第7話

「な、なんだか大変でしたね? ほとぼりが覚めるまで、ここに隠れていてください。あ、お茶か何かいれますね?」

 そう言ってその少女は、玄関から直結したリビング兼ダイニング兼キッチンのような部屋にアレサたちを迎え入れてくれた。


 小さな木製のテーブルに、椅子は四つ。二階建てで、二階はおそろく寝室だろう。冒険の間は基本的にいつもその地方の一番いい宿屋に泊まってきたアレサたちにしてみれば、かなり手狭な印象だが……この世界の一般的な「両親と子供の三、四人ぐらし家族」が住む家としては、こんなものだ。


「ありがとう。でも気を遣わなくていいわ。長居するつもりもないから」

 厨房の魔力式コンロに小さな火属性魔法石を入れようとしていた少女の背中に、アレサが言った。

「え? あ、で、でも……」

「いいから」

 振り向いた彼女の困ったような顔に、アレサは小さく心を痛める。それから、そんな彼女を慰めるような優しい表情で言った。

「貴女こそ、今はいろいろと大変でしょう? 新しい生活にはもう……いえ、ごめんなさい。こんなの、いつまでたっても慣れるわけなかったわね」

「……はい」


 彼女も、もともとは両親と三人でこの家に暮らす、どこにでもいる普通の少女だった。

 しかし、アレサたちがこの街に到着する少し前に、両親どちらもモンスターによって殺害されてしまったのだ。かろうじて、その少女の命だけは救出することが出来たのだが、彼女の心に深い傷を負わせてしまうのは避けられなかった。

 アレサはそのことを、ずっと気にしていたのだった。


「……」

 いつもなら、「あ! 私、お茶よりジュースのほうがいいなー! オレンジのやつ、あるー? キンキンに冷えたやつねー?」なんて空気の読めないことを言いそうなウィリアが黙ったままなのも、そのことを知っているからだ。両親を亡くし、自分とそう変わらない歳で、一人で生きていくことになった少女。

 彼女が抱えているはずの深い悲しみを気にかけ、いつもの適当さを抑えていたのだった。



「これは、前にも言ったと思うけれど……」

 いたたまれなくなったアレサが、その少女に言う。

「言ってくれれば……金銭的にもそれ以外でも、私たちができる支援はするわよ? ここからは少し遠いけれど、ゴールバーグ王国を訪ねてくれれば、ウィリアがきっと住む場所や働き口を紹介してあげられるし……」

「ありがとうございます。でも……大丈夫です。だって弱い私じゃあ、王国を目指しても、その途中のザコモンスターにやられるだけですし……。かと言って、用心棒や都市間移動が出来る魔法アイテムを買うだけのお金もありませんし……。だいたい、こんな辺境の田舎町で育った私じゃあ、きっと王国のお仕事を頂いてもご迷惑をおかけするだけですし……」

 その提案を退ける少女。

「それに……」

 それから彼女は、強い意思のこもった表情になって、言った。


「それに、パパとママが死んじゃったのも私が殺されそうになっちゃったのも、結局のところ、私たちが弱かったせいですから。この世界は弱肉強食で、弱い人は強いモンスターには逆らえない。弱者は強者に従うしかない。私、この前のことでそれを思い知りました。だから私、もっと強くならなくちゃいけないんです。アレサさんやウィリア姫様たちみたいに、強く。たとえ、どんな手段を使ってでも……」

「……そう」

 情熱に燃える少女の瞳。

 それは、とても前向きで、生きる力に満ち溢れたものだ。

 だが、アレサはそんな表情を見せた少女の姿に、悲しい気持ちを抱いてしまった。


(本当なら、そんな「弱肉強食の世界」なんて、無くなるべきなのにね……。暴力で世界を脅かす魔王がいなくなって、弱い人が弱いままでも生きていける世界になれば……もう貴女みたいな人が、そんな思いをしなくて済む……。誰も泣かなくていい世界に、なるはずなのに……)

