから何で疑問形なんだよ?お前頭オカシイのか?」
他PCからしてみれば、唐突にエモートしまくる、どうにも不可解で怪しい女でしかない。
「いや、だからそれは……話しを聞いて貰えたら解って貰える筈なんだけど。……そうね、これからちょっと食事でもどう?」
芳樹の意図が何とか芳子に伝わり、芳子はそれに沿うべくデートへと誘ってみたのである。
しかし。
「いや、何かどうにも胡散臭いしやめとくわ。じゃあな」
と、折角何を意図を理解しても最初の印象が悪すぎた為か断られてしまったのだ。
『ウッソだろ……。後ちょっとだったのに。まぁ仕方ない、完全にじゃないけどヨプコに意図は伝わっただろう。次の他PCを見付ければきっとなんとかなる』
そして宛のない街の散策は継続する事となった。
──タタタタ、ッターン!
しかし、中々に良さげなプレイヤーが見付からない。
バイアロス島で最も賑わっているのが城下町バスクなのだ。だから他PC自体は見付かるのだが、芳樹のお眼鏡に適う者が中々見当たらないのである。
見るからにエンジョイ勢であったり、禄にスキル上げをしていない様な者ばかりが見付かるのだ。
それもその筈。
ディーゴにより、デスゲームだと告げられた世界。そこに危機感を覚えた者であれば今頃必死になってスキル上げに励んでいるであろうし、街中になど居ないのが道理である。
最初にたまたま見付けた彼らは、本当にタイミングが良くて運良く遭遇出来ただけなのだ。
芳樹から見ても、現時点でそれなりの装備をしていたし、本当に千載一遇のチャンスであったのかもしれない。
それに、真面目にスキル上げに励む様なプレイヤーだったからこそ、不審な行動を見せた芳子を警戒して身内で作ったパーティには近付けさせなかったのだ。
普通に考えれば、女性キャラの方から顔見知りでもないのにデートに誘うなんてあまりない事なのが事実で、見ず知らずの男に声を掛けるなら裏が有る筈と勘ぐられても仕方が無いのだ。
『困ったな……甘く考えすぎてたか?これじゃ地下墓地でスキル上げしてた方がマシだったって事になる。どこかにちゃんとキャラ育成しててマクロも知ってそうなプレイヤーは……』
焦り始める芳樹。
だが、芳樹が諦めて地下墓地へと戻ろうとした時であった。
──タタタタタタ、ッターン!
『見付けた!次は上手くやるぞ!ヨプコ、頼むぞ!』
『/auto run』によって誘導される芳子。
「う、ウソでしょ……!?まさかアレに、私の方からデートを申し込ませるつもりなの!?」
自分の向かっている方向の先、そこに見えた者を確認して驚愕に目を見開く芳子。
そこに居た者とは。
「んお?どうしたんだい?お嬢ちゃん!もしかして君も我輩らの仲間にナリたいのかな!?」
そこに居たのは、ブレッドス男性と他数人だったのだが。
「ど、どどど、どうして下半身だけ裸なの!?」
何故か、下半身だけ丸出し男の集団だったのである。
「HA-HA-HA!我々を知らないなんてさてはモグリかな?いやしかし、喜ぶべき事だ!我々を知らないフレッシュなプレイヤーがまだ存在していたと言う事なのだから!HA-HA-HA──」
豪快に笑い、豪快に股間だけを天に突き上げるかの様にした独特な立ち姿で喜び始めるパンダ。
取り巻きらしき者達も独特なポージングで笑っているのだ。
これには流石の芳子も強気に出る事は出来ず、若干ではなくドン引きせざるを得なかった。
『これは運が良い。MoEで彼ら程有名なグループは居ないだろうし、彼らならMoEの事ならほぼ何でも知ってるだろう』
だが芳樹は歓喜していた。
彼らのグループは、既存のMoEプレイヤーなら知らぬ者など居ない程に有名であり、その見た目に反して非常に優れたプレイヤースキルを持つメンバーで構成されているからだ。
「──無い。流石にコレは無い。この人達に私の方からデートに誘えって言うの……?有り得ない……。だって、どうして下半身だけフンドシなのよ──」
そう、彼らは超有名FS、<褌愛好会>だったのだ。
FS──fellowship。フェローシップとは、共同体、組合、或いは同好の士の集まりの事である。他のゲームで言うところのギルドの様なものであるが、MoEでのギルドは先述した通りNPCがマスターを務めるゲームシステムの一部である為に、プレイヤーが集まる集団はFSと呼ばれているのである。
「な、なんでも無いの、帰る!さようなきゃっ!?」
──タタタタタ、ッターン!
