第26話 プロローグ その二

 ユリアは一糸纏わぬ姿で立ち尽くしていた。腕で己を隠すこともやめている。体の脇で握られた拳が小刻みに震えていた。

 少女の裸身を見つめる天剣騎士の頬は不自然なまでに強張っていた。やがて自分を抑えきれなくなったようにユリアの方へ踏み出すと、歩きながら自分の着ていたシャツを脱ぎ去った。


「え……?」

 ユリアは大きく目を見開いた。タツヒトが距離を詰めてくるのとは逆に後退りしそうになって、しかし覚悟を決めた表情で踏みとどまる。きっと顔を上げた少女の瑠璃色の瞳の先で、剛勇無双の天剣騎士がひどく唇を歪める。


「くっ……ふふっ、あははははっ」

 そして突如として盛大に笑い出した男に、ユリアは刹那呆然とした。だが徐々に目元を吊り上げると、やがて地を這うような低い声で問いをぶつけた。


「何がそんなにおかしいのですか、天剣騎士殿……」

「あっはっはっはっ、は、はは……失礼しました、姫」

 ようやく笑いを納めたタツヒトは、丁重に頭を下げた。


「姫のお覚悟のほどは十分に理解しました。とは申せ、やっと十二歳の子供が裸になったところで大人にとってはどうということもありません。ただ微笑ましいのみです」

「なっ!」

 もともと火照っていた肌をユリアはさらに鮮やかな朱色に染めた。憤然と睨みつけてくる少女に、タツヒトは脱いだ自分のシャツを着せかける。


「もう子供ではないというなら、このようなはしたない真似をなさってはいけませんな」

「それは……タツヒト様が意地悪を仰るからではないですか。どうしても認めてもらわねば、と思って」

 ユリアは大きなシャツの前をかき合わせた。肌をさらしていることに改めて恥ずかしさが込み上げてきたのか、うつむいて縮こまる。


「カナミ・ユリア」

 タツヒトはふいに面を改めた。

「は、はい!」

 その威に打たれたように、ユリアは地面に膝をついた。


「たとえマスターとサーバントとして魂の契りを結ぼうとも、我が技と力が水が流れるがごとくそなたに伝わるわけではない。文字通り命懸けの精進が必要だ」

「もちろん、重々心得ております」


「魂の伴侶を相手に遠慮はせぬ。誰より愛らしく美しいユリアの身に、私以外の全ての者が目を背けるほどの傷痕を刻むことになるやもしれぬ」

「た、魂の、は、伴侶……誰より愛らしく美しい……タツヒト様が、私のことをそんなふうに……」


「姫? どうされた。何か不審な点でも?」

 急に怪しい目つきになってぶつぶつと呟き出したユリアに、タツヒトが眉をひそめる。


「……はっ、いえなんでもありません問題ありません大丈夫ですありがとうございますごちそうさまですっ、ではなくっ」

 ユリアは大きく深呼吸をした。強く剣を振るような気合で告げる。


「望むところです」

「ならば良し」

 タツヒトは間髪を容れずに頷いた。そして左手を自分の胸に当て、右手をユリアへと差し出す。ユリアはその手を取って握り締めると、力を込めて自分の胸に触れさせた。


「今ここに我が魂に誓約する。ユギ・タツヒトはカナミ・ユリアのマスターとなりて、全霊を以て守り導かんことを」

「今ここに我が魂に誓います。カナミ・ユリアはユギ・タツヒト様のサーバントとなりて、己の全てを捧げんことを」


「……後悔はしないな? もっとも今さらしたところで手遅れだが」

「はい。決して」

 ユリアは晴れやかに笑った。マスターとなったタツヒトの魂の鼓動が、おのが身にも刻まれているのを感じながら。

「たとえ幾たび生まれ変わろうと、私のマスターはタツヒト様です!」


(「契約」 了)

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