 アレサには、頭の中のそのセリフを口に出すことは出来なかった。

 そんなものは所詮、理想論の「きれいごと」だ。実際に耐え難い悲劇に遭遇した相手には、そんな「きれいごと」は届かない。自分には、眼の前の彼女を救うことはできない。それが分かっていたから、アレサは何も言うことが出来ず、ただ止まらない悲しさを胸の内に押し込めるだけだった。



 と、そこで。

「それに実は、しばらくの間はお金のことは心配いらないんですよっ!」

 その少女が一変して、今度は満面の笑顔になった。

「え?」

「だって、私たちみたいな力を持たない一般市民って、勇者様みたいにすごい戦いとかは出来ないですけど……そのかわり、その勇者様の『お手伝い』をすると、あとで国から結構な額の補助金が出るらしいんです! 私は今もこうして勇者様の『お手伝い』をしてるから、その補助金をいただけるはずですよね? だから、それがあれば私一人くらいなら、これから一ヶ月はなんとかなる予定なんです!」

「そ、そうなんだー?」

 勇者として騎士道や実戦訓練を積んできたウィリアだったが、その勇者をとりまく周辺の法律やルールについては、詳しくないようだ。王国にいたときにはそれを教える座学もあったはずなのだが、興味がなかったのでほとんど覚えていないらしい。


「……」

 一方、一応は賢者であるアレサは、当然その知識は持っていた。さらには、それを今の状況と合わせると、その少女の認識の一部に間違いがある・・・・・・ということも分かってしまうのだった。

「どうやら貴女には、まだ話が届いていなかったのね? 実は、すごく言いにくいのだけれど……ここにいるウィリアは、本当の勇者ではなかったのよ。だから、『勇者の補助をするともらえる補助金』も、たぶん、今の貴女には……」

「ふ、ふふふ……」

 そこで、その少女は妖しく笑う。そして、叫んだ。

勇者様・・・、ここですっ! 早く来てくださーいっ!」

「⁉」

 次の瞬間。

 ドォォーーーーンッ!

 その少女の家の玄関のドアが勢いよく吹き飛ばされ、

「魔女の居場所を教えてくれてありがとう。君の協力に、心から感謝するよ」

 オルテイジアが現れたのだった。



「ああ、勇者様!」

 少女はオルテイジアのもとに駆け寄ると、道具屋の女主人のときのように、彼女に抱きつく。オルテイジアはそんな彼女に優しく「危ないから、下がっていなさい」と声をかけ、彼女を自分の後ろに隠す。そして、アレサたちに向き直った。

「さあ、もう逃げられないぞ? 観念するんだな、魔女アレサよ」

「そ、そんな……」

 狭い家の中に、追いやられているアレサ。入口にはオルテイジアが立ちふさがっていて、通ることは出来ない。この家に裏口があるかどうかは分からないが、そこから逃げようと背中を見せた瞬間に、さっきの妖精王の剣によるオーラ飛ばしの餌食になるのは明らかだ。まさに、絶体絶命のピンチ。

 しかし、そんなピンチな状況よりも今のアレサが衝撃を受けていたのは、さっきの少女の行動だった。


 自分たちが命を助けた少女が……。以前は、ウィリアのことを「勇者様」と呼んでしたってくれていた彼女が……自分たちを、騙した。本当の勇者であるオルテイジアの手伝いとして自分たちを家の中に誘い込み、彼女が到着するまでの時間稼ぎをしていた。

 それが、激しいショックだったのだ。



「勇者様の『お手伝い』をして、私は補助金を……幸せを手に入れるんです。これが、弱い私が手に入れた力……私なりの、強さなんです!」

「……っ」

 オルテイジアの背後から、明らかな敵意を持ってこちらを睨みつけている少女に、アレサは何も言い返すことは出来なかった。

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