第二章 『承』
キャラ育成
第09話 スキル制という育成システム
──ぱらりら~ん♪
脳内に響くファンファーレ。
「中々面白いわね。クセになりそう」
現実へと帰還する為、その為にはディーゴを倒さねばならないのだが、それには先ず自らが強くならねばならない。
そう考えた芳子は早速クトゥーク地下墓地で、チュートリアルで得た僅かばかりのお金を支払って、NPCから死の魔法のいくつかを購入した。
そして、その魔法を中心としてスキル上げを開始したのだ。レベルアップのファンファーレならぬ、スキル値が上昇したファンファーレが脳内に響いたところであった。
MoEというゲームには、レベルという概念が存在しない。厳密には存在しなくはないのだが、少なくともプレイヤー自身にはレベルというものが無いのだ。
Mobを討伐してレベルを上げ、レベルが上がるとスキル……技や魔法を覚えられるといったシステムでは無い。
ではどうやって技や魔法を覚えるのかというと、先程芳子が取った行動を説明した通りNPCから購入するか、Mobを討伐した時のドロップアイテムとして入手するとか、イベントやクエスト等で条件を満たして入手するか等になる。
スキルを会得する為には、
Mob──Mobile objectの略であり、MMOでMobと言う場合には脇役といった意味のモブキャラを指す訳では無く、雑魚モンスターの事を指す。
それはともかく、そういったシステムであるが故に、入手方法さえ知っているのであれば、ゲーム開始直後でキャラが全く育っていない状態であっても最強魔法を覚える事も可能である。
だが当然ではあるが、それは覚える事が可能なだけなのだ。
レベル制……例えば国民的J-RPGであるドラゴンを冠する作品であれば、魔法を覚えて以降はMPが足りさえすれば使用が可能であるが、MoEの場合には各種スキルに設定された必要スキル値に自らのステータスや各種スキル値が足りていなければ失敗してしまうのだ。
つまり覚えた各種スキルを十全に扱う為には、自身のステータス、その根本を成すスキル値を上げねばならない。
ステータスと言えばHPやMP、他にもSTR・DEX・AGI等々と様々有る訳だが、それらを上げるのにも、それらに応じたスキルを上げてやる必要が有る。
例えば敵から攻撃を受けると、確率判定により《生命力》というスキル値が上昇する事が有る。《生命力》が上がると、それに応じてHPの最大値が上昇するのだ。また、受けた攻撃が物理的なものであるならば《生命力》以外にも《攻撃回避》であったり《着こなし》というスキルが上昇する事も有る。受けた攻撃が魔法であるのならば《呪文抵抗力》が上がったりと。
逆に、敵を物理的に攻撃すると《筋力》及び、その際に使用した武器種、例えば刀剣を使っていたなら《刀剣》が、素手で殴り掛かれば《素手》というスキルが上昇する。魔法も同様であり、使用した魔法に応じて各種スキルが上昇する仕組みなのだ。
つまりスキル制システムとは、自らが行った行動に合わせて様々なスキル値が上昇するシステムなのである。
それは戦闘による攻防に限られた事では無く、泳げば《水泳》が上昇するし、料理をすれば《料理》が、釣りをすれば《釣り》が、高い所から落下したなら《落下耐性》が上がるといった具合に、本当に様々なスキルが上昇する。
但し、無限に上昇する訳ではないし、各スキル毎に限界値は定められており、更に各種スキル値の合計値にも上限が定められている。
だから、全てのスキルをカンストさせて俺最強、なんて馬鹿げたドヤ顔アピールはする事が出来ないし、仮にそれが可能であればクソゲー待った無しであったであろう。