芳子が拒否反応を示し、帰ろうとし掛けた時。それは芳樹によって当然の如く拒否されてしまった。
「んん?HA-HA-HA!我々が臭い、かね?」
「い、いえ、コレはそういう事じゃなくって……あはは……」
「何、気にする事は無い!我々程の漢が集まれば、筋肉臭が漂ってしまっても仕方が無い!それに、我々はそこまで狭量では無いのでね!」
男達、否、漢達は、それはもう熱苦しい雰囲気だった。そして多少の事には動じない器の持ち主の様だった。
「ええと……その、お願いしないとダメなの?」
「ん?何をだね?」
芳子の問い掛けに、意味が判らなくて問い返すパンダ。
しかしそれは、パンダに向けたものでは無い。
『/guts』
「やっぱり……そうなのね……。そう……。あの、断ってくれて良いんですけど、その、ええと……で、デートしません、か?」
勇気を振り絞り、覚悟を決めてデートを申し出る芳子。
「HA-HA-HA!!!そうか、我々とデートがしたいか!よかろう!我々はいつでも同好の士を受け入れる!フンドシの良さに気付けるとは見所の有るお嬢ちゃんじゃないか!HA-HA-HA!」
芳子に不信感を抱いて、去っていった男達とはまるで違う対応であった。
二つ返事である。
「え、ええ……。そんな……。どうして……」
「困惑するのは仕方の無い事!自らの内から湧き上がる慟哭の如きフンドシへの渇望!それに気付いた者は最初こそ困惑するものなのだ!だが!しかし恥ずかしがる必要は無いのだ!さぁ、お嬢ちゃん、我々と手を取り合って、フンドシの素晴らしさを共に、存分に語り合おうではないか!ゆこうぞ!いざ地の果てまで!」
と、芳樹の思惑、その一歩目は達成される事となった。
「きっついわぁ……」
芳子の口から、芳樹の如き呟きが漏れ出る。
『おっしゃー!勝つる!これで勝つるぞ!<褌愛好会>なら実力も知識も申し分無しだ!それに、何故かスピードを愛する者が多くて……その為にはマクロが必須だからな!こいつらと行動を共にしていれば、いずれ必ずマクロに辿り着く!間違いない!』
芳樹、大興奮である。
芳樹の言った通り、<褌愛好会>の者は何故か、移動速度に拘る者が多く、移動速度を稼ぐ為には様々な工夫が必要であった。
その為にマクロはほぼ必須と言えるのだ。
だから、芳樹の興奮は醒めやらない。
「では、一先ずひとっ走りするぞ!手始めにニーリム海岸だ!」
「あはは……。よろしく、お願いします……」
──ぺかっ。ぺかっ。ぺかっ。……。
芳子の視界にAR表示される、他PCからのパーティ申請。
褌の巨漢、<褌愛好会>のマスターからパーティ申請が届いたのであった。
嫌々ながらも、それに応じる芳子。
嬉々として両手を上げる芳樹。
こうして芳子は、<褌愛好会>の一員としてデビューする事となった。
「私、これからどうなっちゃうのかな……」
それは、誰にも判らない。
陽が傾き、辺りが朱色に染まる空の下。
芳子の呟きを聞き届ける者は誰も居なかった。
しかし芳樹が唯一人、その言葉を聞き届けていたのである。
デスゲームはまだ始まったばかり。
人知れず、第二の緊急クエストが始まろうとしている事には、誰も気が付いてはいなかった。
本格的なゲームは、これから始まるのである。
──────第二章・完──────
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