第11話 服を買おう

「待っ……」

 竜仁たつひと幼子おさなごがいやいやをするように首を振った。これ以上の体力消費はガチで危険な香りがする。ユリアは力強くも爽やかに微笑んだ。


「我が君の戦いはこれからです」

 竜仁の人生打ち切りのお知らせだった。がっくりと下を向き、そして視界に飛び込んできたもののせいで、早くも心臓が止まりかける。

 ユリアは竜仁のトレーナーを着ていた。その緩く余った襟ぐりの奥に、素肌の胸元がのぞいている。


「我が君、どうされました。何やら瞳孔が広がっているようですが」

「なんでもないよ! 僕は悪くないから!」

 竜仁はぎゅっと目を瞑った。外界からの光景を遮断する一方、真白い仄かな膨らみとその突端の丸い薄紅色の残像を、超速で記憶に焼き付け、もとい振り払う。


「そうですか。どこも悪くないのであれば鍛錬を再開しましょう」

「待って、その前にちょっと聞かせて」

 竜仁はなんとか言葉を割り込ませた。本来今話すべきなのは鷹司たかつかさからの誘いについてだ。


「ユリアってさ、鷹司さんのことが苦手なの? だから会いたくない? それなら正直に言っていいよ。あの人には僕から断っておくから。ユリアはあなたに気後れしてるので一緒に食事は無理ですって」

「冗談ではありません」

 ユリアはむっと口先を尖らせた。


「私があんな女に臆するなど、絶対にあり得ぬことです」

「だったら、いつでも大丈夫ですって伝えていい?」

「結構です。受けて立ちましょう」

「そっか。良かった」

 と言っていいのかは微妙だが、とりあえず鷹司の求めには応えられそうだ。


「でもそうすると服がいるよな。あの人が行くような店なんだから、ユリアもそれなりの格好しないとまずいだろうし。そもそも僕の服着てるっていうのがおかしいんだけど」

 最低限、下着はユリアの体に合ったものが絶対に必要だ。


「正装なら瑠璃水晶の鎧があります。軽薄で派手なだけの装いなど騎士には無用のものです。それに私は我が君の服の方が……」

「粗末だって言ってたじゃん。僕といるだけなら、そんなので十分だろうけどさ。わざわざ着飾る気にもならないよね」


「そのようなことは決して。我が君のお望みとあらば、どんな豪奢なドレスでも奇抜な異装でも着こなしてみせましょう。どうぞ何着でもお与えください。毎日違う服でもいいです」

「無理です。とりあえず一揃いで我慢してください。んー、どこでどういう服買えばいいのかな……やっぱり鷹司さんに頼むしかないか」

 スマホを取り上げた竜仁の手を、ユリアは素早く掴み止めた。


「我が君、私の服を選ぶのになぜあの女が必要なのです」

「じゃあ訊くけど、ユリアって好きなブランドとかよく行く店はある? 服を選ぶ基準は?」

「丈夫で動きやすいのが何よりです」

「分った。ちょっと大人しくしてて」


 不平そうなユリアに背を向け、竜仁はいそいそと鷹司にメッセージを送った。しかし返信は来るだろうか。そもそもちゃんと読んでもらえるか。それ以前に教えてもらったIDは本物なのか。

 心配したところで結果は何も変わらない。だが竜仁は画面から目を離さない。緊張が伝染でもしたのか、ユリアも傍で黙りこくっている。


「来た」

 やがて既読の印がついたのに続いて、鷹司からの応答が届いた。OKだ。服選びにつき合ってもらえる。都合のいい日時が幾つか記されていたので、即座に直近のものを選んでレスを送った。自分の予定など確認するまでもない。何かあったとしてもどうせ大したものではないのだ。

 さらにもう一往復メッセージを遣り取りし、それ以上の追伸が来ないことを三十分待って確かめると、竜仁はスマホを置いた。


「ふぅー」

 任務完了。消耗は甚だしいが、必要な戦果は得られた。

「よかったなユリア。きっと似合う服を選んでもらえるよ。いかにも女子力高そうな人だしさ」

「そんなことより、我が君は共に行ってくださるのですよね?」


「いても邪魔だとは思うけど。あんまりお高いもの買われても困るからね。僕もついてくよ」

「元より高価な品などいりません。私は本当にこれで……」

 ユリアは色褪せたトレーナーの胸元を握った。首と襟の間がまたしても大きく開き、竜仁はチラ見しそうになるのをかろうじて我慢した。


「それだと僕が困るんだ。色んな意味で」

「承知しました。我が君がそのように仰せなら」

 ユリアは堅苦しく礼を取った。

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