限られた総スキル値の中で、いかにしてバランスよく各種スキルを上げていくかが、このゲームの攻略ポイントとなる。
しかしスキルの種類は実に豊富であり、最適解を見つける事は非常に困難である。だがだからこそ、MoEとは奥深く、プレイヤーそれぞれが自分の好むキャラ育成が可能であり、スキルの組み合わせによって無限といって差し支えない程に遊べるゲームとなっているのであった。
初心者には優しくないシステムであろう。
判り難く、攻略サイトを見たところで、正解という名のテンプレビルドなど存在しないのだから。
限られた時間、その中で思う存分俺tuee!したいと願う様な、サクっと手軽に遊びたい様な人種には向かない仕様である。
しかして逆に、じっくりと思う存分ゲームをしゃぶり尽くすという気概の有る人種にとっては、無限の可能性を秘めた隠れた名作と言えるゲームなのだ。
──ぱらりら~ん♪
と、また芳子のスキルが上昇した様だ。
『ははっ。頑張ってるな。まぁ最初はガンガンスキルが上がるからけっこうクセになるんだよな。ってか、最初は死魔を初心者が選ぶのはどうかと思ったけど、デスゲームだってなら悪くない選択だよな。でも他のスキルはどうするつもりか……』
芳樹の言う事は尤もで、《死の魔法》ほどデスゲームに適したスキルは無いだろう。
その理由は別の機会にするとして、芳樹の心配も尤もなものであるのだ。
MoEはスキル値が上がらないと各種スキルを十全に扱えない仕様なので、最初だけはさくさくスキルが上がるのだ。そうしなければ、敵とまともに戦えるまでにやたらと時間が掛かってしまう事となる。スキル値が上がらなければ技も魔法もろくに使えないし、通常攻撃で攻撃するにしても《筋力》が低いとろくなダメージが出せないからだ。
そのさくさく上がるスキル値に、罠が潜んでいる。総スキル値には上限が有るので、無闇矢鱈と考えなしにスキルを上げてくと全てが中途半端な超器用貧乏キャラとなってしまうのだ。
普通なJ-RPGのレベルアップファンファーレしかり、ぱちんこ遊技機しかり、回胴式遊技機しかり、鳴り響くファンファーレにはヒトを惑わす毒が有る。それを聞きたくなる中毒症状を引き起こす事が稀によく有るのだ。
ゲームやぱちんこ等を好む人種は、特にその傾向が強い。
MoEの初心者が陥りがちな罠。そのファンファーレの虜になってしまい様々なスキルに手を出して、上がりやすい低スキル帯だけをガンガン上げる。そうなると糞キャラの完成である。
芳樹は、それを懸念しているのだが……。
『まずいな……《落下耐性》に《自然回復》、《水泳》まで上げ始めたぞ……。』
その、悪い予感が的中しそうであった。
『きっついなぁ。どうするか。せめてこの女子と意思疎通が出来たら助言くらいは出来るんだけどな……。でも考えようによってはこのまま好きにさせた方が安全か?このぶんなら戦闘にはろくに参加出来ないキャラになるだろうし、戦闘で死ぬ可能性は低くなるかも。死魔が有れば最悪自分だけは生き残れるし』
悩む芳樹。
せっかく、1キャラに対して二人で憑依している様なものなのだから、芳樹はそれを活かしたいと考え始めていた。
全てを自己完結できるハイパーチート系主人公程ではないが、芳子に芳樹が付いているというのは、他PCに比べたらかなり大きなアドバンテージである事は間違い無いのだから。
しかしその芳樹の考えは、芳樹自身は気付いていないが大きな変化であると言える。今まで他人に興味を示さずろくにコミュニケーションを取ってこなかった芳樹が、自らの命にも関わる事であるからという理由も有るにせよ、他人との意思疎通を自ら臨もうとしているのだ。
それはある種の、ヒトとしての成長なのであろう。
『あ、そうか。もしかして』
──タタタタタタタタ、ッターン!
