第3話
佳音が席を立ちこちらに近づいてくる。俺たちの方をただ一点に見据えて。
怖い。自分から捨てておいて今更、どうして俺に近づいてくるんだ。幼馴染で何度も見た顔だが彼女の考えていることが昔から分からない。俺を切り捨てた時も淡々と何の感情もないかのように見えた彼女の顔。美人なのだが彼女の美貌は冷酷さをより強調しているようだ。しかしそんな冷たい印象に反して彼女はやけにフレンドリーに話しかけてきた。
「唯友君と沖宮さんって仲が良かったのね?」
ニコニコしながら俺たちにそう問いかける佳音。表情だけ見れば笑顔なのだが長年の付き合いの俺には一瞬でこれが営業スマイルだと分かった。プライドの高い彼女だがこうして笑顔とクールな態度を状況に応じて使い分けるのが彼女の処世術というわけだ。
「ああ、そうだけど突然どうしたの?」
「なんだか楽しそうなお話をしてたから私も混ぜてもらいたくなっちゃった。沖宮さんだよね? 噂には聞いていたけどすっごい美人さんね」
「倖西さんこそ……」
沖宮さんが居心地悪そうにしている。それにどこか表情も暗い。俺と佳音の仲をまだ疑っているのだろうか。挨拶もほどほどに佳音が本題に入った。
「最近は私に朝の挨拶すらないようだけど何かあった?」
「いや近づくなって言われてたから……」
「そうよね。あれはほんの少し言い過ぎだったわよね」
「……」
「あなたは今まで私を一生懸命支えてくれたわね。こんな形で疎遠になってしまうのはやっぱり心苦しいわ……」
「そうなんだ……?」
いや意味不明だ。そんなに急に考えって変わるものなのか?あんなに無慈悲に俺をやめさせたくせに今更どうしてこんなことが言える?
「それで唯友君、あれから考え直したのだけどあなたがどうしてもというのならまだ私のマネージャーに戻ることもできるのだけどどうかな? もちろん今の私は好待遇であなたを向かい入れることができるわよ」
佳音は温和に笑顔をたたえながらそんなことを言い出した。しかしそんな態度とは裏腹に言っていることは傲慢そのものだ。俺を切り捨てたのは佳音だろ。なんで今更になって俺を呼び戻そうとするんだ?彼女の思考回路がよく分からない。
「佳音、俺はもう既に沖宮さんを支えると決めている。その話は悪いけど断らせてくれ」
「大友君……」
沖宮さんが安堵したような表情でこちらを見る。俺が佳音の提案に乗らないか心配だったのだろう。だが俺は何があっても沖宮さんを支えると決心していた。どんな条件を出されようが当然断った。
「そう……。残念ね。(この私がこれほど譲歩してあげてるのに……)」
彼女の顔から笑顔がすっと消えて自分の席へと帰っていった。彼女の本心が全く分からない。一体どういう気持ちで俺をまたマネージャーにしようと思ったんだ……?
◇
休日の今日、俺と沖宮さんはアイドル見学に行こうという話になっていた。これから目指すアイドルがどういうものなのか沖宮さんに知って欲しかったからだ。少し早く来すぎたな。まだ人もまばらだった。
「唯友さん!」
ステージ裏にいたアイドルの一人がこちらに気づいて駆け寄ってくる。セミロングのブラウンヘアーに小柄で愛嬌のある美少女だ。
彼女の名前は
「ことは久しぶり」
「そちらの人は彼女ですか? お綺麗な人ですね……」
「友人だよ。アイドルがどういうものなのか知って欲しくて今日は一緒に見に来てるんだ」
「初めまして近衛ことはです」
「ご丁寧にどうも。私は沖宮杏子です」
「大友君って倖西さん以外のアイドルとも知り合いなんだね……」
「そうだね。俺は佳音の付き添いで現場に行ったこともあるからその縁もあって」
ことはは佳音と同じグループ
彼女は何故かは分からないが俺をやけに慕ってくれている。
「佳音さんとケンカでもしたんですか? 最近、現場に来られないので寂しいです。私は唯友さんの味方ですから……」
「ことはありがとね」
ことはは恐らく俺を慰めてくれているのだろう。
「佳音さんはきっと唯友さんに対して素直になれないだけだと思います」
「そうかな? たぶんそんなんじゃないと思うな……」
「一番近くにいる存在って失って初めて大切さに気が付くと思うんです。きっと佳音さんも……」
「いやそんなこと絶対ないよ」
既に佳音は押しも押されもせぬ人気アイドルだ。俺がいてもいなくともその地位が揺らぐことはないだろう。
それに佳音は俺のことなど毛ほどにも思っていないはずだ。そうじゃなければ俺を切り捨てたりしないだろう。
「佳音さんのマネージャーをしていないということは唯友さんは今フリーということですか?」
「ううん。俺は今隣にいる沖宮さんのマネージャー?みたいな感じかな」
「できれば私の支えになって欲しかったです……なんて」
はにかんでそんな冗談を言う。可愛い小悪魔だ。
「大友君?」
小悪魔な態度に俺が少し顔をほころばせていると沖宮さんが若干目を鋭くさせて俺を牽制する。
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