何かを叩き込む芳樹。
『おお!やっぱりか!これなら、意思疎通出来るな。そうかそうか、チャットツールが駄目でもコレなら!……でも、どうやったらコレをこの女子に見せれるか……』
芳樹が閃いたのは、マクロ編集であった。
キャラに覚えさせた各種スキルを、戦闘中に即座に使うには会得スキルの一覧から選択するのでは勝手が悪い。
だからショートカットに登録するのだが、登録したスキルアイコンから、或いはショートカットの空きスロットからマクロ編集ウィンドウを開く事によってマクロ編集が可能なのだ。
マクロはコマンドを複数行使い、ワンタップで複数行動であったり複雑な行動であったりを実現するものなのだが、そこへ文章を入力してみたところ、チャットツールとは違って芳樹の言葉を書き記す事が出来たのだ。因みに、ワンタップとは言ったものの実際のプレイ中にはタップせずとも、それを使うと意識さえすれば実行される。旧時代のゲームでは無いからだ。FD-VRとは、そういうものなのである。
本来はその様にして使うものでは無い。1キャラに対して二人が憑依する事など有り得ぬ事なのだから当然だ。だが、芳樹はチャットツールを介さずに、芳子と意思疎通できる可能性を発見したのであった。
/cmd [これに気付いたら何か反応を示してくれ]
/cmd [驚かないで欲しい。僕はいつでも君を見ている]
/cmd [だが、直接話す事は出来そうに無い]
/cmd [助言出来る事が有る。生き残る為には必要な事だ]
芳樹はマクロにそう書き残し、芳子の観察へと戻った。……といってもカメラである芳樹の視界に嫌でも入り込むので、ぼんやりと眺めているだけなのだが。
因みに何故芳樹が、『/cmd [xxxxx]』というコマンドの形を用いたのかと言うと、マクロにそのまま文章を入力すると、それはチャットコマンドとして処理されてしまうからである。
コンソールパネルやコマンドについては自由に扱う事の出来る芳樹ではあるが、チャットツールだけは扱う事が出来ないのだ。芳子に代わって勝手に発言する事は出来ないし、コマンドを使ってエリア全域に大声を放つといった事なども出来はしない。
本来は『/cmd [アーツor魔法名]』と入力し、特定のアーツや魔法を実行する為のコマンドなのだ。例えば『/cmd [シールド ガード]』と入力すれば盾装備時に限るが盾による防御行動が発動される。それをあえてアーツ名ではないものに変更保存し、芳樹は様子を見守る事にしたのであった。
その事に気付かせる方法は思いついていないのだが、もしかしたら何かの拍子に気付いて貰えるかもしれないし、もしかしたら何かの拍子にショトカの中からそれを実行するかもしれない。
芳子にそれを実行して貰えれば、無効なマクロとしてエラーメッセージが表示される筈なのだ。本来、そのようなコマンドは存在しないのだから。そうすれば、不可解に思った芳子がマクロ編集ウィンドウを開く可能性が高まると、そう芳樹は考えた。
ヲタ芳樹、またもや案外頭がキレている。
──ぱらりら~ん♪
順調に、それはもう順調に戦闘にはあまり関係のないスキルが上昇していく芳子。
『きっついなぁ。全然気付いてくれないし。スキルも一覧からばっかり使ってるし……。本当に色んなゲームを嗜んできたのか?とてもそうは思えない初心者っぷりだけど。まぁ自称ゲーマーでも歳のいった女子ならこんなもんなのか?』
──タタタッタタタ、ッターン!
仕方ない、とばかりにエモートコマンドを叩き込む芳樹。
「うわっ!もうっ!また操られて……。って、もしかして、私の行動を止める為だったり?もしかしなくても……有り得るわね」
芳樹は黙って見守るのをやめ、芳子が無駄な行動、つまり無駄なスキル上げをし始めたら妨害する事にした様である。
それは《水泳》であったり《自然回復》であったり、直接的に戦闘には関係の無いスキル。MoEの世界を楽しむ為になら決して無駄ではないスキルなのだが、ディーゴはデスゲームと言ったのだ。そして自分を倒せと。だから芳樹は戦闘に関するスキルのみを上げるべきだと考えていた。
そんな時であった。
──「やぁ諸君。GMのディーゴだ。早速なんだけど、緊急クエストだ。城下町バスクから出た先、ニーリム海岸沖の海中にとある物を設置した。そこではデスゲームを進める上で役に立つアイテムが手に入るだろう。それを入手できる人数は……そうだな、どうするか……先着で512人までとしようか。最初だからね、少し甘く設定してあげるよ。海中には凶悪なサメもいる。せいぜい死なないように気をつける事だね。それでは健闘を祈る」──
芳樹の予想とは裏腹に、最初のクエストに必要なのは、芳樹が不要だと判断した《水泳》であった。
「おっ!まだそんな高くないけど《水泳》上げておいて良かったわね!いっちょやったろうじゃないの」
芳子は、俄然調子が上がった様である。
『マジか……きっついなぁ』
その様子を見た芳樹は、またもため息を大きく吐き出したのであった。
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